練習試合前の午前練習を終え、お昼休憩に入った。相手校が来るまであと二時間。時計を確認して頭の中でスケジュールを確認。午前中にやるべきことはすべて終えた。時計から視線を外して雀田さんと白福さんが何か作業をしていないかと体育館を見渡した。二人ともとっくにやるべきことは終えていたらしい。わたしの視線に気付くと「お昼食べよ〜」と手を振ってくれた。
 二人に駆け寄ってから体育館の隅に置いてある鞄を手に取る。コンビニで買ったパンが今日のお昼ご飯だ。三人で外部扉の段差に座ってお昼ご飯を食べることにした。ちょうどわたしがペットボトルのお茶を開けたとき、雀田さんが「聞いてみたかったんだけどさ」とわたしの顔を覗き込んだ。

「はい?」
ちゃんってどういう人がタイプ?」
「しっかりしてる人ですね」
「即答!」

 雀田さんはけらけら笑って「でも ちゃんぽいわ」と頷いた。白福さんもそれに続いて「分かる〜」と頷く。イメージ通りの回答をできたようで何よりです。タイプって言われてもあんまりピンと来ない。自分のタイプがいまいち分かっていないのだけど、頼りになる一面を見たり冷静な判断をできる一面を見たりすると結構ときめくのでそういうことにしている。
 白福さんが「見た目より性格派?」と話を広げた。そりゃあかっこいい人のほうが嬉しい。でも、かっこいい人が中身までかっこいいとは限らない。むしろかっこいい人って目移りされそうで怖くないですか。そんなふうに言ったら「分かるわ〜」と白福さんがしみじみと呟いた。

「ちなみに」
「はい?」
「バレー部の中で彼氏にするなら?」

 それが本題だったらしい。恋バナは相手のことも知っているとなおさら面白い。その理屈は分かるけど、正直部活の人をそういう目で見たことがなくて。ちょっと困ってしまった。しっかりしている、と言えば同学年の赤葦なんかはそうだと思う。でもなあ。赤葦かあ。そう遠い目をしてしまう。しっかりしてるけど案外変わり者だし、アクセルを踏み込むときとブレーキを踏み込むときの差が激しくて楽しい友達って感じなんだよなあ。先輩だと鷲尾さんがしっかりしてるけど、ちょっと落ち着きすぎて彼氏にしたいって感じじゃなくて上司にしたいって感じだ。うーん、と考えながらお昼ご飯のパンを開封。甘いパンじゃなくておかず系のパンにすればよかったなあ、と今更思いつつ少し空を見上げる。

「木葉さんですかね」
「ええ〜?!」
「木葉ぁ?!」
「え、なんでそんな反応なんですか……あ、木葉さんがイケメンじゃないって言ってるわけじゃないですよ」
「逆にそこ気にしてないから!」
「絶対赤葦って言うと思ってたよ?!」

 まあ、仲は良いですけどね。ちょっと彼氏となると話が違ったんですよ。そう笑いつつ言ったら「で、なんで木葉なの?」と白福さんが二つ目のおにぎりを食べながら言った。

「頼りになるじゃないですか。試合でもそうですし」
「後輩から見るとそうなるんだ……」
「え、木葉さんのこと嫌いですか?」
「いや、めちゃくちゃ好きだよ。友人として」
「友人としてね〜」

 木葉さん、この場にいないのにものすごくディスられている気がする。わたしが話題に出したばかりに。なんだか申し訳ない。思わず苦笑いをこぼしてしまった。頼りになるけどなあ。そんなふうに。
 木葉さんのどこが良いと思ったのか、と聞かれたので考えてみる。なんでわたし、木葉さんって答えたんだろう。なんとなく口から 出て行った感じがあったんだよなあ。話していて楽しい先輩だし、別に名前を出したことを後悔はしていないけれど。一口食べたパンの甘ったるさに若干眉間にしわが寄る。なんでだろうなあ。なんかいいなって思った瞬間があったんだよなあ。このパンをコンビニで選んだときみたいに。ふと「いいな」って思った瞬間があったはずなんだけど思い出せない。本当にそういう意味で好きかどうかは置いておいて。
 結構面倒見がいい先輩で、バレー初心者だったわたしに丁寧にルールを教えてくれたのは木葉さんだった。男子の先輩で一番声をかけやすかったからわたしから声をかけていた感じだったけど。たぶん選手からしたらびっくりするような質問もたくさんしたと思う。でも、木葉さんはただの一度もそれを馬鹿にしなかった。「あーそれはな」としっかり教えてくれるのが嬉しかったなあ。

「あ、分かりました」
「何?」
「木葉さんの声が好きですね。なので、彼氏にするなら木葉さんがいいです」

 なんか聞いてて落ち着きます。そう言ったとき、後ろから物音がした。反射的に三人で振り返ると「あ」と言いつつ落としたタオルを拾い上げようとしている木葉さんがいた。その後ろにはやけににこやかな先輩たちと赤葦。お昼を食べようとしていたらしい。

「あれ、部室で食べるって言ってなかった?」
「部室は後輩に譲ってきた〜」
「キャー先輩優しい〜」
「馬鹿にしてんだろ」

 木兎さんが笑いつつそう言って「ここ座っていい?」とわたしたちと同じ段差を指差す。雀田さんが「どーぞ」と言うとぞろぞろと腰を下ろしていく。最後に座った木葉さんがなんとなくそわそわしている気がする。不思議に思っていると白福さんが「盗み聞きだ〜?」と木葉さんを指差して笑う。それに猿杙さんが「ちょっと理由を詳しく」とつられるように笑った。

「なんで木葉? 結構そそっかしいところあるよこの人」
「あと男からすると声は普通」
「わざわざ落とすな!」

 その意見に雀田さんが「声は鷲尾のほうが良くない?」と白福さんに聞くと「赤葦も声いいよね〜」と言う。「どうも」と名前が挙がった二人が言う隣で木兎さんが「俺は?!」となんだか残念そうにしていた。
 わたしはいいと思ったんだけどな、木葉さんの声。言われてみれば鷲尾さんや赤葦のほうが低くて落ち着いた声ではあるけれど。うーん、好みのタイプといい、声といい。わたしが好きだと思う要素を持っている人じゃない木葉さんの名前をどうして言ったんだろうか。半分くらいまで食べ進んだパンを袋から出しつつ考える。性格でもなく、声でもなく、木葉さんがいいと思った要素かあ。

「よく分からないですけど、タイプとか声とかそういうのじゃなくて」
「うんうん?」
「木葉さんだからいいのかもしれないですね。うまく言えないですけど」

 木葉さんだからいいと思う要素が多かった、としか言いようがなかった。木葉さんと仲良くなっていなかったり助けてもらっていなかったら声が好きだと思わなかったかもしれない。いいと思わなかったかもしれない。恋でいうなら木葉さんに一目惚れすることはないけれど、関わったら必ず好きになる、みたいな。そんな感じですかね。
 分かりやすく説明したつもりだったのに、その場がシンと静かになった。分かりづらかったでしょうか。苦笑いしつつ言ってみると白福さんが「木葉、生きてる?」と言った。何か失礼なことを言ってしまっただろうか。ちょっと不安に思いつつ木葉さんのほうを見てみると、膝を抱えて顔を隠していた。

「いや、ちょっと、マジで勘弁して、照れる」

 そうぽつりと呟いた木葉さんを、大笑いして猿杙さんと小見さんが肩を揺らす。「青春じゃん秋紀くん〜!」と言う声に木葉さんが「うるせーよ!」とちょっと顔を上げると、その頬が真っ赤になっていて。その顔も好きだなって思う自分がいた。


木葉くん、好きだ!

back