クラスの何人かで集まって花火をしよう、と立案したのはクラス委員長だった。高校生活最後の夏だし思い出作りがしたい。結構な人数が賛同して参加表明をしていて、わたしも迷ったけど、丸をしておいた。
 しっかり者のクラス委員長が先生に相談をした結果、先生立ち会いの下グラウンドの使用許可が下りた。他のクラスもそういうことを企画していたらしくて、同じ日にグラウンドを使うことになっているらしい。なんだか規模が大きい話になってきたな。そんなふうに思っていると「俺、やっぱり参加でもいい?」と、松川くんがクラス委員長に声をかけていた。確かはじめは不参加にしていたはず。心変わりしたのだろう。クラス委員長は参加者が増えたことに喜んでいた。



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 当日の夜は雨も降らず無事に開催ができている。他のクラスの人たちも花火をやったりいろいろ楽しんでいるらしい。校内では肝試しまで行われているらしく、生徒の思い出作りに協力的な先生たちの頑張りに素直に驚いた。わたしのクラスは先ほど集まったばかりで花火の準備に取りかかっているところだ。
 もともと、こういう集まりはあまり得意ではない。仲の良い友達がいるとはいえ参加するつもりもはじめはあまりなかった。でも、クラスメイトたちが「最後の夏だねー」とか「もうすぐ卒業かあ」と話しているのを聞いたら、なんだか切なくなって。参加してみようかな、と思った。最悪端っこで静かにしていればいいし。そんな気持ちで。
 準備が終わってから思い思いに花火を楽しみはじめたクラスメイトたちを端っこで見る。さっきまで友達が隣にいたけど、別のクラスの子に声をかけられてそっちへ行ってしまった。わたしは知らない子だったからこうして一人残ってしまっている。別にそれが寂しいとかそういう気持ちはないけれど、うーん、やっぱり来なくてもよかったかな、なんて。

「やらないの?」
「へっ」

 突然後ろから声をかけられた。びっくりして振り返ると松川くんが線香花火を数本持ってわたしを見下ろしていた。なんでこんなところに。さっきまで男子たちの輪にいたと思ったのだけど。「あ、うん」と困惑しながら答えると、松川くんは「せっかくだしちょっとやらない?」とわたしに線香花火を渡してくれた。片手にはチャッカマン。どうやらクラスの中心の輪からくすねてきたらしかった。
 松川くんがわたしの隣に座ると火を付ける。お礼を言ってから花火に火を付けると、ぱちぱちっとかすかな音が聞こえてきた。きれいだけど、今はそれよりもこの状況のことが気になって仕方がない。
 わたしは松川くんと特に仲が良いというわけではない。仲が悪いわけでもない、ただのクラスメイト。業務連絡くらいはするけどそれ以外ではほとんど話したことさえない。何より松川くんは強豪だというバレー部のレギュラーらしい。大抵周りには仲が良い男子がいたり、ちょっと派手なグループにいる女子に囲まれている。教室の隅で大人しくしているわたしみたいなタイプとは縁がない人だ。
 だから、この状況に混乱と動揺しかない。なんで急に声をかけられたのかも、こんなふうに二人で花火をしているのかもよく分からない。

さんってさ」
「あ、はい」
「進学するの?」
「えっと、一応、そのつもり……」
「そうなんだ。特別授業取ってたからそうかなって思ってたけど」

 松川くんはそんなふうにわたしのことを聞いては会話を続けていく。わたしの話なんてちっとも面白くないのに、なんで会話をこんなにも続けられるのだろうか。よく分からないけど、ちょっと、楽しいなって思う自分がいた。松川くんがおしゃべり上手だからだろう。
 ぽと、と線香花火が落ちてしまう。松川くんのも落ちてしまうと「次はこれがあります」とどこからともなく手持ち花火を出した。どこから出したのかと驚いていると、ズボンの後ろポケットに花火の小袋がねじ込まれていた。少し笑ってしまいつつ花火を受け取って二人で話をしながら火を付けた。
 松川くんのことを、勝手に派手なグループにいる人だから苦手だと思っていた。ちょっと反省。こんなふうに話すと全然苦手だなんて思わないし、むしろ話しやすい人だと気付いた。全部松川くんがおしゃべり上手だからそう思っているのだろうけど、それでも反省する。背が高くて人気者で、運動部のレギュラー。そんなスペックに尻込みしていたのは事実だ。話しかけてみればよかったな、と今更思った。

「あの、松川くんって」
「うん?」
「下の名前、一静、だったよね? かっこいい名前だなって思ってたんだ」
「……」
「松川くん?」
「あ、いえ、どうもです」

 ちょっと目をそらされた。あれ、触れられたくない話題だったかな。そんなふうに少し不安に思っていると松川くんが「違う、違うから、これは嫌だったとか、そういうんじゃないです」と目をそらしたまま言った。よく分からない、けど、怒っているわけではなさそうだった。
 一つ咳払いをした松川くんの視線が戻ってきた。「さんのって名前もかわいいよね」と言ってくれたのが嬉しくて、両親から聞いたことがある名前の由来を話してしまう。自分の名前気に入ってるんだ、と最後に言うと松川くんが「じゃあ」と静かな声で言った。

「名前で呼んでもいい?」
「いいよ」

 友達も大体下の名前で呼んでくれるし、と付け加えたら松川くんはなんだか微妙な顔をした、ように見えた。またしても少し不安に思ってしまう。何か変なことを言っただろうか。「なに?」と聞いてみると松川くんは「いや、じゃあちゃんで」と言ってもう一本花火に火を付けた。
 ちゃん付けするんだ、松川くん。ちょっと意外かも。そんなふうに思っていると、少し離れたところから男子が「松川ー!」と声をかけてきた。呼ばれてる。松川くん人気者だもんね。「花火ありがとう」と先に声をかけたのだけど、松川くんは「あ、いや」と小さく笑った。それから声をかけてきた男子に「今取り込み中」と返した。男子が「え、誰と?」と不思議そうに言うと「ちゃん」と楽しげに笑った。男子は「あ〜……じゃあまたなー」と言ってまた花火の輪に戻っていくと、松川くんは何事もなかったように「で、なんだっけ」とわたしの顔を見る。

「呼ばれてたのに。よかったの?」
「いいのいいの。あれバレー部のやつだし」

 同じ部活の人ならなおさら優先したほうがよかったんじゃないだろうか。松川くんが話を続けるのをぼんやり聞きつつ不思議に思ってしまった。
 手持ち花火が尽きてしまった。久しぶりにやったけど結構楽しかったな。相手が松川くんだったからかも。話していて楽しかった。こんなの久しぶりだったな。そんなふうに思ったから素直に「楽しかった、ありがとう」と伝えてみる。松川くんはにこりと笑って「こちらこそ」と言った。

ちゃんさ」
「うん?」
「嫌じゃなかったら、連絡先交換しようよ」
「いいよ」

 ポケットからスマホを出す。松川くんはちょっと驚いたような表情を浮かべたけど、すぐに笑顔に戻った。今の顔はなんだったんだろう。あんまり社交的じゃないのにあっさり交換するんだ、みたいなことだろうか。首を傾げてしまったけど気付かないふりをしておいた。
 トークアプリのアカウントを交換した。松川くんが試しにわたしにメッセージを送る、と言った。試さなくても交換できてるよ? そう思ったけど別に送られて困ることはない。画面を見て待っていると、すぐに通知が入った。ちゃんと来たよ。そう言いつつ開いてみると、ちょっと、固まった。

「じゃ、そういうことで」

 花火のゴミをわたしの分まで回収してくれた。立ち上がってすたすたと戻っていく。松川くんはゴミを捨てつつさっき声をかけてきたバレー部だという人に声をかけていた。
 「今度、デートに誘うね」。さっき届いたばかりのメッセージと松川くんの背中を交互に見てしまう。これ、どういう意味? なんでわたし? からかわれたのかな、と思ったけど松川くんはそういうタイプじゃない。じゃあ、なんで? よく分からない。よく分からずじまいでいるとまた通知が来た。開いたままの松川くんとのトーク画面に新しいメッセージが追加されている。なんだろう。恐る恐る読んでみる。「冗談じゃないよ」という文面を目で追って、ちょっと、顔が熱くなった。よく分からない、けど、嫌じゃなかった。だから、余計によく分からなかった。


from cinderella

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