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いらない嘘吐き


 幼稚園からの幼馴染、というか腐れ縁である堅治は、まあ所謂優等生というタイプではない。不良というわけではないし素行がものすごく悪いというわけでもない。でも、まあそれなりにヤンチャで生意気。ただ、たまに妙に怖いときがある。そういうやつだ。
 幼稚園から中学校までが同じで、高校と大学は別。それでも腐れ縁が切れることはなく、毎週のように連絡を取り合っていたし、家が近いので用事があれば普通に家まで行っていた。しょうもない用事でうちに来たときは追い返してやったし、逆にわたしも追い返されたことが何度もある。そんなことができるのはお互いにお互いだけ。つまるところ、とても仲が良いのだ。わたしと堅治は。自分で言うのもなんだけれど。
 そして、社会人になった今。わたしたちの腐れ縁は継続中。むしろ、堅治が一人暮らしをはじめたことによって悪化したと言ってもいい。大変魅力的なことに堅治の新居は、わたしの職場からとても近い場所にあるのだ。わたしの実家よりも格段に近いそこが、まあ、第二の家になりつつある、というわけだった。

「おい、ふざけんなお前勝手に卵使っただろ!」
「あ、使った~」
「人んちの冷蔵庫勝手に漁るなっつーの!」
「とか言いつつ堅治が食べてるそれ、わたしが作り置きしていったやつだけどね」

 堅治の家に帰って来るなり卵ドロボウの罪を着せられてしまった。いや、有罪なのだけど。軽々罪を着てやるわ。そう笑いながら冷蔵庫を開ける。堅治はたまに仕事で県外に行くことがある。それがどうやら昨日だったようで、帰ってこなかったから勝手に冷蔵庫の中にあったものを使った。卵はその中の一つ。もちろんわたしが買ってきたものを勝手に入れておくこともあるからチャラなはず。けらけら笑いながらそう言ったら「お前の家かよ」と呆れられてしまった。合鍵くれたの堅治じゃん。そう言い返しておく。
 言っておくが、わたしと堅治は付き合っているわけではない。お互いフリーだ。たとえ、わたしの化粧品が堅治のシェービング剤の隣に置かれていても。たとえ、わたしの下着が堅治の洋服ダンスに入っていても。たとえ、わたし専用のお箸やマグカップがあっても。それでも、わたしと堅治は付き合ってはいない。大抵の人が嘘だと言うだろうけれど。

「てかお前、今日帰ってくんの遅くね? 残業?」
「そうだけど。え、何、堅治くん寂しかった~?」
「寂しかった寂しかった。寂しかったからあったかいお茶淹れて。飲みたい」
「おい」

 小突いてやりつつお茶の準備をしに行くと堅治がけらけら笑って「やった~」と無邪気に言う。子どものときから変わんないね、堅治。そんなふうにわたしも笑いながら電気ケトルに水を入れた。
 堅治の部屋の何がどこにあるのかはもうすべて把握している。堅治がわたし用に置いているマグカップと、堅治が気に入っているマグカップ。それを水切りラックから取って、その近くに置いてあるお茶っ葉も一緒に取る。このお茶っ葉はわたしが買っておいたものだ。堅治はわたしが買わない限りは温かいお茶を飲まない。冷蔵庫に入れてあるペットボトルのお茶でいつも済ましてしまうからだ。わたしは温かいお茶が好き。勝手にお茶っ葉を買って置いていったのだけど、堅治も気に入ったらしい。わたしが来ない間も飲んでいるらしい形跡があるときが稀にある。
 沸いたお湯をポットに入れて、一式を載せたトレーを持ち上げる。「お茶で~す」と笑ってやりながらテーブルの上に置いてやると「わ~い」という何ともやる気のない返事があった。仕方なく堅治の前にマグカップを置いてやり、ちょうどいい色合いになっているお茶を注いでやった。堅治はマグカップを左手で取り、一口飲んだ。「あつっ」と小さな声で言ったので「そりゃ淹れたてだからね」と一応ツッコんでおいた。

「……なあ」
「うん?」
「今日、いい?」

 わたしと堅治は幼稚園からの腐れ縁。それ以上でもそれ以下でもない。付き合っているわけではなく、お互いフリー。恋愛関係なんてちっともない。そう、恋愛関係は、ないのだ。
 きっかけは一年前の冬だった。お互い会社の忘年会が重なった日、終電を逃したわたしはいつも通り堅治の家に来た。わたしも堅治もべろべろな上に、なぜだかめちゃくちゃテンションが高かった。日付が回ったくらいの時間帯だというのに元気に飲み直していたとき、堅治が「お前って彼氏いたことあんの?」と聞いてきた。学生時代も社会人になってからも彼氏はできたことがない。そのままそう答えたら「マジかよ」と堅治が大笑いした。それに加えて「じゃあ手を繋いだこともキスしたこともないんだ? 可哀想~」と言ってきたのだ。それがムカついて堅治の手を掴んでやって「今繋いだからあります~」と無駄な抵抗をした。それが堅治のツボにはまり、からかわれてはその場でやって反論、というのを続けた結果。まあ、酔っぱらい同士ということもあり、やってしまったのだ。
 さすがに次の日は気まずかった。朝起きたらお互い素っ裸だし、わたしは下半身が痛いし首や胸には痕がたくさん付いていたし。堅治はものすごく気まずそうに謝ってきた。でも、謝られたのが、ムカついて。「これくらい別にいいし。またしたくなったら言えば?」と笑ってしまった。それからわたしと堅治は、付き合っていないのにセックスはする関係になった。所謂セフレというやつだろう。
 彼氏がいたことがないわたしにセフレがいたことなどない。でも、漫画やドラマの印象だと、セフレは結構雑に扱われるものだと思う。でも、堅治は今みたいに必ず今日はしていいかの確認をしてくるし、断っても嫌な顔はしないし、行為中もとても優しい。無理なこととか痛いこととか、わたしが嫌がりそうなことは何一つしてこないままだ。普通にセックスをしているだけ。まるで、彼女にするみたいに。

「……いいよ」

 だから、たまに勘違いしそうになる。堅治はわたしのことを彼女だと思っているんじゃないか、と。でも、違うのだ。この前電話で友達と話していたときに「いや彼女いねーわ」と笑っているのを聞いた。それに少し傷付いている自分がいてびっくりしたことを覚えている。なんで傷付いてんだよ、腐れ縁で属性としてセフレが付随しているだけの存在なのに。それに、別に堅治のことなんか、好きなわけじゃないし。彼氏にしたいわけでもないのに。そんなふうに、自分を笑った。