※一年生のころの話。
※モブクラスメイトが喋ります。




 高校一年生、十月。稲荷崎高校は文化祭の準備で騒がしい。いろんなクラスが劇の準備やら店屋の準備やらで慌ただしく作業を進めていた。
 基本的に人気の高いものは三年生が優先してやることになる。今年はステージを使った出し物が三年生に人気だったらしい。そのため、一年生のクラスは展示コーナーとか、くじ運のいいクラスは食べ物屋をすることが多いようだった。
 わたしのクラスはくじ運がよかったらしく、数が限られている食べ物屋をすることになった。簡単にできて、衛生管理も難しくないもの。クラス委員長がどうにかこうにか決定したのが綿菓子だった。過去に文化祭で出店していたこともあって、綿菓子の機械が学校にあるそうだ。でも、綿菓子って。クラス全員でツッコミを入れたけど「ほんだらそれ以上の案出してみーや!」とクラス委員長が言えば「しゃーない、綿菓子で勘弁したるわ」と笑いが起こっていた。
 当日の販売組、当日までの準備組の二手に分かれることになる。どっちの組に入りたいかを黒板に書くように言われたので立ち上がる。わたしは準備組がいいな、とチョークを握った瞬間、友達が「は~いこっち」とわたしの手を勝手に動かした。販売組のほうにわたしの手を使って名前を書き込むと「一緒にがんばろうな」とハートマークを飛ばしてきた。何を勝手に。わたし、愛想ないから向いてないってば。そう苦笑いをこぼしながら黒板消しを持とうとしたら「いっぺん書いたら消さんといて」と委員長に言われてしまう。くそ、はめられた。内心そう思っていると委員長が「売り子女子少なすぎやろ~!」と文句を叫んだ。みんな見て回りたいに決まっている。女の子たちはほとんど準備組に名前を書いていた。
 まあ、やりたい子がいないなら、仕方ないか。そうため息を吐きながら席に戻ると、同じクラスの大耳が「誰やねん、俺の名前勝手に書いたやつ」と苦笑いをこぼす。わたしと同じく勝手に販売組に名前を書かれたらしい。「俺の体格からしたら準備組やろ、どう考えても」と言うと、大耳の名前を勝手に書いたらしい男子が「お前おばさま人気ありそうやもん」と笑った。確かに。分かるかも。そんなふうにわたしも笑ってしまった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「おかしいやろ、これ……!」

 文化祭当日。綿菓子屋のテントに行ったら、わたしの名前を勝手に販売組に入れた友達が「はいコレ」と笑顔で何かを渡してきた。開けて見たら、なぜか猫耳のカチューシャ。ハテナを飛ばすと「一緒につけよ!」と笑顔で言われて、顔が青くなった。いや、なんでやねん。そんな浮かれたアホみたいなことを。ドン引きでそう呟くと友達は「せっかくの文化祭なんやで弾けたいやんか!」とわたしの肩を揺さぶる。一人でやるのは恥ずかしいから犠牲になれ、ということらしい。
 結局。無理やりつけられたそれに居心地の悪さしかない。一緒の販売係の男子たちは気を遣って「え~かわいいやん」と言ったけど、絶対そんなわけない。友達はきゃっきゃと楽しげに「写メ撮ろ~」と言って勝手に撮っていた。満足そうで何よりです。
 そればかりか友達は「なんちゅうか、は地味やねん!」と言った。ひどい。心を抉られつつ「今更しゃあないやん……」と返すと、「もっとこうしたらええやん」と言って、勝手にわたしの制服を着崩し始める。ちょっと、ちょっと、何を人前で! 男子たちが若干気まずそうに目をそらす中、友達がわたしのボタンを外すわスカートを短くするわ髪を結ぶわで大変な目に遭う。タイツ穿いてきてよかった。というか今は長いのが人気なのでは。内心そう思っていると、ようやく解放された。「えーめっちゃかわいい!」とパシャパシャ写真を撮り始める。かわいくない。だらしないだけでしょうが。直すと喚かれそうだったのでそのままにはしておくけど。

「えらい印象変わるもんやな」
「何も触れんでええわ……」
「大耳くん、こっちのがかわいいやんな?!」
「いや、なんちゅうか、新鮮やな」

 言葉に困っている。友達の圧にもちょっとビビっている感じがしてわたしも苦笑いをこぼす。強烈やろ、わたしの友達。目で話しかけると大耳もなんだか苦笑いで、そうやな、と言ったように見えた。
 文化祭がスタートし、綿菓子屋は大繁盛とまではいかないものの、ちらほらとクラスメイトの友達が来たり、先生が来たりした。友達は終始ハイテンションで綿菓子を売りつつ、来た人と写真を撮りまくっている。ギャルって元気だなあ。まあ、そういうところが一緒にいて楽しいのだけど。会計をする大耳にレシートを渡しつつ笑った。
 十月中旬の空の下。少し肌寒くなってきた。結構動くだろうと予想してカーディガンを教室に置いてきてしまっている。寒い。内心ちょっと後悔しつつ、こっそり腕をさする。気を遣われたらアレだし、忘れたのはわたしの不注意だし。テントの下はまだ温かいほうだろう。そうどうにか気にしないことにした。
 それにしても、高校の文化祭ってこんなに賑やかなんだ。目の前を通り過ぎていくたくさんの人たちを見て思った。わたしはあんまりこういうのが得意なタイプではないけど、それでも少し楽しく思ってしまう。始まる前は早く帰りたいな、なんて思っていたけど。ちゃっかりしている自分を笑ってしまった。
 北も普段は落ち着いているけど、こういうときははしゃいだりするのかな。想像つかない。案外劇とかやったら気合い入れちゃうタイプだったりして。ふふ、と笑った瞬間にハッとする。いや、なんで北。全く影も形も見てないのになんで急に頭に思い浮かんだろうか。謎すぎる。それに、少し失礼なことを考えてしまった。そう頭の中に思い描いたテンションの高い北をかき消しておく。
 そんなふうに一時間ほど売り子をして、クラスメイトの男子が友達に「休憩行ってきたら?」と声をかけた。友達が「ありがとー!」と言って、当たり前のようにわたしの腕を掴んだ。え、わたしも? びっくりしていると「一緒に回ろ~」と言ってずんずん進んでいく。クラスメイトにお礼を言って仕方なくついていきつつ、カチューシャを取ろうとしたら「あかん!」と結構な剣幕で止められた。なんでも髪の毛を結んだときにピンでガチガチに固定してあってやり直すのが面倒だから外すな、とのことだった。え、じゃあ、この姿で歩き回れと? そんなふうに青くなっているわたしのことなど知らんふりして、友達はずんずん校舎のほうへ歩いて行く。
 校舎に入って数秒後。友達のスマホが鳴った。「あ!」と嬉しそうな声を上げたのでどうやら彼氏らしい。夏頃から付き合い始めたと聞いている。今が一番楽しい時期だろう。わたしのほうを見て申し訳なさそうな顔をするから「ええよ、行っておいで」と笑う。あとでいろいろお返ししてもらうつもりで。友達は「ごめんな、ありがとう!」と嬉しそうに走って行った。かわいい。恋をするとあんなふうになるものなのか。ちょっと羨ましかった。
 とはいえ。友達がいなくなって完全に浮かれポンチな一人きりになってしまった。飲み物でも買ってどこかに避難しよう。あとカーディガン、取りに行こうかな。うちのクラスは展示をしているクラスに貸し出されているから取れるか分からないけど。そう歩き始めたときだった。

「一人なんか?」

 びくっと肩が震える。振り向くと、北が片手にペットボトルのお茶を持って立っていた。「ああ、うん」と間抜けに返事をすると、北がやけにじっと見ている気がした。なんでしょうか。北の視線って圧があってまだちょっと怖い。たじたじしていると「猫か?」と首を傾げた。あー、一瞬で忘れていた。猫耳カチューシャ。浮かれててどうもすみません。恥ずかしさが振り切って「触れんで……」と顔を隠して返しておいた。

「なんでやねん。ええやんか、猫」
「ようないわ……言うとくけど、これ友達が勝手につけてきただけで、わたしの意思ちゃうから」
「別にそない言わんでも。ええやん、かわいいで」

 びっくりした。北って、そういうの、さらっと言えるタイプなんだ? 思わず固まっていると北が不思議そうに「それよか、えらい今日は薄着やな?」と頭から爪先までを見て言った。

「これも友達の仕業っちゅうか……寒いでカーディガン取りに行くとこ」
「ははは」
「え、なに?」
「いや、優しいなあと思うて」

 意味が分からない。今の会話のどこからそうなったのだろうか。ハテナを飛ばして困惑していると、北が着ているブラウンのカーディガンを脱いだ。「着とき」と言ってわたしにそれを渡してくるので、クラスに取りに行く途中だからいいと断る。でも、北曰くわたしのクラスは展示コーナーのために机やらなんやら、すべてが暗幕の後ろに隠されていたらしい。そこからカーディガンを取ろうと思うと暗幕を外さないと無理だと教えてくれた。そういえば展示をするクラスに教室を貸すとかなんとか言っていたっけ。思い出してがっくりしてしまう。
 迷いに迷って、寒さには勝てなかった。「ごめん」と言いつつカーディガンをお借りした。それを着させてもらっていると、北が「俺今から昼飯食べるけど、一緒に行かへんか?」と誘ってくれた。心強いです。この浮かれポンチで一人きりはちょっときつかったから。素直にそう言ったら「せやからかわいいでええやんか」と追撃された。もういい、もういいから。そんなふうに照れてしまって顔が熱くなった。北もどうやら面白がっているらしい。ちょっと悔しくて、弱い力で肩をつついておいた。
 せっかくの文化祭なので、どこかのクラスが販売している焼きそばを二人で買った。ちょうど中庭のベンチが空いていたのでそこに腰を下ろして二人で手を合わせてからいただく。食べつつ北のクラスは何をしているのか聞いてみると、展示をしているのだとか。北のクラスは美術部の子が多いそうで、その子たちの作品を中心に絵や手作りのものを展示しているそうだ。気に入ったものがあれば購入できるようにしてあるとのことだった。

「北は何出しとんの?」
「いや、俺は準備係やで作品は出してへん」
「そうなんや。北、おもろい絵とか描きそうやけどな」
「おもろい絵ってなんやねん」

 そんなふうに会話をしていると、体育館のほうが騒がしくなった。バンド演奏があると聞いたからきっとそれがはじまったのだろう。騒がしいのは得意じゃない、けど、たまにはこういうのもいいかも。そんなふうにこっそり思った。

「あんま騒がしいんは得意ちゃうけど、たまにはこういうんもええな」
「…………」
「なんやねん」
「いや、わたしもおんなじこと考えとったな、って。びっくりして」

 北は一瞬目を丸くしてから「気ぃ合うな」と笑った。前々から、北とは会話のテンポが合うからなのか喋りやすいと思っていた。まさか思考まで似ているとは思わなかったけど。
 ずるり、と北のカーディガンの袖が落ちてきた。失礼な話、北はバレー部の中だとそんなに背が高いほうじゃない。こんなにぶかぶかになるとは思っていなくて、着た瞬間にもちょっと驚いたな。まくると伸びてしまうからとりあえずそのままにしておく。北がそれに気付いて「まくったろか?」と言った。伸びるからいいと言ったけど、北はそういうのを気にしないらしくて袖を器用にまくってくれる。なんか、さっきから世話をされてばかりな気がする。ちょっと情けなかったけど、北の優しさに触れられてなんだか嬉しい。

「俺、そんな大きいほうちゃうけどな」
「そんなことないやろ。バレー部の中やとそうかもしれへんけど」
が細いんやろ。ちゃんと食べやなあかんで。脚もひょろひょろやん」

 お母さんか。思わずそうツッコんでしまう。あと別に細くはない。わたしは至って標準だ。やっぱり北が普通に大きいのだと思う。そう言ったけどなんとなく納得していない様子だった。


抱きしめられない君へ はつ恋 文化祭

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