「納得できねえんだけど……」
「まだ言ってんの?」

 がやがやと賑やかなお祭り会場。屋台を見て回っている途中、英太が不満げな声でそう呟いた。本日五度目である。そろそろしつこい。そう笑ってやると、これまた不満げな顔で「だってよお」とわたしをじっと見る。
 毎年恒例のお祭りに行きたい、と誘われたのは一週間前のことだった。英太は高校から寮に入っており、毎日部活に明け暮れているためなかなか会えない。高校三年の夏というのは運動部に所属している高校生からすれば大事な時期だ。受験もあるし。そう思ってわたしからは特に声をかけなかった。英太も忙しいだろうから連絡してこないだろう、と予想していたのに。正直、嬉しい誤算だった。
 通っていた中学の近くにある神社のお祭り。中学生のときに英太と行ったなあ。その帰りに英太に告白して、オッケーをもらったのだ。忘れるわけがない。そう懐かしく思いながら誘いのラインに「行きたい」と返した。一緒に「部活いいの?」と送れば「ちょうどオフが重なった」と返信があって、これまた嬉しかった。夏休みはほとんど合宿だの遠征だの試合だのでオフがないと嘆いていたのに。貴重なオフ、課題をする時間に使わなくても良いのかな、と少し心配はしたけど。言ってしまうと約束がなかったことにされかねない。気付かないふりをしておいた。

「いや、やっぱり納得できねえな?! なんでだよ?!」
「あーあーもううるさいってば!」

 さっきからうるさいこの瀬見英太のわけは、本日の服装にある。わたし、先月買ったばかりで今一番お気に入りのワンピース。英太、めちゃくちゃ気合いの入った浴衣。以上である。
 待ち合わせ場所でお互いを見たとき、わたしも英太も「はあ?!」と声を上げてお互いを指差した。その直後、わたしは大笑いしたし英太は「うっそだろお前マジかよ?!」と詰め寄ってきた。「祭りと言えば浴衣だろ?!」となんだか恥ずかしそうに喚くものだから余計におかしくて。お腹を抱えて笑っていると「マジかよ。マジかよ?!」と英太はずっと頭を抱えていた。
 そもそも寮生活をしている英太が浴衣で来るなんて思わないでしょ。そう言ったら「いや一回実家帰ったわ!」と言われた。いや、知らないし。普通そのまま来ると思うじゃん。地元のそんなに有名でもないお祭りに気合いを入れてくるなんて誰が予想できようか。……いや、よくよく考えれば英太は昔からそういう人だった。わたしの失態です。ごめんなさいね。そう笑いながら謝ったら「なんか釈然としねえんだけど」とちょっと拗ねてしまった。

「逆なら分かるけどさ〜……男だけが浴衣って……」
「いいじゃん風情があって。かっこいいかっこいい」
「おいお前ちょっと馬鹿にしてんだろ」
「キャ〜英太くんカッコイイ〜!」
「めちゃくちゃ馬鹿にしてんじゃん!」

 ガミガミと怒りながらもしっかり繋いだままの手ににこにこしてしまう。久しぶりに会えた上に浴衣姿見られてラッキー。SSR瀬見英太じゃん。めちゃくちゃかっこいい。あとで写真撮らせてもらお。そんなふうにわたしが考えているなんて微塵にも気付いていない。かわいいやつめ。そう笑っておく。

「中学のときは浴衣着てきてたじゃん。なんで着てこないんだよ」
「ん〜あれはね〜……」
「なんだよ?」
「英太をオトすための作戦でした〜っていう感じです」
「…………なら今日も着てこいよ」
「え、まだオチてなかった?」
「オチてるけど着てこいよ!」

 照れすぎて爆発しないでね。赤い顔にそう言うと余計に赤くなった。かわいい。今日はにこにこが止まらない。惜しみなくにこにこしていると英太がそれにようやく気付いた。「見んな」と頭を掴まれる。照れてる照れてる。分かりやすい。
 人混みのピーク時間。ちょっと歩きづらくなってきた屋台通りを抜けて、神社の隅っこにある大きな岩にもたれ掛かって一休み。提灯の優しい明かりを見つつお互いの近況を話した。英太は部活のこと、わたしは受験のこと。普段から連絡を取り合ってはいるけど、こうやって直接話す機会は滅多にない。ちゃんと英太の顔を見ながら話を聞くのが一番好きだ。文章だけとか、声だけとか。それだけでは伝わらないものをちゃんと伝えてくれる。話をしている顔を見ていたらそれを実感した。やっぱり好きだなあ。そうにこにこしてしまうのだ。
 ふと、英太が「ん?」と小さく言ってから繋いでいるわたしの手に視線を落とした。それからその手を持ち上げると、親指と人差し指だけ離した。わたしの親指を指二本で捕らえて、爪をすりすりと触る。それから「なんか塗ってる?」と不思議そうに聞いてきた。そういうの、気付くとこ。

「つやつやになるやつ。友達がくれたから塗ってみた」
「へー、確かにすげーつやつやしてる。色なし?」
「ネイル塗ろうかと思ったんだけど、何色にしようか悩んじゃってやめちゃった」
「何でも似合うと思うけどな。ピンクとかは? 唇に塗ってるのもピンクだし」

 「新しいやつ?」とわたしをじっと見て聞いてくる。そういうとこ! そういうところが、好き! 一人でそんなふうに悶絶していると、英太は不思議そうに「え、何? ピンクだめなのか?」と笑った。

「英太ってそういうのすぐ気付くよね。髪切ったとか爪の手入れした、とか」
「そりゃ気付くだろ」
「なんで?」
「な、なんでって……そりゃあ……」
「なんでなの?」
「お前分かってて聞いてるだろ!」

 照れすぎて怒っちゃうところも好きだよ。内心そう思いつつにこにこしておく。なんでなのかは答えてくれないのかな〜。そう視線で訴えかける。英太はふいっと目をそらしながら「好きだから、気付くに決まってんじゃん」と呟いてくれた。照れてる照れてる。かわいい。余計ににこにこしていると、くるっと英太の視線が戻ってきた。珍しい。いつもなら答えたからいいだろって照れながら無理やり会話を終了させるのに。ちょっとびっくりしてしまう。

は」
「え」
はどうなんだよ」

 じっと瞳の奥を覗かれるような感覚。どきっとした。英太、こんなこと、普段言い返してこないのに。英太だけ照れて照れて照れまくって、わたしはそれを見てずっとにこにこしておしまいなのに。
 正直なところ、女の子に比べると男の子の変化って分かりづらいと思う。ロングがショートになったり、化粧の色味が変わったりするような大きな変化があまりないから。でも、わたしは英太と会ってすぐに、前髪ちょっと切ったなとか、時計が変わったなとか、肌が少し焼けたなとか、前よりほんの少しだけ筋肉がついたように見えるなとか、いろいろ思った。でもそれを言うことがなんだか恥ずかしくて。英太に言われるのは嬉しいけど、自分が言うのは恥ずかしい。そんな卑怯者なのだ。
 中学生の夏、英太に告白したときは人生でこれ以上ないってくらい恥ずかしかった。フラれたらどうしよう、とか、もしオッケーもらえたとしてどんな顔をすれば良いんだろう、とか。いろいろな感情がぐちゃぐちゃになってちょっと怖くなったくらい。たぶん、英太から見たそのときのわたしは、本当に変な顔していたと思う。声も震えていたし、自分で分かるくらい顔も熱くて真っ赤になっていて。好きな人にそんなところを見られていると思ったら、余計に恥ずかしくて。わたしの不安など知らんぷりして英太がオッケーをくれたから良かったけど、今思うとゾッとする。あのときの記憶、どうにか英太から消えていますように。そう何度もお願いしたことがあるほどだ。

「え、何、急に。どうしたの?」
「俺のこと好きかって聞いてんだけど」

 太鼓の音が聞こえてきた。中学のときの同級生が数人所属しているらしい和太鼓チームの演奏だ。終わったら話しかけに行こうねって英太と話していたのを思い出す。でも、ちょっと、それどころじゃない。どうにかここを切り抜けよう。ああ、そうか。いつもみたいににこにこして英太のことをからかえばいいだけじゃん。そう自分に言い聞かせて「好き好き〜大好き〜!」と笑って英太のおでこを指でつついておいた、のに。



 いつもよりちょっとだけ低い声で名前を呼ばれる。中学生のころ、まだ声変わりしていなかったときと違う。耳をくすぐるようなその声に、にこにこ顔が保てなくなってしまう。どうしよう、照れてしまう。咄嗟に顔を背けようとしたけど、英太のほうが動きが速かった。すぐに頬に手を当てられて向きを直されてしまう。じいっと見られながら「どうなんだよ」と、聞かれると。一瞬で顔が熱くなったのが分かった。あのときみたいに、変な顔になる。真っ赤で目が潤んだ顔なんか見られたくないのに。少しだけ熱を帯びている英太の指が頬に触れているから、顔を動かすことができなかった。

「……す、すき、だよ」
「…………なに、その顔」
「う、うるさい! 変でごめんね!」
「すげーかわいいんだけど」

 眩しいくらいの笑顔だった。わたしが大好きな顔。そんなこと言われて、大好きな顔見せられたら、余計に変な顔になるじゃんか。英太の顔を向こうに向けてやろうと自由な左手で顔に触ろうとしたら、ぱっとわたしの頬から手が離れる。左手を掴まれると、もう手で顔を隠すこともできなくなった。下を向いても左を向いても右を向いても、英太が覗き込んでくる。「もう!」と怒っているのに「かわいい」としか言わなくなった。ばかじゃないの。かわいくないし。そう拗ねたら「いや、かわいいけど?」と笑った。

「来年は浴衣な。忘れんなよ」
「……着てこないし」
「なんでだよ。いいじゃん、かわいいの着てこいって」
「かわいくないし」
「かわいいって。なんでも」

 こんなのわたしが知ってる瀬見英太じゃない。SSRどころかURだ。こんなの知らない。見たことないんだけど。もう写真撮らせてって言える空気じゃなくなっちゃったじゃん。そう拗ねてまた顔を背けると、英太がやっぱり追いかけてきた。全然赤くない楽しそうな顔。ちょっと悔しいけど、かわいい。英太もいつもこんな気持ちだったのかな、なんて、自惚れておくことにした。


UR瀬見英太

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