うん、意外と普通だった。どぎまぎしながら内心そう呟く。
 祝日の今日は駅前にキッチンカーが数台来ており、なかなか地元ではお目にかかれない大人気スイーツ店のイベントが開催されている。イベントのことを昨日知ったので慌てて友達を誘ったのだけど、みんなそれぞれ彼氏や家族との約束があって断られた。しょんぼりしつつ一人で行こうと考えていたときだった。意外な人物に声をかけられたのは。

「いっぱい人いたネ〜。ちょっとびっくりしちゃった」

 同じクラスの天童覚。誰から聞いたのか分からないけれど、わたしがこのイベントに行く計画をしていると知り、なぜだか声をかけてきたのだ。「俺も行きたいから一緒に行かない?」と、まるでデートに誘うように。
 天童といえばいまいち掴みきれない言動と、どこか人の内側を透かして見ているような洞察力、そしてこっちが置いてけぼりになるほどの行動力の持ち主だ。一年生のときも同じクラスだったので多少会話はするけれど、特別仲が良いということはない。どちらかと言うとわたしは苦手な部類の相手だった。
 誘われると断れないのがわたしの悪いところだ。元々行くつもりだったし、そのことは天童にも知られている。うまい断り方が分からなくて仕方なく了承してしまった。一応男女二人で出かけるわけだし、まあ、デートみたいな感じになるのかな。そう思ってややげんなりしていた。
 あの天童が女の子とデートをする姿なんて想像ができない。絶対にトンチキな一日になるに違いない。そう覚悟してきたというのに、天童と過ごした一日は振り返ってみても普通だった。トンチキな出来事は一つも起こらなかったのだ。
 いや、普通というか。むしろ天童は学校で見る姿と違って、とてもスマートだった。電車で座る場所が一つしかなかったらわたしに譲ってくれたし、人混みに入るとわたしが人にぶつからないようにさり気なく配慮してくれた。道を歩くときは車道側を歩き、イートインスペースが空いておらず立ち食いになる際はわたしの荷物を持ってくれた。

ちゃんが欲張ってアイス三つ乗せにしたのは笑ったな〜」
「よ、欲張ってない! なかなか食べられないお店なんだしいいでしょ!」
「俺は欲張りさん好きだよ〜」

 けらけら笑いつつ天童がスマホを見た。「二十分後の電車でいい?」と聞かれたので「あ、うん」とだけ返す。いつの間に帰りの電車の時間を見ていたのだろう。丸一日天童を観察していたようなものなのに気が付かなかった。
 わたしはどうして天童のことを苦手だと思っていたんだっけ。そう不思議に思うくらい天童との一日は悪くなかった。いや、悪くなかったなんて偉そうな言い方をしてはいけないか。楽しかった、と思う。新鮮だったというのもあるけれど、天童の話を聞くのは面白かったし、逆にわたしの話を聞いてもらうのは妙に心地が良かった。天童は世間の尺度で物を測らない。自分自身の意見をくれるところがわたしにとっては話しやすい一因だったかもしれない。

ちゃんは甘いものが好きなんだね」
「まあ人並みには」
「いやいや、謙遜しなくていいよ。あんなに食べられる人はなかなかいないからね〜」
「そんなに食べてた?!」

 けらけら笑った天童が、自分の頬をとんとんと触る。「ここ、ついてるよ」と言われて慌てて両手で顔を隠す。左手に何かがついた感覚。クリームが少し頬についていた。恥ずかしい。絶対食いしん坊だと思われている。鞄からポケットティッシュを出して拭いておいた。
 駅に向かって歩く。もうイベントには行ったわけだし、ここで解散してもいいのだけれど、天童が先ほどから楽しそうに話してくれるからなかなか言い出せずにいる。まあ、別に、嫌じゃないし。そう大人しく天童の隣を歩き続けている。
 びゅう、と強い風が吹く。なんだか鼻をくすぐるような甘い匂い。すん、と鼻を鳴らして思わず出所を探してしまう。あのイベント会場のほうからだろうか。フルーツたっぷりのクレープおいしかったなあ。はちみつがたっぷりかかったミニパンケーキもおいしかったし、クリームどらやきもおいしかった。食べたいものを全部食べられる余裕はなかったけど、天童がいたから半分こしたり分け合ったりしてたくさん食べることができた。それにはちょっと感謝だ。

「天童って何部だっけ?」
「バレー部だよ〜」
「バレーって何人でやるやつ? 十一人同士くらいのやつだっけ?」
「コートはちゃめちゃになっちゃうね。あとそれサッカーだよ〜」

 けらけら笑う天童がトリプルピースを並べる。それから「一チーム六人だよ〜」と教えてくれた。とてつもなく端折ってバレーボールのルールを説明してくれた。わたしもそこまで興味があったわけじゃない。いまいちピンときていなかったけれど、ボールを落としたほうが負けということだけ理解したので「へえ」と返しておいた。天童もわたしのスタンスを理解していたらしく、しつこく説明してくることはない。空気、読めるんだ。内心びっくりした。
 意外と会話が弾み続けている。駅に到着しても、ホームに並んで立っても、天童との話は尽きなかった。同級生だというのに話しかけづらい牛島のことを話してくれたり、後輩のかわいくないやつや逆にかわいいやつのことを話してくれたり。天童自身の話は少なかった。でも、恐らく天童が一等楽しい時間を共に過ごしているであろう人たち、と分かるような表情で話してくれた。
 わたしの話もやたらと聞きたがった。友達との何気ない話や委員会での話。わたしの友達のことを知らなければつまらないであろう話だし、委員会の話なんて誰が聞いてもつまらない話だったと思う。それでも天童は笑ってくれたし質問してくれた。
 突風を巻き起こして電車が滑り込んでくる。「あ、きた」と天童が呟くと「ちゃん降りるのどこだっけ?」とわたしの顔を見る。白鳥沢の最寄り駅の二つ手前。そう答えると「じゃあ十五分くらいだね〜」とスマホで時間を確認しながら言った。
 天童は運動部だから寮に入っているのだという。寮生活での話はとても新鮮でついついたくさん質問を投げかけてしまう。天童の話し方って、目の前で起こっているみたいな臨場感があって面白いんだよなあ。わたしにもそれくらいの話術があればいいのに。
 乗り込んだ電車内にはそこそこ人がいた。ぽつぽつ空いている席もあったけれど、十五分くらいのことだから別に座らなくていいか。そう思ってドアの隅っこに立とうとしたら天童が「あそこ座ったら?」と首を傾げた。座ると天童と距離が離れて声が聞こえにくくなるから、と断った。すると、天童がじっとわたしを見て黙った。

「え、何?」
「ん? 何が?」

 にこりとまた笑顔を向けられる。今一瞬間が空いたけど。天童は何事もなかったように話を続ける。なんだったんだ、今の。そう少し不思議には思ったけど、まあそこまで気になることではない。わたしも知らんふりをして話を続けた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 夜。お風呂から上がって自分の部屋に戻ると、スマホがちかちか光っていた。通知だ。誰だろうか。どうせアプリかダイレクトメールだろうけど。そんなふうに思いつつスマホ持ち上げて、驚いてしまった。着信一件、メッセージ一件。どちらも天童からだったのだ。
 今日の約束をしたときに連絡先を交換していた。待ち合わせのときに連絡するかもしれないから、と言われて。結局はすぐ天童がわたしを見つけてくれたし、背が高い天童を人混みで見失うこともなかった。特に連絡を取り合うことはないままだった。
 無事に一日を終えたはず。一体何があったのだろうか。恐る恐るメッセージを開いてみると「寝ちゃった?」とだけ来ていた。いや、さすがに八時に寝るような良い子ではない。くすりと笑ってしまいつつ「ごめんお風呂。なんだった?」と返した。
 数分後、英語の課題をしているとスマホが鳴った。着信。天童かな。というかなんで電話? 若干戸惑いつつもスマホを手に取る。やっぱり天童からだ。なんだろう。急ぎの用だろうか。そんなふうに不思議に思いながら画面をタップ。スマホを耳に当てた。

ちゃんおっつ〜』
「お疲れ。今日ありがとね」
『いやいやこっちのセリフだよ〜』
 さっきまで部活仲間たちとお風呂でだべっていたことを話してから「あ、急にごめんね」と言う。びっくりはしたけど別にいい。そのまま伝えると天童が「楽しかったから延長〜! みたいな感じ」と言ったのでハテナが飛ぶ。

「明日学校で会えるでしょ」
『そりゃそうなんだけど、今日じゃなきゃヤダってこと、ちゃんはない?』
「たとえば?」
『たとえられませ〜ん』

 けらけら笑う。天童って楽しそうに話してくれるから会話が続くんだろうな。ぼんやりそう思いつつ「別に嫌じゃないからいいけど」と言っておく。天童は「じゃ遠慮なく」と言ってから、またたわいない話をはじめる。わたしは通話をスピーカーモードに切り替えて机に置き、英語のプリントを進める。

ちゃん勉強してる? 邪魔じゃない? 大丈夫?』
「課題やってるだけ。作業用BGMとして優秀だから続けてて」
『俺の話BGMか〜い!』

 ああ、ちょっと失礼だったか。一応謝罪しておく。天童は「気持ちがこもってないよ〜」と言いつつも、そのまま話を続けてくれる。
 別に勉強は好きじゃない。やらなくていいならやりたくないし、課題なんて出なければいいのにといつも思う。でも、こうやって天童が楽しそうに話しているのを聞きながらやる課題は、いつもよりちょっとだけ楽しく思えた。
 天童の話を聞いている間に課題が終わった。いつも難しい顔をしてウンウン唸りながらやるけど、片手間みたいにやったら案外すらすらできてしまうものなんだな。ちょっと得した気分。

ちゃん、また遊びに行こって誘ってもいい?』

 ちょっとだけ。ほんの少しだけだ。天童にしては静かな声色で言ったな、と思った。それも意外だったし、そもそもそんな許可を取ってくること自体が意外だった。天童なら問答無用で何かしら楽しそうなことを見つけて引っ張っていきそうなのに。断ったら諦めるのかな? いたずら心が出てきそうになるのをぐっと堪えて、「別にいいけど」とだけ返す。
 そこからは何事もなかったように天童は普通だった。普通の声色でたわいない話をしてわたしの話を聞く。時間はあっという間に過ぎていき、天童が「あ、消灯時間になっちゃった〜」と言うまで通話は続いた。

ちゃん、また明日ね』
「うん。またね。おやすみ」
『おやすみ〜』

 通話が切れる。天童の声が聞こえなくなると途端に部屋が静かに思えた。不思議な人。はじめに思っていた印象とは変わったけど、それだけは変わらない。
 遊びに誘ってもいいか、って。なにあれ。子どもみたいでちょっとかわいかったな。くすくすと一人で笑いつつ、窓の外に目をやる。きれいに晴れている夜空にはきらきらと星がかがやいていて、月もまんまるに光っている。きれいな夜空。机に頬杖をついたままぼうって見上げてから、不意にスマホへ視線を落とす。
 何に誘ってくれるのだろう。ちょっと楽しみ。今頃寮のベッドでどこに行こうか考えていてくれたりして。そんなことを想像すると、少しだけ顔が熱くなる自分がいた。

やがて月を実らせましょう


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