※一年生のころの話。
※北の捏造弟が一瞬だけ出ます。名前も台詞もないです。




 家から電車で数十分のところにある有名な神社。年が明けた一月一日にわたしはそこにいた。

「甘酒おいしいなあ」
「去年も飲んだなあ、これ」

 楽しげにそう話す人たちに続々と甘酒を配っていく。一月一日、わたしは絶賛助勤中だった。つい三日前にこの神社で助勤している親戚の人から「急に人数足りへんくなって」と言われた。手を貸してほしいとのことで、とても必死そうな声だったから断るのもなんだか可哀想で。うっかり「ええよ」と答えてしまっていた。
 アルバイトとしての接客なんてやったことがないし、そもそもあまり愛想が良いほうではない自覚がある。神社に到着して親戚の人に巫女装束を着付けてもらってから、じわじわと不安になってきていたけど、初詣の列は待ってくれない。「紙コップに甘酒入れてはいどうぞ、でええから!」とだけ説明をされて放り出されてしまった。
 元旦の今日は朝八時から夕方五時まで、甘酒とおしるこがなくならない限りは配布を続けると聞いている。現在時刻午前十一時。すでに甘酒もおしるこも半分がなくなっている。それくらいの人の多さだった。隣で一緒に甘酒の配布をしている人が言うには「去年の三倍くらい人が多い」とのことだそうで、「くっそ、急に行かんて言い出した無責任ども、覚えとれよ」と巫女装束におよそ似つかわない発言をこっそり繰り返していた。ここまで人が多くなるとは予想できなかったらしい。それを悔やむ発言をすると同時に、わたしに「ほんま急やったのにありがとうな」と何度も言ってくれた。それが嬉しくて、やってみてよかったなと思えた。
 わたしの助勤は一応十二時までの予定だ。そこから交代で別の助勤の人が来ると聞いている。お昼からのほうが人の流れが緩やかになるらしくて、なかなか朝からお昼までの助勤希望の子が集まらなかったそうだ。たしかに、この忙しさはちょっと。神社の人たちも慌ただしそうだし一年で一番忙しいときなのだろう。そんな日に役に立てたならよかったな。こっそり一人で満足した。
 甘酒を紙コップに入れて「どうぞ」とおばあさんに渡した。「ありがとうねえ」と優しい声で言ったその人は、邪魔にならないようにかすぐに列から離れていく。その次の人も、その次の人も。目まぐるしく列が動く中で、少しだけ息を吐いた瞬間だった。「あ」と聞き覚えのある声がして、思わず顔を上げた。

「あけましておめでとう。びっくりしたわ、こんなとこで会うと思わへんかったで」

 北だった。びっくりして固まってしまったけど、慌てて「あけましておめでとう」と返して、甘酒を渡した。それから北が少し後ろを見て「お前もはよもらい」と言った。首を傾げつつ準備していると、小学生か中学生くらいの男の子が手を伸ばしてきた。「弟や」と北が笑ったので二度見してしまう。そう言われて見れば、似ているような。弟いるんだ。知らなかった。少し驚きつつ「どうぞ」と渡したら丁寧にお礼を言って受け取ってくれた。どうやらおばあさんと弟の付き添いで来ているのだという。家でも面倒見が良いんだな、なんて微笑ましかった。おばあさんは一足先に甘酒をもらっていったそうで、恐らく「はぐれたらここで集合」と言ってある場所にいるだろうと言った。
 北は「ほな、またな」と言ってから弟を連れて列から離れていく。知り合いに会うことはあるかも、と思ったけどまさか北と会うなんて思わなかった。そう少しどきどきしてしまった。
 ……どきどき? なんで? 甘酒を配りながら一人で首を傾げてしまう。なんでどきどきしたんだろう。思ってもみないところで急に会ったからだろうか。びっくりしたのかな、急に北が目の前にいて。まあ、急に知り合いが現れたらどきどきするか。そんなふうに結論づけておく。

「あっやん!」
「赤木やん。あけましておめでとう」
「あけおめことよろ。巫女さんやんけ! めっちゃ巫女さん!」
「うっさいわ。甘酒どうぞ」

 けらけら笑って渡す。赤木に「さっき北おったで」と教えたら、神社の入り口で会ったそうだ。「弟めっちゃ似とった」と笑いつつ「また部活でな~」と手を振って去って行く。人気の神社だから初詣はここに来る人が多いのだろう。
 ふと、あれ、と思った。北が目の前に来たときはどきどきしたのに、赤木が目の前に来たときはなんともなかった。北に会ったから知り合いに会うものだと脳が慣れてしまったのだろうか。よく分からない。よく分からないけど、それ以外に理由なんてないし。ちょっと首を傾げつつも、考えるのはやめておいた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 脱ぎ方がいまいち分からなくて苦戦してしまった。どうにかこうにか畳んだ巫女装束を返して社務所を出た。ちょっとぐったりしつつ神社を歩く。まだ初詣の列も甘酒とおしるこの列も途絶えていない。わたしもお参りしてこうと思っていたけど、この列に今から並ぶのは少ししんどい。そう思ってやめておくことにした。やってみたらそんなに難しいことではなかった。愛想が良かったとは言えないだろうけど、大きなミスなく終えてほっとする。まあ、ミスするようなことがないからだろうけど。そう小さく笑った。
 神社の石段を下りていく途中、紙コップが一つ落ちているのを見つけてしまった。罰当たり者め。そう思いつつ拾い上げる。石段を下りてすぐのところに臨時のごみ箱が設置されていたはず。石段を上がって参拝列に並ぶのだからごみ箱の存在は絶対見ているだろうに。そんなふうにぶつくさ内心文句を言いつつ下りていき、石段のすぐ左側に置かれているごみ箱にそれを入れようと曲がった。

「あ」
「また会うたな。仕事終わったんか?」

 北がごみ箱の横にある石で作られたベンチに座っていた。一緒に来ていると言っていたおばあさんと弟さんはいない。はぐれてしまったのだろうか。聞いてみるとおばあさんも弟さんも友達と偶然会って喋っているのだそうだ。しかも、弟さんは友達家族について行ってしまった、とのことだった。その家族の人が車で来ているからと送り届けてくれることになったと笑った。

「ばあちゃん話し出すと長いで、のんびり待っとるとこや」

 北がわたしが持っている紙コップを見た。「お疲れさん。甘酒、おいしかったで」と言ったけれど、わたしは一滴も飲んでいない。飲もうと思っていたけど忙しすぎてうっかり忘れていたし、列に並ぶ気力もなかったからだ。それをそのまま北に言ったら「その紙コップは?」と首を傾げる。そりゃそうだ。わたしの説明不足だった。笑って「石段に落ちとったで拾っただけや」と説明しておく。北はなぜだかわたしをじっと見てから「はは」と笑った。

「え、なに?」
「いや、ごめん」

 くつくつ笑って北が顔をそらした。笑われるようなことを言った覚えはないけれど。不思議に思って北を見たままぼけっとしてしまう。ああ、まあ、とりあえず、紙コップはごみ箱へ。ぎこちない動きでごみ箱に捨てたら、北がこっちを見た。

「そういうとこ、好きやなあと思うて笑ってしもた」

 またおかしそうに笑った。いや、なに、急に。ちょっと照れてしまいつつ「別に普通のことやん」と必死に言い返したら余計に笑われてしまって、参った。北は心臓に悪い。急に会っただけでどきどきしてしまうし、この前の文化祭でも「かわいい」とかそういうことを普通に言うし。変わった人だ。本当に。
 北が立ち上がると「ぐるっと歩いてみいひん?」と言った。神社の周りは砂利道になっていて、ぐるりと一周が木々に囲まれている。神社によく来る人はここをぐるりと一周してから参拝するのだとか。おばあさんはいいのか聞くと、なんでもしっかりスマホを使いこなせるおばあさんだという。帰る頃合いに連絡をくれるだろうからいいとのことだった。
 砂利を踏みしめる音が妙に心地よい。冷たい風が木々の間からぶつかってくるのは寒かったけれど、歩いているからかそこまで気にならない。北とわたしは何というわけでもなくぽつぽつと話をした。部活のこと、勉強のこと。今まであまり聞いたことがなかった好きなものとか苦手なものとか、そういう話もした。北の話は耳にすっと入ってくるようなとても分かりやすい文脈で、北のことがとてもよく分かった気がして嬉しかった。たぶん、北の声がまっすぐ透き通るきれいな声だからだろう。まっすぐな心も相まっているに違いない。そんなふうにこっそり思う。わたしは話が上手じゃないからなあ。北にどうにか伝わるように頑張って話したけれど、もしかしたら一つも北に伝わっていないかもしれない。そうだとしても、北と話すのは心地が良かった。
 途中で摂社を見つけた。まだお参りをしていないし、ここにも立派な神様がいるのだから。そう思って北を呼び止める。不思議そうに立ち止まった北に待ってもらいつつ、摂社の前に立って財布から五円玉を四枚取り出した。お参りしようと思ってわざわざ持ってきた四枚。良いご縁がありますように、という語呂合わせのつもりだ。賽銭箱に入れようとしたら、隣で北も財布を開けた。こっちでもお参りするらしい。見ていると、わたしと同じように五円玉を取り出していた。
 二人で賽銭を入れて、手を合わせた。さっきまでは今年からのことをお願いするつもりでいたのに、いざ手を合わせて目を瞑ったら、これまでの良い縁のお礼を言ってしまう。去年だってそうだ。たまたま入ったバレー部でとても良い縁に恵まれた。わたしが選んで入ったのではなく、神様が導いてくれたのかもしれない。そう思ったからだ。わたしとバレーボール、部員たち、そして、北に出会わせてくれてありがとうございます。そう喉の奥で呟いた。
 二人で一礼してから摂社を後にした。また歩き出そうとしたとき、北のスマホに着信が入る。北が電話に出ると「もうええんか?」と笑いながら言う。それからいくつか話をして電話を切った。それからわたしを見て「ばあちゃん、話し終わったみたいやわ」と言う。まだ砂利道を三分の一しか歩いていなかったけど、おばあさんのことが第一優先に決まっている。「引き返そか」とくるりと踵を返した。
 北のおばあさんに会うのはちょっと気恥ずかしかったので、石段の少し前で「わたしあっちやで、じゃあ」と声をかけた。北はちょっと黙ってから「一人で大丈夫か?」と言う。子どもじゃないので大丈夫です。そんなふうに笑って手を振ったら、「また部活でな。気ぃ付けや」と手を振り返してくれた。だから、子どもじゃないってば。そんなふうにちょっとおかしかった。


抱きしめられない君へ はつ恋 初詣

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