本日の失態その一、せっかく作ったドリンクをひっくり返してだめにした。救いは外だったこと。体育館だったら立ち直れなかったかもしれない。命拾いした。よかった。
 本日の失態その二、運動部共同の洗濯機にタオルを入れたままボタンを押し忘れた。野球部マネージャー一年生の子が教えてくれなかったらそのまま帰っていたと思う。こそっと教えてくれたその子の前で膝から崩れ落ちたのは情けなくて涙が出そうだった。
 本日の失態その三、外周のタイム計測を任されたのにタイムを計り忘れた。一番に戻ってきた牛島さんがゴールしたと同時に気が付いてとんでもない叫び声が出た。あの牛島さんがビクッと驚いたくらい。コーチに謝りに行ったら「まあまあ」と慰めてくれた。「次からはしっかりな」と言われて泣きそうになった。
 今日はなんだか失敗が多い。気を付けなきゃ、と思えば思うほど動きが硬くなって思うようにできなくなっている気がする。汗をかいた額を持っているタオルで拭きつつ一つ息をつく。選手をサポートする立場なのに迷惑をかけてちゃ意味がない以上に邪魔でしかない。落ち込みつつ次の試合形式練習の準備に取りかかる。選手たちはサーブ練習中だ。終わった人から休憩。本当は休憩後にみんなで準備をし出すのだけど、なんだかそれが時間のロスに思えて先に準備を始めるようにした。選手たちも合わせて早く準備に入ろうとしたときに「わたしができるとこまでやるんで休憩してください」と言ったらちゃんと休憩しててくれるようになった。嬉しかったな。そんなことを思い出しつつ得点板を倉庫から出すために倉庫のドアを開けた。
 今日の失態を取り戻すために何かできることはないかな。そんなふうに考えつつ得点板があるほうに足を進め、得点板を掴もうと手を伸ばしたときだった。ガンッ、と何かが足に引っかかった。思わず「ギャッ」と声が出つつ、そのまま派手に転んだ。なんだ今日は。踏んだり蹴ったりじゃないか。もう! なんなの! そう足を引っかけてしまったものを確認すると、そこには何もなくて。え、怪奇現象? 一瞬そう思ったけれど、よくよく思い出してみれば、恐らく自分の足に引っかけただけだったと気が付く。なんだそのオチは。面白くもなんともないわ!

「おい」

 ビクッと肩が震えた。びっくりして振り返ると、白布がいた。倉庫のドアに手をかけてわたしを見下ろしている。白布とは普段からよく話すけど、結構言い方がキツイときがあるからたまに怖いんだよね。今日は失敗ばかりしているから何を言われるか考えるだけで恐ろしい。「なんでしょうか」と転んだままの体勢で言葉を返しておく。うわ、これ、膝すりむいたよ絶対。見るの怖いな。血とかだめなんだよね。そう内心ため息をついてしまう。かと言ってこのままではいられない。そうっと膝を起こして見てみると、思った通りしっかり怪我をしてしまっていた。うまくいかないな、人生。二年生になってからかなりマネージャー業務にも慣れて役に立てている気がしていたのに。
 白布が倉庫の中に入ってきた。なんで無言。怖いんだけど。そう思っているわたしの近くでしゃがむと、じっと顔を覗き込んでくる。これ、メンチ切られてるとかじゃないよね。どぎまぎしつつ「何? ごめん、準備なら今からするよ」と先に謝っておく。白布はわたしの言葉に反応しないまま、ちょっとだけ目を細めた。どうやら睨まれているわけではなく、観察されているようだった。

「お前、熱あるだろ」
「えっ?」
「なんか顔赤いし、今日ずっと様子が変だった」
「ないと思うけど。全然しんどくないし」
「絶対ある」

 白布は目を細めたままわたしの左手首をガシッと掴んだ。それを操り人形よろしく持ち上げて、自分の額にぴたっと押し当てる。なんかひんやりしてる。今日そこそこ暑いほうなのにな。そう思っていると白布はわたしの左手を自分の額から離して、今度はわたしの額にぴたっと押し当てた。

「……熱い」
「だから言っただろ。鏡見て来いよ、顔真っ赤だから」

 言われてみれば、しんどくはないけどなんか悪寒というか、ちょっとぞわぞわする感覚があるような気がした。病は気から、というやつだろう。
 白布はわたしの左手首を離して立ち上がった。「監督とコーチに言っとく。帰って寝ろ」と言ってからくるりと背中を向ける。あ、ちょっと。仕事のこと、伝えときたいんだけど。そう思って思わず白布のジャージの裾を掴んでしまった。白布が立ち止まってわたしを振り向く。「何?」と言いつつまたしゃがんでくれた。なんか優しいんだけど、今日の白布。どうしたの。そんな失礼なことを思いつつタオルが洗濯中だということ、干す場所が最近配置換えしたことを伝える。白布は黙ってそれを聞いてから「分かった」と言った。

「……大丈夫か? 挫いたとかか?」
「いや、ごめん。なんか急にしんどくなった。大丈夫」
「大丈夫じゃないだろ」

 じいっとまたわたしの顔を覗き込んで、白布が「保健室行くか?」と言ってくる。いや、そこまで面倒を見てもらうわけには。そう苦笑いをして言ったらなんだか微妙な顔をされてしまった。

「立て。怪我もしてんだから保健室行くぞ」
「いい、いいです、帰るから大丈夫」
「立たないなら担ぐからな」
「担ぐって……米俵じゃないんだからさ……」

 白布っぽい発言に苦笑い。女子の扱いとかはよく分からない、みたいなことを出会った当初言っていたことを思い出す。別に丁重に扱えと言うわけじゃないけど、さすがに担がれるのは勘弁だ。重いとか思われたくないし。
 立ち上がろうとして、思ったよりしんどくなっていることに気が付く。これ、本当に熱あるかも。立ち上がったら立ち上がったで、座り込んでいた時間が長かったからなのか立ちくらみがした。白布がすぐに気が付いてわたしの腕を掴んでくれたおかげでバランスは崩さなかったけれど。

「引きずられるか担がれるか背負われるか選べ」
「歩くって選択肢がないんだけど……?」
「ねえよ。三択から選べ」
「……背負われます」

 わたしがそう諦めて呟いた瞬間、背負い投げでもされるのかって勢いで腕を掴まれた。わたしに背中を向けて自分の肩にわたしの腕を持って行く。本当に投げられるかと思ったくらいの動きに心臓がうるさい。乱暴、扱いが乱暴すぎる! 内心どぎまぎしつつ恐る恐る白布の肩を掴むと、これまた何のかけ声もなく膝裏を掴まれた。だから怖いってば! お世話されている身として文句は言えなかったけれど、正直半泣きだった。
 一番キツかったのは白布に背負われたまま体育館を横断したことだった。当然のごとく部員みんなに見られたし、監督とコーチもちょっと驚いていた。淡々と白布が「熱あるみたいなんで保健室連れていきます」と説明してからまた体育館を横断。これ、監督たちに話をしてからわたしを背負いに来てくれればよかったのでは。内心そう思ったけど言えるわけもない。白布の背中で大人しくしているしかできなかった。
 それにしても、ちょっと意外だった。白布がまさかこんなふうに気を遣ってくれるとは。体調が悪いことに気付いてもここまで甲斐甲斐しくするタイプだとは思っていなかった。体育館を出て校舎のほうに歩いて行く白布の後頭部をじっと見てしまう。こんな距離で白布を見るのははじめてだ。何より、触る……触るというかなんというか。こういうシチュエーションにもなったことがない。意外と広い背中と高い視界にちょっとだけ驚いた。
 あ、お礼言ってない。ふと思い出して「ごめん、ありがとう」と言う。白布は「別にいい」とだけ言って、特にそれ以上言葉を出さなかった。

「……あの、ごめん、一応確認だけど怒ってないよね?」
「は? なんで?」
「なんかいつも以上に口数が少なくて普通に怖いんだけど」
「怒ってねえよ」

 貴重な練習時間が、とかって言われてもおかしくないからビビってしまった。苦笑いをこぼしつつ「それならよかったです」と返しておく。白布は「怒るくらいなら背負うとか言わないだろ」と呆れた声で言った。ごもっとも。その通りです。
 じゃあ純粋に心配してくれたんだ、白布。感覚的なことでうまく言えないけれど、白布みたいなタイプの男子が心配してくれるのって嬉しいかも。なんか、ちゃんと認められている気がする。勝手に都合良く解釈しつつ、こんな機会は滅多にないし、と上半身を白布のほうに倒してみる。ちょっとビクッと肩が震えてから白布が「なんだよ。しんどいのか?」と聞いてきた。「ちょっと」とだけ返しておく。皆まで言うな。そういうことです。一生白布には分からないだろうけど。
 正直、顔が赤いだとか様子が変だとか、そういうのに気付いてくれたのが、白布だったということが、何よりも嬉しかった。こっそり。気付いて声をかけてくれたことがそれよりも嬉しくて、さらに心配してくれたことが余計に嬉しかった。誰にも教えてやらないけど。もちろん白布も知るわけがないそれのおかげで、今日の失態はわたしの中でなかったことになった。むしろプラスになった。心配してくれた部員のみんなとか白布に申し訳ないけど、体調が悪くなって良い思いをしてしまった、とか。こっそり、ずっと思っている。

、体本当に熱いんだけど」
「はいはい、ごめんね。離れます」
「いや、別にいい」

 いいんかい。そう軽く白布の頭を叩いたら足をつねられた。痛い。ごめんって。

「そのまま寝るなよ」
「さすがに寝るほど肝は据わってない」
「寝たら落とすからな」
「ここまで優しくしてくれたのに急に厳しいじゃん……」
「当たり前だろ」
「はいはい、そうですね。そういう白布が好きですよ〜」

 けらけら笑っておく。そう。そういう白布が好きだよ。心の中でぼそりと繰り返しておいた。


白布くん、好きだ!

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