バレー部のマネージャーになって一番驚いたことは、クラスの女の子たちが騒いでいるほどあいつはかっこいい人じゃないってことだった。

「ひどくない?!」
「実際そうでしょ」
「え、え、かっこいいでしょ? 俺かっこいいよね岩ちゃん?!」
「俺にはただのクソ及川にしか見えない」
「ほら」
「岩ちゃんに聞いた俺がバカだったよ!」

 自主練の休憩中、及川に「バレー部のマネージャーをしていて驚いたこと」を聞かれたので素直に答えた。それがこの結果である。及川としてはたぶんバレー初心者だったわたしがバレーボールについて驚いたこととか知らなかったこととか、そういうものを答えてほしかったのだろうけど。バレーはたまにテレビで観ていたし、体育の授業でもやっている。それほど驚いたことはなかった。慣れないことは多かったけれど。
 わたしが男子バレー部のマネージャーになったのは一年生の夏。当時クラスメイトだった花巻に誘われてだった。そのときはなぜ誘われたのか分からなかったけど、後になってマネージャーがいたらもっと効率が良いのに、と先輩部員が言ったことがきっかけだと知った。当時から女子に人気があった及川に白羽の矢が立ち、「かわいい子か仕事ができる子を連れてこい!」と指令が出されたらしい。ただ、及川は女の子には優しいけどバレーにはそれなりに厳しい。自分が声をかけて語尾にハートマークをつけて了承するような子を部活に入れたくなかったのだという。ちなみにそれを聞いた岩泉は「自惚れんな」と及川を蹴り飛ばしたらしいけど。そんなこんなで、マネージャー勧誘は及川以外の部員が中心になってやっていたのだとか。
 で、花巻が目を付けたのがわたし。かわいくもなければ仕事ができるわけでもないのに。理由を聞いたら即答で「引っかかる要素が何もなかったから」と言われたのは記憶に新しい。指を折りながら「男子に興味なさそう、仕事がきついからって投げ出さなそう、真面目そう、誰とでも仲良くなれそう」と言われて、まあ、正直嬉しかった。正直に褒められて嬉しかったから引き受けてみて、今に至る。それなりに大変なこともあったけど、思ったより楽しかったから誘ってくれた花巻には感謝している。

「未だにはじめて体育館に来たときのの発言、思い出すと笑えるもんな」
「あれだろ、及川徹実在しない説」
「ちょっとやめてよ!」

 花巻が言う及川徹実在しない説≠ニいうのは、わたしがマネージャーとして入部したばかりのときの発言による。花巻くらいしか知り合いがいなかったので花巻に部活のことを教えてもらっていたときに「さすがに及川は分かるだろ?」と言われたのだ。会ったこともなければ名前を聞いたこともない。「誰?」と聞いたら花巻が驚きながら「え、女子の間で噂になってるだろ? バレー部に及川ってイケメンがいるって」と言われた。何でも入部して一ヶ月経ったころには体育館に見に来る女子がいたのだとか。そんなことなどこれっぽっちも知らなかったわたしが首を傾げて「どこにいるの?」と返したら、近くにいた岩泉が大笑いして転げ回っていたっけ。笑いながら松川が「ほら、イケメンいるでしょ?」と言うので体育館を見渡してみたけど、いまいちイケメンというものにピンとこなくて。「だから誰のこと?」と言った瞬間、「俺だよ!!」と及川が恥ずかしそうに大声で言ったんだっけ。そのことを花巻たちが面白がって及川徹実在しない説≠ニ名付けているのだ。未だにそのことを掘り返して及川をからかっているのをよく見る。

「言っとくけどあれはがおかしいんだからね?! クラスも隣だったのにさ!」
「いや、クラスメイトの名前覚えるので手一杯だし」
「ひどくない?! 俺はのこと知ってたよ?!」
「え、なんで?」
「だから! 隣のクラスだからだよ!!」

 花巻が笑い始めた。その隣にいる松川が「まあ隣のクラスくらいは薄ら分かるもんじゃない?」と言うので首を傾げてしまった。そういうものかな。わたしは教室から出ることがあまりなかったし、今も隣のクラスの人なんて覚えてないけどなあ。

「というかにとって及川は徹底的にイケメンにはならないんだな」
「う〜ん。顔で言ったら矢巾のほうがイケメンなんじゃない?」
「マジで?」

 人の好みってことで、と締めくくる。松川は真っ先に矢巾のほうに寄っていったので告げ口をしに行ったのだろう。別にマイナスなことを言ったわけじゃないので放っておく。及川は「はおかしい!」とわたしを指差した。たしかに及川は女の子にキャーキャー言われているし、試合があるとよく囲まれて差し入れをもらっている姿も見る。でも別に、それって必ずしもイケメンだからってことじゃないと思うんだけどな。いや、まあ、そういうふうに見ている子もいるだろうけど。見た目とかスタイルとかファッションとか? そういうところに多少人より気を遣っているのは分かるけど、別にそこにはそんなに興味がない、というか。
 この約三年間で、女の子たちが言っているほど及川はかっこいい人じゃないと知った。女の子たちがキャーキャー言うような「スマート」だとか「いつも優しい」だとか「アイドルみたい」だとか、そういう姿はおよそ見られない。テレビに出ているかっこいい俳優だとか、アイドルだとか。そういうかっこいい人とは違うのだ。キャーキャー言われているときみたいな笑顔なんて練習中はほとんど見せないし、どんなに苦しそうな顔をしていてもボールを追い続けるし、何度も練習したことがうまくいかずに悔しそうな顔をする。練習しなくても才能があるからできる、なんてことは一つもない。なんでもそつなくできる選手に見えるようにしている。できないことはできるようになるまで何度でも不格好でもやり続ける。どうしてもできないことがあればどう上手くカバーできるか工夫する。見た目によらず泥臭くて、馬鹿で、真面目。そういうふうにしかわたしには見えていない。

「イケメンとかかっこいいとか、そういうのはよく分からないけど」
「傷を抉ってくるスタイルじゃん……」
「及川のことが好きだな、とは思うよ」

 及川が目を丸くした。しばらくわたしをじっと見ているので首を傾げてしまう。変なことを言ったつもりはないけど? そう付け足すと、ちょっとだけ顔が赤くなった。そうっと目をそらしてから「ってやっぱり変」と呟く。なにそれ。及川のこと好きだったら変なわけ? そう返したら「もういいってば」と言われてしまった。

「言っとくけど尊敬してるって意味だからね?」
「分かってるってば!」

 どうやら照れさせたらしい。ほら、かっこいい人なんかじゃないじゃん。そうからかってやったら「もうやめてください」とそっぽを向かれた。


及川くん、好きだ!

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