「古森くんって良い人で終わるタイプだよね」
「え、俺なんで暴言吐かれてるの?」

 夏休みの練習中、OBの人たちがアイスを差し入れてくれた。部員たちが次々好きな味のものを取っていき、クーラーボックスに残ったのはイチゴ味とバニラ味。まだ取っていないのはわたしと古森くんだけだ。個人的に、男の人ってイチゴ味よりバニラ味が好きなんだろうな、とぼんやり思った。でも、なんとも悲しいことに、わたし、イチゴは食べられるけどイチゴ味のものは苦手で。どうしようかなあと困っていた。古森くん、イチゴ味大丈夫な人だったらいいんだけど。もし佐久早くん相手で佐久早くんの地雷だったりしたら我慢して食べるけど。アイスを取りに来た古森くんは、少しわたしを観察して「あ、どっちかの味苦手なんだ?」と当たり前のように言った。そうしてわたしが「あ、うん」と言ったら「俺どっちでもいいし好きなほう選んで」と先に選ばせてくれた。わたしがバニラ味を取ったら「イチゴだめなの?」と聞かれたので、本物は食べられることを話したら「そういう人いるよね〜」と別に馬鹿にせず笑ってくれた。
 で、先ほどの会話に至った。

「面倒見いいし、よく人のこと見てるし、優しいし」
「照れるけど嬉しい〜」
「でもそれでおしまいって感じ」
「急に落とさないでほしいんだけど」

 アイスのパッケージを破りながら苦笑いされる。そりゃそうだ。急にこんな話をされても反応に困るよね。一応謝っておく。
 どうしてこういう話をしたのかというと、わたしの友達が古森くんに告白してフラれたからだ。友達が古森くんのことが好きだったことさえも知らなかったわたしは、泣いて「古森くんにフラれちゃった」と報告されたときに大パニックに陥った。友達に困惑したまま「え、古森くんのこと、好きなんだっけ?」と聞いたらめちゃくちゃ怒られた。なんで怒られたのか分からずにいたわたしに彼女は「ずっと相談してたじゃん!」と言ったのだ。え、嘘、いつ? そんなふうに本気で思い当たる節がなかったのだけど、少し考えてハッと気が付いた。そういえばやたら「古森くんってかっこいいよね」とか「古森くんって彼女いるのかな」とわたしに言っていたのだ。古森くんのことをまったく男の人として見ていなかったから全然気が付かなかった。そう謝ったら友達は笑っていたけど、なんだか申し訳なかったな。

「ねえ」
「ん〜? 何?」
「なんでわたしの友達のことフッたの?」
「ブッ」
「外でよかったね。体育館だったら佐久早くんに怒られてたよ」

 自慢なのだけど、わたしの友達はかわいい。すらりと長い脚、艶のある黒髪、ぱっちり大きな目、白い肌。笑った顔がかわいくていつでも明るい。文句なしにモテる女の子だ。どんな髪型にしてもかわいくて、どんな化粧をしても似合って。自慢の友達だから、なんで古森くんが彼女をフッたのか意味が分からなかった。好きでしょ、誰だって。そう思っていたから。

「なんでって言われてもなあ……あの子のこと名前くらいしか知らなかったし……」
「かわいい子なのに。もったいない」
「かわいかったけど……だから付き合うっていうのは違うじゃん?」
「いや、違わないでしょ。好きな子がいるなら分かるけど」
「え、好きな子いるからって断ったよ?」

 あれ、そんなこと言ってたっけ。なんかいろいろ衝撃的すぎて覚えてなかった。「そうなんだ?」と言ったら古森くんはアイスをかじりながら「ん」と短く答えた。恋せよ少年少女、って感じなんだけど、なかなか交わらないものだなあ。古森くんが好きな女の子、古森くんのこと好きだといいね。そう言ったら古森くんは少し黙った後、おかしそうに笑った。

「フラれちゃった」
「え、告白したの?」
「そういうわけじゃないけど。脈ナシだな〜って分かっちゃった」

 しゃくしゃく、とアイスを食べ進める。失恋したんだ、古森くん。ならわたしの友達はかなり絶妙なタイミングで告白はしていたということか。失恋の傷に入り込む、なんていうのはちょっと卑怯だなって思ってたけど、友達のことになれば付け入っちゃえと思ってしまう。古森くんには悪いけど。
 古森くんがふとこちらを見た。何かと見返せば「一口ちょうだい」と言われる。やっぱりバニラのほうが好きだったんだ。なんかごめんね。そう思いつつ「どうぞ」と差し出したら、身を屈めて一口食べた。

さんは?」
「何が?」
「好きな人とかいないの?」
「え〜いないなあ。特に興味がないというか」
「どんな人がタイプ?」
「う〜〜ん……まあ優しい人は好きかな」

 よく分かんないけど。そう付け足しておく。古森くんはわたしのその返しに「ふ〜ん。なるほどね」と笑って食べ終わったアイスの棒を置いてあるゴミ袋に入れた。なるほどね、とは。勝手に分析をされたようでちょっと引っかかった。

「古森くんの好きな子、どんな子?」
「ちょっと変わってる子かな」
「なんで好きなの?」
「え〜なんでだろ。分かんないけど気付いたら好きだったよ」

 わたしも食べ終わったアイスの棒をゴミ袋に入れる。他の部員たちもそろそろ捨てに来るかな。涼しい木陰で食べているのだろう。もしくはゴミ袋を別のところにも出しているのか。あとでゴミまとめなきゃ。そう思いながら「好きになってくれるといいね」と古森くんに言う。古森くんはわたしの顔を見ながら「そうだねえ」となんだか困ったように笑った。
 古森くん背高いし、優しいし。スポーツマンだし。意識してもらえれば逆転ホームランもありえるかもね。そうありったけの恋愛知識を絞り出して言っておく。なんといっても高校ナンバーワンリベロだしね。そう付け足したら「いや、それ関係なくない?」と笑った。
 びゅうっと強い風が吹いた。生ぬるい夏の風はちょっと不快だ。近くの木が揺れて木の葉が舞う。何枚か頭に当たった感覚があってから風が止む。急な突風だったな。そう砂埃がついたかもしれない服を払っていると、古森くんが「あ」と言った。

「何?」
「虫ついてるよ」
「え?」
「頭の上。木から落ちたのかな」
「ちょっ、ちょっと、取って!」
「あ、虫だめなんだ?」
「取ってってば! 早く!」
「はいはい」

 もぞ、と髪の上で何かが動いた感覚があった。思わず叫びながら古森くんの胸に飛び込むようにくっつくと「え、そんなに?」と笑われた。苦手なものは苦手なの! そう大きな声で訴えると「それもそっか。取る取る」とまだ笑っていたけど、わたしの頭に手を乗せて、何かを掴んだような指の動きをしてからポイッとそれを草むらに投げた。古森くんは「あ、まだいるかも。ちょっと待って」と言いながらわたしの頭をくしゃくしゃと触る。最悪、まだいたら泣くかもしれない。古森くんにしがみついて「いる?! まだいるの?!」と喚いてしまう。それが聞こえたらしい佐久早くんが体育館の中から「何してんの」と呆れたような声で言った。古森くんが「虫取ってんの」と笑いながら答えると「あっそ」と興味なさげに戻っていった。

「はい、もういないよ」
「う〜最悪……まだもぞっとした感覚がある……あ、古森くん、ごめんね。飛びついちゃって」
「全然いいよ」

 古森くんから離れてもう一度「ごめんね」と言う。古森くんは本当に気にしていない様子で「大丈夫大丈夫」と言ってくれた。
 そろそろ練習再開かな。体育館の中の様子を見ていると、古森くんがじっとわたしを見ていることに気が付く。え、もしかして、またついてる?! そう青ざめていると古森くんは「どっちかというと役得」と笑って、ゴミ袋を回収して体育館に戻っていってしまった。それ、わたしの仕事なんだけど。もうすぐに他のゴミとまとめられてゴミ袋はぎゅっと縛られている。お役御免だった。なんだか申し訳ない。
 わたしも体育館に戻ろうと歩き出した瞬間、「ん?」と思わず声が出た。役得、とは? 何が役得だったんだろう? 虫好きなのかな、古森くん。それならもし今後も虫関連で何かあったらお願いしても良いのかな。それなら個人的にものすごく心強い。今度確認しておこう。そう思いながら体育館に入った。


まだ彼女は知らない

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