お化け屋敷、ホラー映画、肝試し、怪談。全部苦手でできることなら触れたくないと思って生きている、はずなのに。毎年恒例となりつつある秋紀との怪談CD鑑賞。中学生のころは都合が良いどちらかの部屋でプレーヤーにCDを入れて聞いていたのだけど、今年はひと味違う、と秋紀が悪巧みをしている顔で言った。嫌な予感。そんなふうに思っているわたしの目の前に出されたのは、イヤホンだった。

「単純だけど怖さ倍増しそうだろ?」
「え〜……やだ……」
「いいじゃん、ものは試しで。本当に怖くなったらいつもみたいにしたらいいし」

 秋紀は自分のスマホにイヤホンを差して、片方をわたしに渡す。怖さ倍増させてどうするの。毎年わたしが怖がっているところを面白がっているのは分かるけど。ちょっと悔しい、し、一応彼女なんだからちょっとくらい可哀想だなって思わないのかな、秋紀くんよ。内心そう拗ねておく。
 木葉家が全員出払っているという今日、秋紀の部屋ではじまった怪談CD鑑賞。若干だけ気を遣ってくれて毎年開催はお昼の明るいころだ。部屋の電気を消してカーテンは閉め切られるけれど、夜じゃないだけまだマシだ。
 正直はじめて怪談CD鑑賞をしようと提案されたとき、わたしはとんでもなく腹が立った。だって秋紀はわたしが怖い物が嫌いだと知っているし、わたしがどれだけそれを避けているかを知っているのに。何言ってんの、とシンプルに怒りを口にしたっけ。そんなわたしを押し切って無理やり開催されたその日、わたしは正直なかなか眠れなかった。怖かったのが半分、怖すぎてずっと秋紀にくっついていたのが恥ずかしかったのが半分。ただCDの音声を聴いているだけであんなに怖がってしまったのも恥ずかしかった。絶対変な顔してたし悲鳴もうるさかった。秋紀、呆れたんじゃないかな。そんないろんな感情と乙女心がせめぎ合って、正直二度と開催されてほしくなかった。
 それなのに、懲りずに毎年開催されるし、どんどんパワーアップしていく。はじめは有名な怪談噺家の語りだけが収録されているCDだったのに、この頃は効果音が派手に入っているものやたくさんの人が臨場感たっぷりに演じるドラマCDみたいなものになっている。こんなの誰が買うんだろう。そう不思議に思っていたけど、目の前に買っている人がいるから困る。
 仕方なく受け取った片方のイヤホンを耳につけてスタンバイ。秋紀も片方イヤホンを付けると、スマホをタップした。今年はどんなの買ったんだろ。そうテンションが下がりながら待機していると、ガサッと物音がした。それだけでビクッと肩が震える。秋紀は目ざとくそれに気が付くと「え、もう?」とからかってきた。うるさい。人の気も知らないで。
 今年のはドラマ仕立てだ。若い女性がキャンプ中に友人たちとはぐれてしまい、山小屋を見つけてそこに入るというシーンからはじまっている。なんで入っちゃうのかな、ホラー系の主人公って。普通入らないでしょ。そう内心ツッコミを入れてしまう。女性が山小屋の中を散策する物音。ガサガサと物音が耳元でしている。次の展開を予想しながらハラハラしていると、ふと、秋紀がこっちをじっと見ていることに気付いた。毎年のことだ。もう慣れた。

「……秋紀、先に一人で聴いたでしょ」
「あ、バレた?」
「いっつもそうじゃん。ずるいんだけど」
「聴いても聴かなくても俺そんなビビらないし一緒だろ?」

 嘘吐き。かっこつけ。内心そう文句を言う。本当は秋紀だってビビりのくせに。わたしの前で怖がるのがかっこ悪いとか勝手に思い込んでいるだけでしょ。前にテレビでホラー映画のCMが流れた瞬間、ビクッてしたの覚えてる。秋紀はわたしが気付いていないと思っているみたいだけどしっかり気付いているよ。気遣いができる彼女に感謝してよね。そう思いながら黙っておいてあげる。
 そんなことを考えているとき、ゴトッととんでもなく大きな物音がした。思いっきりびっくりすると秋紀がけらけら笑う。どうやら山小屋の中で女性が何かを落としたらしい。それを拾い上げてから女性が「え……」と困惑した声を上げた。拾い上げたそれは人の腕。いや、おかしいでしょ。何普通に拾い上げてるの。怖くて触れないでしょ普通。
 このドラマCD、正直話が変だからそっちのほうが気になってきた。腕を拾い上げた女性はその腕がさっきまで一緒にいた友人の一人のものだと気付き、急いで山小屋を出ると普通にキャンプ場に戻っていく。いやいや、はぐれて迷ってたのになんでまっすぐキャンプ場に戻ってるの? そうツッコミを入れていると叫び声。キャンプ場の至る所に人の体の一部が散乱している状況が淡々と説明される。なんか、怪談っていうか。そう首を傾げていると女性が再び叫び声をあげる。状況を説明してくれる語り手が淡々と「ゾンビの出現である」と言った瞬間、思いっきり吹き出してしまった。

「ひどくない? 怪談CDだって書いてあったのにソンビ物だったんだけど」
「ソンビ物ってCDで聴く人いるの?」
「いや、分かんないけど。なので今年はハズレでした〜っていうね」

 はーあ、とため息をついた。昨日聴いてみてハズレだと気付いたらしい。ラッキー。そう思いつつ「残念だったね〜?」と秋紀の腰を突く。苦笑いをこぼしながら「来年リベンジで」と言った。もうこれを機に開催を考え直して欲しい。そうほっとしつつイヤホンを外した。
 と、そのとき。水の音が聞こえた。ビクッと震えると秋紀が「どうした?」と首を傾げる。イヤホンを自分も外してくるくると巻きながらわたしの顔を見る。「え、怖かった?」と笑う秋紀に「今の、聞こえた?」と聞いてみる。けれど秋紀は不思議そうに「何が?」と言うだけ。なんだ気のせいか、とちょっとほっとする。でも、また、ぴちゃっと水の音がした。え、何、怖い。何の音? そんなふうに秋紀にぴったりくっつく。それでも秋紀はまだ不思議そうにしていて。

「何? どうした?」
「え、なんか、水の音……」
「は?」

 ぴちゃ、ぴちゃ、と音がどんどん大きくなるにつれて、ひたひたとそこを何かが這うような音まで聞こえてきた。さっきのCDかと一瞬ほっとしかけたけど、わたし、イヤホン取ってる。じゃあ何の音? 秋紀の腕にぎゅっと掴まると秋紀が首を傾げて「え、そんなに怖かった? ごめんな?」と笑ってわたしの頭を撫でた。そうじゃない。ゾンビは怖くなかったけど。そんなふうに説明する余裕がない。怖い。何の音?
 ぴちゃぴちゃ、ひたひた。音がどんどん近付いてきて、ふと、止む。聞こえなくなった。そうほんの少し安堵した瞬間、小さな女の子の声が聞こえてきた。ずる、ずる、と何かを引きずる音と一緒に。女の子はずっとお母さんを呼んでいる。瞬きもできないまま固まっていると、ゴトンッと大きな物音がした。ダミ声みたいな不気味な声がやけににこやかに「後ろにいるよ」と言った瞬間、背中にとん、と何かが触れた。
 叫びながら秋紀に抱きつく。一瞬だけ背中に触れた何かはもう感じないけど、まだあの気味の悪い声が聞こえているような感覚がしてぎゅうっと腕に力をこめる。すると、秋紀がわたしを抱きしめ返しながら、震えていることに気付いた。秋紀にも聞こえた?! そんなふうに顔を上げると。

「…………なんで笑ってるの」
「いや、ごめん、本当に」

 ぷるぷる震えている。顔が完全に笑っていて、一瞬で状況をなんとなく察した。秋紀はさっきまでゾンビCDをかけていたスマホの画面をわたしに見せてくる。秋紀のベッドの近くに置かれているスピーカー。買ったばかりのときにBluetoothでスマホに繋いで操作もできる、と教えてくれたことを思い出す。スマホの画面にはさっき聴いたのと違うCDのタイトル。ついでにベッドのほうを見たら、スピーカーはしっかり電源がオンになっていた。

「ひどい」
「ごめんって」
「本当に怖かった」
「ごめんごめん」

 背中を触ったのも秋紀だった。ひどい。本当にひどい。なんで怖がらせてくるの。そうちょっと半泣きで言うと秋紀が「本当ごめんって、だって」と小さく笑う。

、こういうときじゃないと自分から抱きついてきたりしないから、つい」

 「頼られてる感じもして、嬉しいじゃん」と付け足した。自分だって怖いの苦手なくせに。わざわざ一人で先に聴いて怖がらない練習をしてまですること? 普通に言えばいいじゃん。そう鼻をすすりながらぎゅっと腕の力を強める。
 別に、怖い物がなくたって、言われたら抱きつくし。こんなことされなくても、何もなくても、するし。そう拗ねながら言ったら「本当にか〜?」と笑われた。


何もいらなかった

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