お付き合いって、何をすればいいのだろうか。そんな幸せな悩みを抱えているわたしを、友達は愉快そうに笑って「手繋いでちゅってしとけばいいじゃん」と軽く言う。好きな人の彼女になれたのは嬉しいのだけれど、いまいちその先どうすればいいのか分からない。なんて幸せな悩みだろうか。
 それにしても信じられない。わたしに彼氏ができただけで驚きなのに、その相手が佐久早くんだなんて。いやあ、本当に信じられない。報告した友達にも「朝だよ? 起きてる?」と何度ほっぺを叩かれたことか。友達がわたしのほっぺを叩くのは無理ない話だ。わたしと佐久早くんの関係を知っている人はみんな同じことをするだろうから。
 わたしは所謂、追っかけファンというやつだった。中学のときに佐久早くんがバレーをしているところを見て一目惚れ。ありとあらゆる手を使って進学する高校を予想し、大当たりの井闥山へ入学。包み隠さずファンであることを本人に言い、しつこく周りをうろちょろし続け、正直佐久早くんには鬱陶しがられていた。あまり優しいタイプではない佐久早くんだけど、一応女子には気を遣っている姿を何度か見かけた。でも、わたしにだけは全く気遣いなどないほど手厳しかった。
 それなりには弁えているつもりだ。もちろんマネージャーになろうなんてことは思わなかったし、連絡先を聞こうなんてことも思わなかった。もちろん節度を守った行動に努めた。まあ、ちょっと度が超えたときはあっただろうけれど。
 何がどうなってお付き合いすることになったかというと、正直なところわたしにも分かっていない。近頃かなり佐久早くんに熱烈なアタックをしかけてしまっていたからちょっと控えていた。見かけても軽い挨拶だけ。お昼に突撃することもやめて、無駄に話しかけに行くのもやめた。友達からは「ついに飽きた?」とからかわれていた。正直、かなりうずうずしていた。佐久早くんが近くにいるのに話しかけられないなんて、毎日の楽しみが奪われた気がした。
 それと同時に、佐久早くんにとっては平穏な日々なんだろうなあ、とふと思った。佐久早くんは騒ぐタイプじゃなくて静かにしているタイプだ。わたしが周りをうろちょろしはじめて、さぞ鬱陶しかっただろう。そんなふうに改めて反省したのだ。
 そうしたら、不思議なことが起こりはじめた。これまでわたしが佐久早くんに会いに行くか、佐久早くんを探さないとなかなか校内でも姿を見かけなかったのに、佐久早くんの姿をふとよく見るようになった。もちろん話しかけてはくれない。でも、毎日毎日、佐久早くんが必ずどこかで現れる。
 そうして、さらに不思議なことが起こった。ある日、下校するために靴を履き替えているときのことだった。顔を上げて外に視線を向けたら、佐久早くんがいた。じっとわたしを見つめるようにして、まるで待っていたかのように。何をしているんだろう。こんなところで会うなんて珍しい。そんなふうに思っていたら佐久早くんがわたしに声をかけてきた。びっくりしすぎて固まるわたしを無視して、こう言った。「なんで話しかけてこねえんだよ」と。で、なんか、覚えてないけど、付き合うことになっていた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「なんで喋らないの」

 びくっと肩が震えた。いや、そりゃ、黙っちゃうよ。さっきから味を感じないカフェラテを飲みつつ、「あ、ハイ。スミマセン」と返した。
 拝啓、ご友人の皆さま。とんでもないことが起こっています。本日は美しく空が晴れ渡った晴天で、大変心地良い風が吹いている絶好のお出かけ日和です。さらに日曜日でもあるため辺りにはにこやかな家族連れや若者、そしてカップルが溢れています。なんとも平和な休日です。その中でわたしただ一人だけ、こめかみに銃口を突きつけられているのかと思うほど、心臓がばくばく暴れ回っております。

「おい、。お前なんか変だぞ。何?」

 なぜわたしは、休日に佐久早くんと学校以外の場所で会っているのでしょうか。

「へ、変、とは? いちゅ、いつも通りです!」
「いや、挙動不審すぎるだろ」

 佐久早くんが私服です。佐久早くんが目の前に座っています。佐久早くんがわたしに話しかけてきます。佐久早くんが? 佐久早くんが。佐久早くんが!
 これは夢なのでしょうか。こんな、カフェのテラス席でそよ風を感じながら佐久早くんとお茶するって現実に起こることなのでしょうか。起こっているからこそわたしの心臓が大暴れしているわけですけどね?!

「お前休みの日、普段何してんの」
「えっ、あ、ふ、普通に、家でごろごろして、ます」
「ふうん」

 興味なさそ〜! そりゃそうですよね、わたしの休日の過ごし方なんて! でも聞いたの佐久早くんですよね?! なんて返せばよかったんだろうか!
 緊張しっぱなしでカフェラテを飲みきった。佐久早くんはとっくの昔にアイスコーヒーを飲み終えていて、ずっとわたしの顔を観察するように見ていた。とてつもなく居心地が悪かった。なんか、ちょっとでも変なことをしたら機嫌を損ねてしまいそうで動きがぎこちなくなっていた感覚がある。
 でも、こんな機会めったにない。佐久早くんはいつも部活で忙しいし、こんなふうに休日をわたしと過ごそうなんて今日限り思わなくなるかもしれない。そう思ったらありったけの勇気を振り絞れた。

「あ、あの、佐久早くん」
「何」
「し、質問、いいっスか」
「だから何」

 とん、とテーブルを軽く指でつついた。どうしよう、佐久早くんがわたしの話を聞いてくれるみたいです。緊張しかない。ばくばくうるさい心臓は聞こえない振りをしつつ、ずっと聞きたかったことを口にする決心をした。

「あの、なんでわたしと付き合ってくれたの?」

 佐久早くんの眉がぴくりと動いたのが分かった。空になっているグラスの中に視線を落としてから、そっと視線を横に移す。歩道を歩いている人をぼんやり見ているのか、風に揺れる木々を見ているのか。そこまではわたしには窺い知れない。
 ずっと佐久早くんばかり見ていたからこそ分かる。わたしという人間は絶対的に佐久早くんの好みのタイプではない。異性としてだけではなく、性別関係なく人間としてだ。性格的にも性質的にも合わないし、なんなら合うところが何一つないと言っていい。それなのに。

「わたし、鬱陶しいでしょ? それなのになんで急に……と思いまして……」
「嫌なら別れるけど」
「嫌じゃないです! これっぽっちも!!」

 佐久早くんが「嫌じゃねえならなんでもいいだろ」と呟く。なんでも良くないから聞いております。だって、気になるから。これまで割と面倒くさがられていたほう、だと自覚している。だからこそ佐久早くんの急な変化に戸惑ってしまう。
 別に急に彼氏っぽいことをしてきたとか、急に距離が近くなったとか、そういうわけじゃない。でも、関係が変わったことは確かだし、話しかけてくれることも明らかに増えた。理由が知りたくないわけがないのだ。
 佐久早くんはすでに飲み終えているグラスをくるりと回す。溶けかけの氷がからんと音を立てた。佐久早くんはまたグラスをそっとテーブルに置く。しばらくグラスの中を見つめるようにじっと動かなくなる。そうして、数秒後に視線をわたしに向けた。

「文句があるなら言えば」
「も、文句は、ない、です……」
「じゃあ何。何が気に食わないの」

 気に食わないとも言っていませんが! 人間って理解できないものを怖いと思う生き物だとわたしは思っているんですけど佐久早くん的にはそうじゃないんですかね?! 逆ギレしてしまう内心で暴れる自分をなだめつつ、口ではおどおどと「な、なんか、急展開だったので、びっくりしただけです……」と返した。
 佐久早くんがじっとわたしを見ている。もうそれだけでひっくり返りそうなのに、口元が小さく笑ったから余計にひっくり返るかと思った。何、その表情。すごく好きなんですけど心臓に悪いです。

「静かだったから」
「……どういう意味?」
「自分で考えろ」

 ハテナを飛ばしてしまう。静かだったから、とは。わたしはどちらかというとうるさい人間だし、佐久早くんの周りをきゃいきゃい言って騒ぎ回っていた覚えしかないのですが。いま思ってみれば、本当、鬱陶しかっただろうなあ。思い出したらへこんできた。
 佐久早くんが「もう飲むのも食べるのもいいなら出る」と言いながらマスクをつけた。もちろんもう大満足です。佐久早くんお帰りですね。おうちまでお送りします。そんなふうにちょっとふざけて言ったら「ばか。逆だろ」と鼻で笑われた。頭が吹っ飛ぶかと思った。佐久早くんのばか=A破壊力がすごい。しかも、逆だろって。もしかして送っていただけるんでしょうか。いやいや、そんな、まさか。
 二人でお店を出て駅のほうへ、歩こうとしたのに佐久早くんが反対方向に歩き出した。あの、駅、あっちなんですけど。恐る恐るそう声をかけたら「帰りたいなら帰るけど」とだけ言われる。あ、もしかして、まだ一緒にいてくれようとしてる? この近くには大きな公園がある。散歩するのに打って付けのきれいなところだ。何度か行ったことがある。
 嬉しすぎる。慌てて「帰りたくないです!」と答えて佐久早くんの隣に駆け足する。佐久早くんには呆れたように「そんな大声で言わなくても聞こえる」と言われた。はしゃいでしまってつい大きな声になってしまう。うるさいよね、ごめんなさい。照れつつそう伝えると、佐久早くんが視線だけ動かしてわたしを見た。

「別に嫌とは言ってない。もうとっくに慣れた。好きにしろ」

 わたしの耳、ちゃんとついてる? そう自問しそうになるくらいの破壊力だった。もう慣れたって。とっくにって。嫌とは言ってないって。好きにしろって! 嫌じゃないんだ、佐久早くん。いや、良いとも言ってはいないけれど。横ではしゃいでも鬱陶しがられてはいない、と思っていいの、かな?
 佐久早くんの顔を覗き込む。背が高い佐久早くんの顔を見ようと思うと自然と覗き込む形になってしまうだけだけど。わたしの視線に気付いた佐久早くんが「何」とだけ聞いてきた。嫌そうな声じゃない。ずっと佐久早くんを追いかけているからこそそれが分かった。

「えっと、嫌じゃないなら、その、ずっと隣ではしゃいでてもいいの?」

 佐久早くんが吹き出した。びっくりした。そんなふうに笑うところ、あんまり見ないから。呆気に取られているとマスクの上から口元を覆ってくつくつ笑う。笑ってる。佐久早くん的には大笑いに入るレベルのやつだ。笑った顔、ちょっとかわいい。いつもはかっこいいのに。一人で勝手にときめいた。

「ずっとは困る。たまには静かにしろ」

 軽く頭を叩かれた。え、いま、佐久早くん、わたしに触った? あの自分から人のことを触らない佐久早くんが? ものすごいスパイクを放つその大きな手で、わたしの頭に触った?
 佐久早くんが「はしゃがないのかよ」とまた笑った。笑うと目元にしわが寄るんだね。いつもは真顔のことが多くてちょっとクールで怖そうな印象だけど、笑うと優しい顔になる。その顔が、わたしに向けられている。はしゃぐどころの話ではない。本当、そんなレベルの話ではなかった。

踊りましょうか終点まで


top