隣のクラスの友達がくれたお菓子。これ好きなんだよなあ。そうルンルン気分で食べていると、隣の席の木葉くんが「それ期間限定のやつ?」と突然声をかけてきた。
 正直、木葉くんのことは、あまり得意じゃない。今年になってはじめて同じクラスになったのだけど、ちょっと顔つきが怖く見えた瞬間もあった。でも、すぐにその印象は消え去って、いつもにこにこ明るく快活で裏表がなさそうな人だと思った。そんな感じで印象はとても良い。そしてその印象と違わず良い人だと思っている。だからこそ、苦手に思えてしまう。みんな平等、みんなに優しく。たとえはぐれものでもクラスの隅にいる地味な人にでも。そういう人が昔から苦手だった。
 別に人の輪に交ざりたいわけじゃない。好きな人たちの輪の中にだけいられればいいという人だってこの世にはたくさんいる。わたしもその一人。無理に混ざりたいとも思わないし、明るい派手めなグループに交ざりたいなんてとんでもない。だから、こうして木葉くんが話しかけてくるのが、ほんの少しだけ、億劫に思ったりする。性格が悪いとは自覚している。それを思い知らされるのも億劫に思う理由の一つだ。

「そうだよ」
「へー! はじめて見た。今度買ってみよ」
「ふつうにコンビニとかスーパーに売ってるし、売店にもあると思うよ」
「マジで? 昼見てくるわ」

 会話終了。よし。そう勝手に完結させてお菓子を一口。やっぱりおいしい。ふつうのも十分においしいけど、この期間限定の味が一番好きなんだよね。食べられるうちに食べておこう。
 なんか、まだ視線を感じる。でも見たら負けな気がする。でもなあ、ここまで視線を感じることはめったにない。気になる。というかちょっと不快。あんまり人に観察されたり様子を窺われたりするのは好きじゃない。好きだという人のほうが少ないと思うけれど。
 恐る恐る視線をまた木葉くんのほうへ向ける。思った通り、しっかり目が合った。木葉くんはわたしを見たまま「もう食べないの?」と不思議そうに言う。いや、こんなに見られていると食べづらいんですけど。ふつう分かるでしょ。内心そう呆れつつ、へらりと笑いをこぼしておく。

「一つ食べる?」
「えっ?」
「いや、なんかずっと見てるから。食べたいんでしょ?」
「いや、そういうわけじゃ……でも、あの、くれるなら、ください」

 もらうんかい。内心ツッコミを入れてしまいつつ、貴重なお菓子の箱を持ち上げる。木葉くんのほうへ向けると、木葉くんがそろそろと手を伸ばしてきた。一つつまんで「サンキュ」と軽く言ってから口に入れた。

「ん?! 中になんか入ってる!」
「中にチョコソースが入ってるの。それが期間限定の味になってるんだよ」
「うま、何これ、何味?」

 びっくりした様子で箱を見る。木葉くんにパッケージを見せると「絶対買いに行くわ」と笑った。おいしかったなら何より。わたしはもう用済みですね。また完結させて黒板のほうを向く。一つ食べて一つあげちゃったから、残りはまだ食べずに大事にとっておこう。お菓子の箱を閉めて鞄にしまい、次の授業の準備をはじめる。
 なんか、まだ、見られてるんですけど。げんなりしつつとりあえずスルーを決め込む。さすがにもうあげないよ。いくら木葉くんが良い人でも。というか、普段あまり話さないわたしに絡むのっていかがなんでしょうか。わたしはあまり気が乗りません。他を当たってください。そう心の中で思っても木葉くんには伝わらない。困ったなあ。わたし、何かしてしまったんだろうか。

「あの、さんさ」

 あ、呼ばれてしまった。顔を向けないわけにはいかない。がっくりしつつ「何?」と聞き返す。木葉くんは机に頬杖をついた状態でわたしを見たまま、小さく苦笑いをこぼした。

「答えにくいこと聞くんだけど、あの〜……俺のこと、たぶん、苦手、ですよね〜、というか……」
「……えーっと、なんで?」
「目が合わないし、あんまり、話したくなさそうというか……」

 よく分かってらっしゃる。さすがは気遣いの鬼。それならばなぜわたしに話しかけてくるのだろうか。
 木葉くんの問いかけになんと答えるのが正解なのか。コミュ力が低いわたしには分からない。ここで下手に嘘を吐けば今日みたいな日々が続くかもしれないし、素直に答えたら傷つけるかもしれない。木葉くんのことは苦手だけど、だからって傷つけたいわけじゃない。関わらずに浅い関係でいられればそれでいいのに。
 面目ない、木葉くん。一応多少悩んだけれど、わたしはやっぱり自分がかわいいです。

「う、う〜ん、あの、ご、ごめんね。そもそもあんまり男の人が得意じゃないというのもあるし」
「いや! 全然! むしろ答えづらいこと聞いてごめん!」

 頬杖をつくことをやめて、木葉くんが両手でぶんぶん否定の仕草をした。慌てた様子で「本当にごめん」と繰り返した。謝るなら聞かなきゃいいのに。そんな性格の悪いことを思いつつ「いえいえこちらこそ」と返しておいた。
 それで、わたしが自分のことを苦手かどうか確認して、一体何が目的なんでしょうか。やっぱりあれか、仲良くしてほしい的なことか。そういうのが苦手なんだよなあ。全員に好かれる人なんてこの世には誰一人としていないし、みんながみんなお互いを好きになって、仲良くならなきゃいけないなんて決まりはない。わたしが木葉くんを苦手だと思うのはわたしの自由なわけだ。
 わたしと仲良くならなくても木葉くんには何も支障がないからいいんじゃない、と面と向かって言える性格ならいいんだけどね。一人で苦笑いをこぼしてしまう。わたしの内面を知ったらさすがの木葉くんも軽蔑するんじゃないかな。さすがにちょっと傷つく。自分勝手な話で申し訳ないけれど。わたしの中で木葉くんはボーダーラインなのだ。この人に嫌われたらオシマイ、というボーダー。木葉くんが嫌いになる人はたぶんほとんどの人が嫌う人だろうと思うから。
 とんでもなく気まずい。これ以上何も生まない話題でしかない。どうにかうまく断ち切れないだろうか。チャイムよ早く鳴れ。そう思うときに限ってチャイムは鳴らないし、割り込んでくる人もいない。本当にツイていない。
 木葉くんはどちらかというと目つきが悪いほうだと思う。黒目が小さくて、なんとなく、本当にイメージだけだけど軽薄そうに見える顔つきというか。見た目で損をしている人なんだろうと思う。そのせいで言葉も軽く聞こえてしまうし行動もそう見えてしまう。イメージというものは怖いとよく思うけれど、木葉くんはその最たる例かもしれない。損をしている人代表というか。良い人なのにもったいない。いつもそう思う。余計なお世話だとは重々承知しているのだけど。
 でも、それでも友達がたくさんいて、いつも人に囲まれているというのは木葉くんがとても良い人でみんなに好かれているからだ。そういう木葉くんの良いところをちゃんと見てくれる人とだけ接したほうが本人のためにもなるだろうに。弱ったなあ、なんて。

「あの、ですね」

 緊張した面持ちで木葉くんが口を開いた。まだ続けますか、この話題。わたしは結構もうライフゼロ状態なのですが。また苦笑い。「はい」としか返せる言葉が思い浮かばなかった。木葉くんはじっとわたしを見たまま、どこか、緊張しているように見えた。

「めちゃくちゃ迷惑なのは承知なんだけど、ごめん、俺も、その、引けない理由がありまして」
「……えーっと、何の話?」
「俺のどういうところが苦手かなー、と。 仲良くなりたいんだけど……希望ナシ?」

 へらりと少し情けない顔で笑った。こんなに食い下がってくるの、なんか意外かもしれない。そこまでして地味であまり馴染んでいないクラスメイトを気にかけようなんて、ボランティア精神が過ぎると思うけどなあ。それに、心配されなくてもちゃんと友達いるんですけども。そう見えなかっただろうか。ちょっと悲しい。
 木葉くんと仲良く、か。それは正直現段階では厳しいなあ、なんて。わたしの性格の悪さが治らない限りは難しいかも。なんて悲しい結論だろうか。

「あー、えーっと、木葉くんさ」
「はい」
「別にみんなと仲良くならなくていいんじゃない? 話したい人、仲良くなりたい人、興味がある人とだけ仲良くすればいいと思う、けど?」

 わたしもそうしているから、と付け足して、しまった、と思った。遠回しな嫌味を言ってしまったみたいになっている。最低なやつ。別に木葉くんは何も悪いことはしていないのに。これはもうアウトなやつだ。反省しても言葉は戻ってこないし、今更下手な言い訳も訂正もできない。
 押し黙っているわたしに木葉くんは、ちょっとだけ目を丸くしてから、また情けなく笑った。

「好きな子と仲良くなりたいと思っているだけで、みんなと仲良くなろうと思っているわけではないです」

 かしこまって言われた言葉に、体が固まった。話したい人でもなく、仲良くなりたい人でもなく、興味がある人でもなく。木葉くんは、好きな子、と言った。その妙にくすぐったい響きに言葉を失う。え、なんて? 聞こえていたのに思わずそう聞き返しそうになっている。

「嫌なら嫌って言ってくれればやめるから、ちょっとだけ頑張っていい?」

 顔の前で両手を合わせて「お願いします」と笑った。情けなくて、照れくさそうな顔。細い目が一本の線みたいになっているように見える笑った顔。一本線で目が描かれたキャラクターが軽薄そうに思えたり、腹黒そうに思えたりするのってなんでなんだろう。木葉くんもその部類に入ってしまいそう、なのだけど、今のわたしにはそう映らない。
 木葉くんを苦手に思うのはわたしの自由。わたしと仲良くなりたいと思うのは木葉くんに自由。わたしにはそれを止める権利はないのに。木葉くんは嫌なら嫌だと言ってほしいと言った。変なの。押し切ればいいのに。優しい人なんだろうな、やっぱり。そう思うと嫌だとは言えなかった。
 偉そうに性格の悪いことを言っていたくせに、木葉くんのことを誤解していた。はぐれ者だろうが地味なやつだろうが仲間に入れたがる、所謂偽善者的な人なんだと思っていた。やたらわたしに話しかけてくるのはそれなのだと。そうか、木葉くん、わたしのこと、好き、なんだ。
 え、なんで? ぶわっと全身が熱くなる。わたしのことが好きって、なんで? いつ? どこで? どんな理由で どんなふうに? 接点もなければ美人でもないわたしのどこを? やっぱり、木葉くん、苦手だ。意味不明すぎるから。
 黙りこくったわたしを見つめて木葉くんが口を開こうとした瞬間、チャイムが鳴った。なんで今鳴るの。それにもういつの間にか先生来てるし。木葉くんが口をつぐんで教科書とノートを慌てて出す。絶対授業、集中できない。木葉くんのことが気になって仕方ないから。熱を吐き出すように息をつく。やっぱり、苦手。そう思いつつ、少し汗が滲んだ手を握りしめた。

両手から溢れるほどの花を


top