わたしの手には、三日かけて何度も書き直しをしたラブレター。そのラブレターが半分入っているのは、バレー部の先輩である大耳さんの鞄。そして大耳さんのロッカーの隣は北さんのロッカー。北さんから見たわたしは大耳さんの鞄に何かしらの手紙を入れている、と間違うことなく分かってしまう。そうしてその手紙が恐らくラブレターであることも大抵の人はすぐに分かるだろう。
「……違うんです」
「何がやねん」
「け、決して! 決して、あの、こう、危害を加えるつもりはなくてですね!」
「それは見たら分かるわ」
北さんは笑いながら部室に入ってくると「もう少しでみんな来るで、入れるなら早よせえ」と言った。あれ、意外と怒られなかった。勝手に人の鞄にものを入れるなと怒られるかと思ったのに。
「それ、直接渡したほうがええんとちゃうか?」
「えっ」
「言葉で言うてくれたほうが嬉しいと思うけどな」
「……いやあ、だって……振られるの分かってるのに、直接言う勇気も渡す勇気もないから、こうしているわけでして……」
中学と同時に父親の転勤で引っ越してきた。引っ越してきたばかりのときは友達なんか一人もいなくて、なんとなくこれまでと人との関わり方が違う環境に戸惑っていた。クラスにもうまく馴染めなくて学校に来るのが憂鬱だった時期もある。もう今では懐かしい話になっているけれど。
バレー部のマネージャーになったのは成り行きだった。何か部活に入りたいけど一歩出遅れてしまってどうしようか悩んでいたとき。同輩がマネージャーをやってみないか、と声をかけてくれた。誰彼構わず声をかけているようだったけれど、友達もいないし馴染めてもいないわたしからすれば、それはとても嬉しいことだった。これがわたしの生活を一変させた。賑やかな部に馴染んだ頃にはクラスに友達もできていたし、なんなら別のクラスにも友達ができた。部活は楽しいしやり甲斐がある。あんなに憂鬱だった学校生活が楽しくなった。部活の人には感謝してもし切れない。いつもこっそりお礼を言っている。いつか面と向かって言いたいけれど。
そんなバレー部の中で、一番お世話になったと言っても過言ではないのが、大耳さんだった。最初の頃はすごく背が高いし鋭い目つきをしているから怖い先輩だと思っていた。でも、事あるごとに助けてくれたり分からないところを教えてくれたりしてくれて、優しい人だなと思うようになって、気付いたら恋をしていた。
大耳さんは大人っぽい人だから、わたしみたいな子じゃなくてもっと落ち着いた人が好きに違いない。これは叶わない恋なのだ。そう分かっているのに毎日大耳さんに会うたび好きなところを見つけてしまう。どんどん気持ちが強くなって、どんどん好きが大きくなっていって。耐えきれずに犯行に及んだ、というわけだ。振られることは分かっているからラブレターに名前は書いていない。思いだけがつらつら書いてあるものだから読めばわたしだと分かるだろうから、あえて書かなかった。返事はいらないとも添えてある。
「……やっぱりやめます」
「なんでやねん。せっかく書いたんやから渡したらええやろ」
「なんか……押しつけてるみたいじゃないですか。大耳さん、優しいから困ると思うし……」
半分鞄に入れたラブレターを引っ込める。そのままポケットにしまってから「大変失礼しました! 忘れてください!」と言ってから逃げるように部室を飛び出した。
▽ ▲ ▽ ▲ ▽
北さんに犯行未遂現場を目撃されてしまってから一週間。なんとなく大耳さんと話す頻度が増えた気がする。神様が哀れなわたしにチャンスをくれているのかも、と思ったけど少し違和感を覚える。大耳さんが話しかけてくれるとき、必ず伝言を伝えてくるのだ。その伝言の元こそ、北さんだった。
「そのほうが嬉しいやろ?」
「北さんって意外と大胆ですよね……」
北さんにこっそり聞いてみたら、やっぱり北さんの仕業だった。けらけら笑って「こんなんしたことないでおもろいわ」と言う。確かに、北さんはそういう裏でこっそり、みたいなことはしなさそうだ。なんだか気を遣わせていて申し訳なくなる。部活として大事な時期なのに。わたし一人だけ恋愛に感けているように思われているんじゃないだろうか。
「少し離れた場所から見とると、楽しそうやしやってよかったわ、て思うわ」
「なんかすみません……あの、本当に大丈夫なので。気にしないでください」
「俺が好きでやっとるだけや。こそ気にせんでええ」
首を傾げる。好きでやっているだけ。でも、これは北さんに何もメリットがないことだろうに。どうしてそんなふうに言ってくれるのか分からなかった。
少し離れたところから大耳さんがわたしを呼んだ。いつの間にかボトルを集めたかごを持ってくれていて、どうやら手伝おうとしてくれているらしい。大慌てで立ち上がって「それ! わたしやるから大丈夫ですよ!」と大きな声で言う。大耳さんは笑ってそのまま持っていこうとしてしまう。優しい人だけど先輩なんだから甘えてばかりではいられない。北さんに「そういうことで! 本当に大丈夫ですからね!」と言って、大耳さんを追いかけるように走った。
▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「北さん……昨日大耳さんが女の子と二人で歩いてたんです……」
「見間違いとちゃうんか?」
「いやあれは確実に大耳さんでした……彼女なのかなあ〜あ〜聞きたい〜気になる〜……」
「聞いたらええやん」
「聞いたら好きだってバレるじゃないですか……」
なんだかんだで北さんに恋バナをするようになり、一か月ほどが経った。今日も自主練時間が終わる直前のすっかり日が暮れた時間帯に他のみんなが体育館にいる中、わたしと北さんは部室でこっそり密談をしている。わたしは片付けをしている体、北さんは部誌を書いている体だ。まだ不審がられたことはない。
北さんはいつもちゃんと話を聞いてくれるしアドバイスもくれる。たまに大耳さんの新情報をくれることもあって本当に助かる。優しい先輩がいてラッキーです、なんて笑ったら北さんはおかしそうに笑って「そらよかったな」と言っていた。
「ちなみに相手の女子、どんな子やったん」
「黒のロングヘアで、一つ結びしてました。真面目そうな感じで眼鏡かけてて……。絶対頭良い子ですよ〜勝ち目がないです……」
「それたぶん妹やで」
「妹?!」
がたっと立ち上がったわたしを北さんがじっと見てから笑った。くつくつ頭を押さえて笑いながら「そう、妹」と繰り返す。大耳さんの妹さんは稲荷崎から近い塾に通っているそうで、たまに時間が合うと一緒に帰っているのだとか。北さんも見かけたことがあるそうで、わたしが言った外見の子だったと教えてくれた。
ひとしきり笑った北さんが咳払いをしてから「よかったやん」と目元を指で拭く。涙が出るほど面白かったらしい。わたし、北さんの意外な一面とかあまり見ない顔をよく見ている気がする。笑いすぎて泣いたりするんだ、北さん。それに一人でちょっと感動した。
「せやけど、仮に相手が彼女やったらどうするんや? 諦めるんか?」
「え、えー……諦めたくはない、ですけど……幸せなのなら間を引き裂くのは嫌なので……」
「せやな。俺もそう思うわ」
「えっ、ちょ、北さんの恋愛観気になります。ちなみに今好きな子とかいるんですか?」
軽い雑談のつもりだった。いつものように聞いたのに、北さんがとんと返事をしてくれない。じっとわたしのことを見て瞬きをするだけ。答えたくないのか、どうしようか迷っているのか。どちらか分からないけれど、その反応はつまり好きな子はいる、という前提があってこそだろう。盛り上がってきました。一人でそんな実況をしてしまう。
「まあ、おるな」
「えー! 北さんの好きな子めちゃくちゃ気になります! どんな子ですか?!」
「他に好きなやつがおる子」
ピシッと体が固まる。あ、なんか、あんまり聞かないほうがいいことを聞いてしまった。思わず身を乗り出してしまった自分を反省しながら、そろそろと席につく。北さんはそんなわたしを見てけらけら笑った。
なんでも、その相手は北さんの知り合いのことが好きなのだという。最初は特にそういう意味で好きだったわけじゃなかったけれど、恋をしている姿を見ているうちにかわいいと思うようになり、気付けば好きになってしまっていたのだと教えてくれた。なんとも切ない恋だ。北さんからそんな話を聞ける日が来るなんて夢にも思わず、なんだか感動と切なさが混在してうまい返しができずにいる。
苦し紛れに「寂しいですね」とだけ言う。北さんはその言葉に目を丸くして「なんでや?」と首を傾げた。なんで、って。好きな子が自分じゃない人を好きで、その恋に一喜一憂している姿を近くで見ているのだ。寂しくないわけがないだろう。こっちを見てほしいと思わないのだろうか。
「二番目に近くで嬉しそうにしとる顔が見られるんや。寂しいわけないやろ」
「……わたしはつらいです。好きな人が自分じゃない人を見て笑ってるの、切ないじゃないですか」
「その子が幸せやったらええやろ。好き子なんやから」
部誌を閉じる。「そろそろ体育館戻るで」と立ち上がった北さんにつられて立ち上がる。もう仕事は全部終えている。そろそろはじまるであろう体育館の手伝いをしたら帰宅だ。今日も一日長かったな、と伸びをする。窓の外に見える星空は、なんだか手が届きそうなほど近くに見えて、明日も良い日になる予感がした。
「はこうなる前に早よ告白なりなんなりしたほうがええで」
「え、えー……なんかものすごく切ないアドバイスですね……」
「万が一こうなったらいくらでも話聞いたるわ」
「それはめちゃくちゃ頼もしいです」
北さんに打ち明けてよかった。思わずそう呟く。北さんはその言葉に少し固まってから、柔らかく笑う。「そら光栄やな」と少し茶化すような言い方をして、珍しくそっと頭を撫でてくれた。お互いつらいですけど頑張りましょうね。そう言うと北さんはわたしの頭から手を離しながら「せやな」とだけ言った。