※「かげろう」は原作が完結前に書いたものなので、捏造未来設定でお話が進みます。




「これかわいいやん。これにしたら?」
「あの」
「こっちもええな。いやでも丈短いであかんわ」
「侑」
どれがええ?」
「話聞けや」
「なんやねん。ご機嫌ナナメやな」

 視線。視線が痛い。ちょっと服見てくるから待っててって言ったのになぜ店内についてきた? 背が高い上に、本人には絶対言わないけど顔が整っている侑は、女性客しかいない店内ですこぶる目立っていた。こうなるから嫌だったのに。やっぱり服は一人で買い物に行ったときに買うべきだったか。反省しつつ「ちょっと大人しして」とため息をつく。侑は「は?」と眉間にしわを寄せると持っていたかわいいワンピースをわたしに勝手に合わせる。

「これかわいいやろ。何が気に入らへんねん」
「今そのワンピースの話してへんわ」

 あと、そのワンピース。わたしは背が低いからスタイル的に合わないし、色もかわいすぎて正直着られない。タンスの肥やしになるのが目に見えている。デザインもかわいすぎるし、何をどう見てわたしに似合うと思ったのか謎すぎる。実はダサいのか、宮侑。
 とりあえず「待て」が効かないことは分かった。ただ、何でもかんでも似合う似合うと言ってくるのは恥ずかしいからやめてほしい。それをどう伝えるべきか。頭を悩ませていると、店員さんが声をかけてきた。「彼女さんのお洋服選びですか~?」と声をかけられた侑は、明らかに上機嫌そうに「彼女さんのお洋服選んどるんです~」と答えた。恥ずかしいからやめて。ノリのいい店員さんだったせいで侑はあれもこれもといろいろ服を店員さんに出してもらい、試着室に大量の服とともに放り込まれた。こんなに疲れるショッピングははじめてかもしれない。どれもこれもわたしの趣味じゃないし。ため息。でも、まあ、せっかく、選んでくれたし。そう思ってしまうわたしは単純な女なのだろうか。
 着替えてはカーテンを開け、また着替えてはカーテンを開ける。最後のワンピースを着て外に出ると、侑は「あかん、甲乙つけがたいわ」と頭を抱えていた。アホちゃうん。そう呟く。自分の服を選んでいるわけでもないのに。

「なあ、どれが一番好きやった?」
「う~ん…………侑どれがよかったん」
「そうやなあ~……え~……白いやつが一番好き、かも……いや待て花のやつもよかったしな……」
「あんさ」
「なんや、こちとら真剣に考えとんねん」
「どれか買うたとして、わたしこれどこに着てくん? こないかわいい服普段着ぃへんで」
「は? 俺とのデートに着てこいや」
「……好きなん選んだらええやん」
「せやから今考えとんねん! ちょっと待っとけや!」

 ウンウン唸る侑にもう一つため息。何これ、なんて状況。侑なんてつい最近まで、ただの元同級生なだけだったのに。まだこの変化についていけていない。
 とはいえ、変に機嫌を損ねると恐ろしい目に遭う可能性が高い。何かというと、侑と付き合いだして数日後に届いたメールが原因だ。治からのそれは「と付き合うことになったってアホみたいに喜んどったから下手にフッたり落ち込ませたりせんといて、ほんまに。頼むで」とのことだった。そうは言われても。侑のあまりの変わりようについていけないし、彼氏なんてできたことがないからいまいちどうすればいいのかも分からない。ほぼされるがままにされている感じだ。これまで機嫌を損ねたことはないから、まあこのままをキープすればいいのかと思っているけれど。
 紆余曲折あって付き合い始めたものの、本当にこれでよかったのか未だによく分からない。侑のことは好き、だけど。やっぱりその〝好き〟が侑から向けられるものと同じなのか、いまいちピンとこない。なんか申し訳ない。治にこのことを相談したら「死んでもそれツムに言うなや、ほんまに。言うたらどつくでな」と脅された。怖すぎる。

「決めた! 白いやつがええ!」
「……じゃあ、それで」
「今度着てきてな」

 ただ正直、かわいいなあ、とは、思う。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「名前で呼びたいんやけど、あかん?」

 買い物にぐったりしていたらカフェに連れて行かれ、侑が勝手に頼んだパンケーキをもそもそと食べている。そんなとき、フォークに刺した苺を落とすかと思った。なぜだか真剣な顔をして照れまくっている侑に「は?」と声がもれてしまう。

「は? ってなんやねん! 彼氏に対して失礼やろ!」
「呼びたいんやったら呼んだらええやん」
「……も名前で呼んで」
「いや、もう呼んどるし」
「ちゃうんやって!」

 なんだこいつ、めんどくさいな。内心そう思いつつ苺を口に運んだ。侑も侑でわたしを睨んで「ちゃうねん」と言い続ける。何が。名前で呼んでいることに間違いはないというのに。何がお気に召さないのか全く見当がつかない。侑はいつも変なことで拗ねるからどう対処すればいいか分からない。高校のときからそうだったけど。

が俺んこと名前で呼ぶん、治との区別のためやん」
「まあ、どっちも〝宮くん〟やと分からへんしな」
「それが嫌や」
「無茶言うなや……」

 ぶすくれて「嫌なもんは嫌や」と呟き、侑は窓のほうに視線を向けてしまう。分かりやすく拗ねている。今回もとんでもなく変な理由だことで。そんなふうに目を細めてしまう。高校時代のわたしなら絶対面倒くさくてイライラしたけど、今はなぜか、かわいく見える。おかしな話だ。そう苦笑いをこぼした。

「侑」
「……なんやねん」
「呼ばへんの」

 侑の視線がこちらに戻ってきた。じいっとこちらを見つめて黙っていた侑が小さく口を開く。「」と言った声は店内BGMにさえ消え入りそうだ。しかもびっくりするほど照れていて。今のは本当に侑の声だろうか、と少し考えてしまうほどだった。

「よう聞こえへんかったな」
「聞こえとるやんけ……」
「で、なんて?」
「……お前ほんま、後で覚えとけや」

 パンケーキに載っていたバニラアイスが溶けて滑り落ちる。侑はそれを見て「はよ食べえや」とコーヒーを飲んで、わたしのフォークを奪う。端っこをフォークで刺して引っ張る。ちぎれたパンケーキを溶けたバニラアイスにつけてから口に運ぶと、「あっま」と眉間にしわを寄せた。勝手に頼んだの侑なのに。わたし、甘いの好きって言ったことあったっけ。別にそういうわけでもないんだけど。そう思いつつも「おいしいやん」と笑っておいた。侑はそんなわたしをじっと睨んでからフォークを返してフイっとそっぽを向いた。子どもか。一人でそうずっと笑っているとどんどん横顔が赤くなって、やっぱり、かわいく思ってしまった。


かげろう 魔法

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