「どうしてこうなった!」

 そう頭を抱えたのは及川。せっかくの夏休みなんだから何かしようよ、と言い出した及川が企画したのはバーベキューだった。単純。そう誘われたメンツで及川を見たら「いいじゃんベタで!」と喚いていた。そんなこんなで及川家の許可をいただいて庭を借りている。
 それぞれ何か持ち寄って、とアバウトに決めたのがそもそもの間違いだった。開催日の少し前、母親にバーベキューするから何か持って行けるものちょうだい、とお願いした。すると、気を遣ってくれた母親が当日お肉を持たせてくれた。まあお肉はいくらあってもいいでしょ。結構たくさんくれたしわたしはこれでいいや。そうお肉だけ持って及川家に来たら、花巻が若干遠い目をして「何持ってきた?」と聞いてきた。見て驚け。大量のお肉を得意げに広げたら、松川が「あちゃ〜」と言った。お肉様を前にあちゃ〜とはなんだ。失礼な。そう思っていられたのも束の間。すぐに状況を理解した。
 どこのご家庭も考えることは同じだった。いつもお世話になっている友達とバーベキュー? 運動部の子でしょ? それならお肉持ってかなきゃね! 母の愛は強し。及川家の庭に設置された机の上には所狭しとお肉が並んでいた。机の端っこに居心地悪そうにピーマンが少しだけ置かれている。それ、誰が持ってきたの? そう聞いてみると花巻が「金田一」と言った。逆になぜピーマンだけなんだ。そう虚無にひたっていると金田一が「たくさんあったので……」と申し訳なさそうに言った。
 さすがに運動部男子とはいえ、肉だけのバーベキューはキツいらしい。じゃんけんして食材を調達しにいく係を決めることになった。及川家のお母様が見かねてキャベツとニンジンをくれたけど、さすがに全員分は賄えないわ、と申し訳なさそうにしていた。いやいや、それは本当に大丈夫です。みんなで焦りつつお礼を言ってから、最初はグー、と及川のかけ声でじゃんけん開始。
 で、結果。わたしと岩泉が負けた。及川家からスーパーまでは歩いて十分ほど。お金はあとでみんなで出し合うことにして出発、しようとしたときだった。及川家のお母様がわたしを呼び止めた。「日差しが強いから」と麦わら帽子をかぶせてくれる。いや、あの、ちょっと恥ずかしいんですけども。及川家長女のものらしい。「倒れちゃったら大変でしょ」と笑ってくれるものだから断り切れなくて。そのあとでお母様は「一くんが一緒だし大丈夫だろうけど」と言う。ああ、そっか、及川と岩泉って幼馴染なんだっけ。岩泉はお母様に「ん」とだけ言って返事をしていた。
 岩泉と二人で歩きながら部活の話をする。ちょっと新鮮。岩泉と二人きりで話をするなんて機会、あんまりなかったな、この三年間。いつもより岩泉の口数が少ない気がして、もしかして同じように思っているのかも、と思った。

「何買う?」
「定番のやつでいいだろ」
「タマネギ、エリンギ、カボチャ、トウモロコシくらいかな?」
「海鮮」
「あ、それいい!」

 いいこと言うじゃん、岩泉。そう笑ったら「いや普通に思いつくだろ」と言われた。野菜のことしか頭になかったもん、わたし。海鮮か。たしかにあったら嬉しいよね。そんなふうに何を買うか頭に書き留めつつ、麦わら帽子を手で触る。やっぱりこれ、借りてこないほうがよかったかも。普通に恥ずかしい。結構昔ながらの麦わら帽子だ。ツバが大きい。その分影が出来るから有難いっちゃ有難いけど。なんか、夏に浮かれている子どもみたいじゃないかな。

「岩泉ってさ」
「あ?」
「好きな子とかいるの?」
「…………」
「怖、なんで睨むの」

 単純な興味です。夏に浮かれて口に出してしまいました。答えたくないならゴメンナサイ。素直にそう言っておく。だって、及川のそういう話はよく聞くし、花巻や松川、後輩たちも学生らしくそれなりに恋バナするんだもん。岩泉だけだよ、そういうの全くしないの。だから気になっただけ。そう弁解したら余計に睨まれた。だから、言いたくなかったらいいってば! そう必死に謝るのだけどなかなか許してくれなかった。
 まあ、そういうのに興味があるタイプでもないもんね。振ったわたしが全面的に悪い。この話はなかったことで。そうきれいに晴れた空を見上げて言っておく。スーパーまであと少し。あ、マシュマロもありかも。甘いのも食べたくなるよね。花巻とか国見とか喜びそう。

「ねえ、マシュマロ以外だと甘いの何が良いと思う?」

「何?」
「お前だけど」
「……ん? 何が?」

 マシュマロ以外の甘い物お前だけど、って意味分からなさすぎない? 首を傾げてしまう。岩泉はそんなわたしをじっと睨みながら「バナナ」と言った。バナナ?! また突然の発言にびっくりする。あ、でもチョコとかかけたらおいしいかも。焼きバナナだね。なるほど。岩泉、結構良い案ばっかり出してくれるじゃん。さてはお腹空いてる? そう笑ったらまた睨まれた。

「だから怖いってば。何?」
「お前だって言ってんだけど」
「何が?」
「好きなやつ」

 びゅうっと強い風が吹いた。かぶっていた借り物の麦わら帽子が飛んでいきそうになったけど、咄嗟に手が出たらしい岩泉がわたしの頭を叩く形で押さえてくれた。いや、痛かったんですけど。びっくりして岩泉を見ていると「悪い」と目をそらされた。なに、その顔。麦わら帽子を自分で押さえたら岩泉が手を離した。何。何だったの、今の時間は。冗談かな。岩泉もそういう冗談言うんだな。そういうことにしておこう。
 何事もなかったようにスーパーで野菜と海鮮、マシュマロとバナナを買った。袋を二つに分けて入れていると岩泉が自分の袋に重い物ばかり入れていることに気が付く。「重くなるよ?」と言ってカボチャくらい引き受けようとしたのだけど「いい」と言ってやっぱり入れてしまう。なんか、優しい。いや岩泉は優しくないってわけじゃないけど、こんなに露骨に優しいのはちょっと、珍しい気がした。
 スーパーを出て及川家へ戻る。歩いて行きつつ、なんとなく気まずい。さっきの会話のせいだ。冗談なんだったらもっと面白おかしく言ってくれなくちゃ、反応に困るんですけど。軽い袋をぷらぷらしつつ片手で麦わら帽子を押さえている。いつ風が吹くか分からないからだ。やっぱり借りないほうがよかった。実質両手が塞がっている状態になっている。そう思いつつふと視線を下に向けると、靴紐が解けていた。ほら言わんこっちゃない。この状態で靴紐なんて結べない。荷物を置こうにも食べ物だから地べたに置きたくないし。このまま踏まないように歩いてれば良いか。
 そう思っていると、岩泉が「おい」と声をかけてきた。「はいはい?」と軽く返すと、自分の袋をわたしに渡してきた。ね、重かったでしょ。そう苦笑いをこぼしていると「ちげえよ」と言われた。違うとは? よく分からないままだったけど、無理やり持たされた。え、結局持たせるんじゃん? わたしが困惑していると、岩泉がわたしの目の前でしゃがんだ。え、何。びっくりしていると「動くな」と言われる。

「荷物、重かったら俺の背中に置いてろ」
「え、何?」
「靴紐が解けてる」

 気付いてたんだ。うっかりときめきそうになった。岩泉は解けたわたしの靴紐をきゅっと結ぶと、解けていないほうも引っ張って確認してくれた。立ち上がるとすぐに「ん」と手を伸ばした。荷物を返せということだ。「あ、ありがとうございます」と照れつつお礼を言い、岩泉から受け取ったばかりの荷物を返す。

「で」
「え、あ、はい」
「返事」
「えっ」
「返事ねえのかよ」
「……え、あ、だから、ありがとう?」
「ちげーわ!」

 あ、珍しい。顔が赤い。岩泉はちょっと苛立った様子でくるりと体の向きを前に向ける。また及川家に戻る道を歩きながら「そうじゃねーだろ」と小さく呟いた。そうじゃねー、のは、分かるんですけど。突然すぎたから答えるに答えられない。

「……なんでわたし?」
「はあ?」
「いや、うん、だって岩泉だし、なんでなのかなって」

 ちょっと日本語がうまく話せない。明らかに動揺してしまっている。岩泉もそんなわたしの様子には気付いてくれているらしい。ちょっとバツが悪そうな顔をした。わたしの少し前を歩く。そうして本当に、風にかき消されてしまうほどの小さな声が、ぼそっと聞こえてきた。「かわいいと思ったから」。幻聴なのではないかと思ったし、聞き間違いだったら恥ずかしい。聞こえないふりをしてしまおうか。そんなふうに無反応でいると、ぐるっと勢いよく赤い顔がこっちを見た。「かわいいと、思ったからって、言ってんだろうが!」とキレられる。いや、理不尽。理不尽すぎてびっくり。仮にそれが本当だとしたら、好きな子にキレちゃだめでしょ。

「……返事、しろよ」
「…………え、えっと」
「…………」
「考える、ので、来週まで、待ってもらって、いいですか」
「…………おう」

 くるりとまた前を向く。咄嗟に保留にしてしまった。いや、だって、不覚にも。本当に不覚にも、ときめいた自分がいたから。靴紐のときもそうだし、今のも。なんなの、突然。そんなふうに俯いて歩いた。
 及川家に到着したら「あ、おかえり〜!」と及川が言った後、なんか、微妙な空気が流れたのが分かった。何。そう顔を上げたらじっと及川がこっちを見ている。それから「顔真っ赤なんだけど、二人とも」と言った。言わなくて良い。指摘しなくていいそんなもん。日焼けだ、日焼け! そう借りた麦わら帽子を及川に無理やりかぶせる形で返す。及川は「乱暴!」と喚きつつわたしから袋を受け取ってくれた。
 花巻が意気揚々とマシュマロを焼きだした。いや、初っぱなそれなの? そう呆れていたら国見も同じく。それでも運動部男子か。笑っていると松川は海鮮に手を出していく。後輩たちはお肉を焼いている。それを笑って眺めつつ野菜を切っていると、そろ〜っと及川が近付いてくる。「何?」と声をかけるとちょっと顔を近付けて「え、もしかしてだけど」とにやついた。

「岩ちゃん、告ってきた?」
「…………」
「やっぱり! ちょっと、ねえ、ねえ、なんて返事した?!」
「黙れクソ及川」
「岩ちゃんの真似やめて?!」

 つーか、なんで知ってんのよ。そう口に生のタマネギをちょっとねじ込んでやる。及川は「ちょっと!」と言いつつもそれを食べてから「だって」と視線をどこかへ向ける。その先には松川と海鮮を焼こうとしている岩泉。そのまま焼いて良いのか協議をしているらしい。ネットで調べればいいのに。

「岩ちゃん、明らかにのこと気になってるな〜って思ってたもん」
「……ちなみにどの辺が?」
と喋るとき、めちゃくちゃ言葉選んでるの丸わかりだったとことか? え、分からないの?」
「分かんない」
「嘘、鈍すぎない? あの岩ちゃんが嫌われないように言葉を選ぶ女子とかだけだよ」

 えー岩ちゃんかわいそ、と及川は愉快そうに笑った。そんなの、分かるわけないじゃん。わたしにとっての岩泉はそういう人だし。何、わたしだけとか。そんなの思ったことない。なんだそれ。なに、本当に。
 エビを焼き始めた岩泉の横顔を睨んでしまう。なんなの、本当に。なんでしかも今日このタイミングだったの。意味分かんない。そう睨んでいるのに岩泉は全然わたしの視線に気が付かない。ムカつく。そう念を送ったけど、やっぱりこっちに気付かなかった。


ときめきをくれてやる

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