03

繋いでね


 休み時間、毎回と言っていいほどの頻度で英太が来るようになった。それを見た天童が「甲斐甲斐しいねえ」と笑うほど。クラスメイトたちもこそこそと噂し始めた。英太がわたしのことを好きなんじゃないか、と。
 無視しようにも人に見られている中だ。堂々と無視する勇気がなかった。話しかけてくる英太にそれなりに話を合わせておく。さすがに人がいる前では付き合っていたときのこととか、復縁のこととか。そういうことは話してこない。付き合う前、もしくは付き合っていたときの楽しい会話をしてくる。にこにこと、ちょっと子どもっぽい笑みを浮かべて。目を逸らして話を合わせる。まっすぐ見たらまた好きになりそうだったから。
 そんな日々が月曜日から金曜日まで続き、土日を挟んだ翌週月曜日。部活に行く前に話しかけてきた英太が「じゃあまたな」と言って去って行った後。用もないしまっすぐ家に帰ろうと鞄を肩に掛けたとき、「あの」と声を掛けられた。振り向いた先にはかわいらしい女の子が一人。見たことがなく、誰なのかピンと来なかった。
 誰なのか分からないまま返事をする。周りには誰もいないし、まっすぐにわたしを見ているからわたしで間違いないだろうから。その子は「ちょっといいですか」とだけ言って歩いて行く。初対面なんだからまずは自己紹介なんじゃないだろうか。そう苦笑いをこぼしつつ、呼ばれてしまったものは仕方がない。その子の後についていくことにした。
 辿り着いたのは人気のない特別教室があるフロアの廊下。何も心当たりがないわたしでも、何となく察しがつく。たぶん、あまり良くない状況だ。何か文句を言われるとかそういう類いの雰囲気。それにちょっとげんなりしつつも理由が分からないのは気味が悪い。見知らぬ女の子が睨んでくるのを、ちょっと困りながら見るしかできない。しばらくそんな睨み合いのようなものが続き、ようやく向こうが口を開いた。

「瀬見先輩と付き合ってるんですか?」
「えっ」
「どうなんですか。最近いつも話しているじゃないですか」

 あまりに予想していなかった展開すぎて固まってしまう。ああ、なるほど。この子英太のこと好きなんだ。最近わたしに話しかけに行く英太の様子をどこからか見ていたのだろう。それで直接対決を挑んできたというわけだ。なるほど。うん、なるほど、ね。
 校則をしっかり破ったフルメイク。切ったのか折ったのか分からないけど短いスカート。淡いブラウンのオーバーサイズカーディガン。文句なしに今時のかわいい女子高生だ。わたしにはどれ一つ似合わない。かわいい女の子。羨ましい。わたしもそうだったなら、英太と今も楽しく付き合っていたのだろうか。いや、何も努力をしていない分際でこんなことを言う資格はないのだけど。

「付き合ってない」
「それなら瀬見先輩と喋らないでください」
「なんでそんなこと言われなきゃいけないんですかね。話しかけてくるのは英太だから、言うなら英太に言ってもらっていいですか」
「あたし、瀬見先輩のこと好きなんです。好きでもない人に邪魔されたくないんです」

 なんて自分勝手な。そう鼻で笑ってしまったらムッとした顔をされてしまった。あーはいはいかわいいかわいい。これで満足かよ。そう内心で吐き捨てる。瀬見先輩のことが好きだから協力してくださいお願いします、くらいなものだったらこんなふうに思わなかったのに。恋する乙女を応援するつもりはあるよ。協力するとは一言も言わないけれど。
 ぐっと拳を握りしめて、その子が意気揚々と話し続ける。瀬見先輩はあなたなんかと話したくないけど我慢して話しかけてあげている。あなたが瀬見先輩に気があるような言動したから勘違いしている。そんなことをつらつらと。全部腕組みをしつつ黙って聞いてやった。聞いてやらないと可哀想な気がして。見事に全部しっかり妄想だ。冗談はアホみたいに短いスカートだけにしとけよ。口に出そうになるのをぐっと堪えている。
 英太の好みに合わせたつもりなのか、最大級にかわいい要素を詰め込んだのか。どちらなのかは知らないけど、どちらにせよ残念ながら英太のタイプではない。教えてやってもよかったけど、あんまりにも態度が悪いから教えてやらないことにした。英太はかわいい系よりもきれい系のほうが好きだよ。昔からテレビを観てきれいだと反応する女性芸能人の傾向を知っている。露出が多いとちょっと心配になるみたいで、わたしがスカートを短くしたときも「もうちょっと長いほうがいいんじゃ」と遠回しに言ってきた。心配性ということもあって、あんまり露出していたりずるずる長い袖や裾にはすぐ反応する。化粧も薄いほうが好きだと前に言っていた。楽しんでしているならいいけど、かわいいと思うのはナチュラルな感じ、と恥ずかしそうに教えてくれたから。
 清々しいほどにマウント女になってしまいそうだ。そう一人で笑っていると「何よ」と睨まれた。失敬。あんまりにも英太が好きじゃない要素を持ち合わせているから、なんてことは言えない。元々、英太と関わっている女を呼び出して釘を刺す、なんて陰湿なことは英太が最も好まない行動だ。英太のことが好きならそれくらいちゃんと分かっていないと。これまで英太の何を見ていたの?

「邪魔してないですし、わたしは何も関係ないので。お好きにどうぞ」
「……分かりました。じゃあ好きにします」

 ふん、と言いそうなほどの態度でわたしに背中を向ける。廊下をまっすぐ歩いて行く後ろ姿を見送ってから、大きなため息がこぼれた。なんだこれ。何に巻き込まれてんの、わたし。そうげんなりしつつ、まだ小さく見えているあの子の背中を睨み付ける。お前なんかに英太が釣り合うわけねーだろ。そう、わたしの中にいる、口の悪いわたしが呟いた。わたし以外の誰かに英太が惹かれる日は必ず来る。でも、それは、お前じゃない。そう、刺すように睨んでやった。