「あ、さん」

 びっくりして振り返る。黒色のジャージの集団。どこの学校だろう。そう不思議に思ってみていると、一人知っている顔を見つけた。先ほどの声とその人が記憶の中で紆余曲折を経て一致して、思わず笑ってしまった。

「影山だ! 久しぶりだね!」

 中学の後輩だった影山飛雄。女バレと男バレでたまに体育館も合同で使っていた。話したこともあるし、家の方向が一緒なので何人かと一緒にではあるけど一緒に下校したこともあったっけ。
 高校から家庭の事情で他県に引っ越してしまってから、正直今日まで影山のことを思い出したことはなかった。この一瞬でいろんなことが巡ってひどく懐かしい気持ちになった。それと同時にずいぶん背が高くなった影山に驚く。いや、元々大きくなりそうだったけど、わたしの中ではよく及川に突っかかられていたかわいい影山くん、というイメージのままだから。

「え、影山ここにいるってことは……白鳥沢と青城に勝っちゃったの?!」
「勝ちました」
「うわ〜……さすがだね〜……」

 ウシワカと及川倒してくるなんて、主人公じゃん。そう笑ったら影山は首を傾げて「ハイ」と言った。そのよく分かってないのに返事するところ、直したほうがいいよ。苦笑いで注意しておく。わたしの言葉に影山は「分かりました」と素直に言った。変わらないなあ、影山。卒業してからは全然会ってないし、どんなふうに過ごしていたのかは知らないけれど。

「それより青城行かなかったんだね? それに、影山なら白鳥沢とか推薦きてもおかしくなかったんじゃない?」

 センスがいいとか天才だとか、結構褒められていた印象がある。わたしは一年生のときの影山しか知らないけれど、確かに他の子とは違う何かがあるように見えた。だから、正直あまりよく知らない黒色のジャージを着ていることが少し不思議で。ジャージに書かれている「烏野」という文字を見てまた不思議に思った。烏野といえば、落ちた強豪飛べない烏だのなんだの言われていた記憶がある。昔は強かったけど今はてんでだめ、という意味だ。影山ほどの選手がなんで評判の悪い高校に入ったのだろう。
 そう不思議に思ったけれど、現実、影山は白鳥沢も青城も打ち負かしてここに来ている。わたしの思い違いだっただけで烏野は強豪だったのかもしれない。そもそも女子で強いところならまだしも、男子で強いところはちゃんと把握はしてなかったしね。

「でも、楽しそうじゃん。なんか表情が柔らかいね」
さんも元気そうでよかったっス」
「元気元気。元気にリベロとしてコート走り回ってるよ」
「え、リベロっスか?」
「そ。高校から転向したの」

 中学の三年間はセッターをやっていた。好きでやっていたのだけど、あまり背が高くなく突出した能力があるわけでもない。高校ではセッターでレギュラーを取れなかったのだ。そんなとき、監督からリベロに転向しないかと打診を受けて、それに了承した。試合に出たかったし、レシーブには自信があった。もちろん苦労はしたけれど、その末にどうにかレギュラーとして試合に出られている。
 まあ、そんなことを影山が知るわけがない。細かく説明するつもりなかった。笑って「結構いいリベロやってるつもりだよ」と自画自賛しておく。この三年間はわたしにとっては誇りだ。自画自賛だろうがなんだろうが、悪く言うつもりはなかった。中にはセッターがやりたかったのに勝てなかったからリベロになった、とか、思う人もいるんだろうけど。

さん、レシーブ上手かったっスよね」
「よく見てるじゃん影山〜」

 小突いておく。影山はどのポジションなのかと聞くと、セッターという返事があった。男子の監督たちもいずれはセッター、みたいに言っていたらしいしやっぱりその通りになったんだなあ。影山、なんでも基本的にできるし向いてるね。わたしが卒業したあともさぞ大活躍したんだろう。そんなふうに思いつつ聞きはしない。
 わたしが知らない影山の三年間は置いておくけど、中学一年生のときの影山はとにかくバレーが好きでたまらないって感じだった。そういうところがわたしは割と好きで、かわいい後輩だなといつも思っていた。今でもそういうポジションを築いているのだろうか。
 ふと、何か違和感を覚えた。影山の表情をじっと見て、一人で首を傾げてしまう。何に違和感を覚えたのか分からない。分からないけど、なんとなく、わたしが知っている影山と何かが違うような気がする。それに、よく見たら、大きくなったなあ、影山。そんなふうにぼんやり思った。
 影山がわたしの三年間を知らないように、わたしも影山の三年間を知らない。その間にきっと、影山にとって良くないことや良いこともたくさんあったのだろう。わたしには想像し得ないことがたくさん。中学一年生だった影山なんてよくよく見てみればもうどこにも残っていない。残っているとすれば、バレーが大好きな男の子ってところくらいだろうか。それが、顔を見ただけでなんとなく分かってしまって、不思議だった。
 後ろから同輩の声が聞こえた。そろそろ集合の時間らしい。慌てて振り向いて返事をしてからまた影山に視線を戻す。良いチームメイトに恵まれたんだな、きっと。そうなぜだか嬉しかった。

「お互い頑張ろうね」
「はい」
「なんか中学のときよりかっこよくなったね、影山。いいじゃん、好きだよ」

 影山と同じチームメイトの子が何か言葉を発したのが聞こえた。影山はそんなことなど気にしていないようで、首を傾げて「そんな変わりました?」と不思議そうにしていた。変わってないけど変わったよ。そうけらけら笑いながら言ったら、余計に眉間にしわを寄せて首を傾げていた。


影山くん、好きだ!

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