喧嘩なんてしょっちゅうする。大きいのもあれば一瞬で終わるものも。一週間に一回くらいは何かで喧嘩をしているんじゃないかなってくらいだから、周りからは「よく別れないよね」と苦笑いされている。でも、不思議とただの一度も別れ話をしたことはなかった。
 高校が別になってからは、喧嘩の頻度は減ったけど会える日も減った。比率的には変わっていないと思う。メールでも電話でも、喧嘩になるときはしっかり喧嘩をしている。全部理由はくだらないものばかり。そろそろネタが尽きてもいいんじゃないのって思うけど、同じネタで何度でも喧嘩をするものだから困ってしまう。
 課題がヤバい、と言ってさっきからわたしの部屋でずっとプリントに向かっている。せっかく来たのに一言も話していない。つまんないの。そんなふうにベッドの上から堅治の背中を見るだけになっている。バレーの練習ばっかりで勉強してないんでしょ、どうせ。だから課題が終わらないんだよ。そう内心思ったけど、バレーをしているところを見て好きになった身としては声にできなくて。早く終われ〜、と念じるしかできないままだ。
 ここで邪魔をすると確実に喧嘩になる。前に一度こういう場面で鬱陶しいくらいちょっかいをかけたらブチギレられたことを思い出す。それから口喧嘩になって三日間口を利かなかったっけ。懐かしい中学時代の思い出だ。忘れてはいないのだけど、でも、構ってほしいんだもん。そう言い訳をして堅治の背中に人差し指をちょん、と当ててみた。

「何。あと半分あるから待ってろ」

 半分って。うちに来てどれくらい経ったっけ? いつまで待てば良いのさ。そんなふうに拗ねつつ、堅治の背中に当てた人差し指をゆっくり動かす。触るくらいだったら邪魔にならないでしょ。そう思いつつ、「けんじ」と書いてみた。どうやら分かっていない。面白くなってきて「ふたくち」と書いてみる。バレーばか、イケメン、グミ、といろいろ書いてみたけど無反応。課題に集中し切っている。鈍いなあ。そうこっそり笑いながら「すき」と書いてみた。

「俺も好き」
「……何のこと?」
「え、いろいろ書いてただろ、背中に」

 分かってたなら反応しなよ。そう背中を小突くと堅治はプリントに向いたまま「黙ってたらかわいいこと書くかなって思ったから」と言った。くそ、思うつぼだった。ちょっとムカつく。
 それにしても喧嘩にならなかったな、とふと思った。こういうとき邪魔をしたら大体堅治が怒って口が悪くなるのに。機嫌が良かったのかな。でも来たときからいつも通りだったし、課題をやり出してからは分からない問題があるからか雰囲気があまり良くなかったはずだけど。
 これまでの喧嘩の発端をいろいろ思い出して、ふと、喧嘩になる前のやりとりは必ずどっちかが相手を責めたり怒ったりしていたな、と思い出した。つまり? そうちょっとひらめきつつ、堅治の背中をつんつん突いてみる。

「だからあと半分だって言ってんだろ」
「堅治、好きだよー」
「はいはい俺も好きだよ」
「構って〜」
「後でな」

 怒らない。うざいとかやめろとか言わない。おやおや。そうにんまりしてしまう。なんだ、結構単純なことなんだ。そんなふうに。背中をつんつんしながら、構ってとか好きだよとかバレーしてるとこかっこいいよとか、いろいろ言ってみる。普段からよく思っていることを口にするのはちょっと照れくさいけど、いつもの「ちゃんと勉強してないからできないんでしょ」とか「もう帰っていい?」とかよりは、言うこと自体がなんだか心地よかった。
 でも振り向いてくれないなあ。そんなふうに残念に思ってしまう。ベッドを背もたれにしている堅治に近付いて、背中に顔を当ててみる。「ねー好きだよー」とちょっとかわいこぶって呟いたら、ころん、と何かが転がった音が聞こえた。顔を上げてみると堅治がシャーペンから手を離している。終わった? そう堅治の肩に顎を乗せながら聞いてみると「終わってねえよ」と呟きつつ頭を抱えていた。

「分かんないの? どれ?」
「ちげーよ、ちょっと黙って」
「怒った?」
「これが怒ってるように見えんのかよ」

 ぼそりと呟かれた言葉に、思わず顔を離してしまう。じっと堅治の横顔を至近距離で見つめていると、なんだか顔が赤くなっていることに気が付く。え、もしかして、照れてる?

「かわいいね、堅治くん」
「おいふざけんなよお前」
「迫力な〜い」

 つんつんほっぺを突いておく。堅治がじろりと横目でわたしを睨むと、軽くわたしの手を払ってからシャーペンを握り直す。拗ねちゃったかな。そんなふうにまた肩に顎を乗せて堅治の手元を覗き込んでいると、「後で覚えてろよ」と恨めしそうに呟かれた。


二口くん、好きだ!

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