※未来捏造
※元の短編は2018年に書いたものです。






「本当、もう呆れて何も言えないんですけど」
「いやあ……ほんとうごめんねえ……」

 人生ではじめて潰れた。 お酒で失敗したことなんてただの一度もなかったのに。 これもそれも全部瀬見と太一のせいだ。 今度会ったら文句言ってやる。 そのついでにおごってもらう。 絶対だからな。
 自宅までの道のりを、わたしは片思い相手である白布の肩を借りて歩いている。 あまりにも無様だ。 久しぶりに会ってさらした姿がこれとか、もう笑うしかない。 しかも瀬見と太一のせいでずっと好きだったってこともバレてしまって、今日は紛うことなき最悪な一日だ。
 そういえば、白布の家ってここからそこそこの距離だった記憶がある。 重ねて最悪だ。 久しぶりに会った後輩に、ものすごく迷惑かけてるじゃんか、わたし。 というか白布も、どうせフって終わりなんだから置いてってくれたらよかったのに。 白布がそんなことをする人じゃないと分かった上でそうぼやくわたしって、本当、なんというか。 情けなくなりつつふらふら歩いていると、白布がまた一つため息をこぼした。
 結局部屋の鍵まで開けてもらってしまった。 もうろくに靴すら脱げないわたしに白布が何度目か分からない大きなため息をこぼす。 情けない。 情けないのだけど、申し訳ないのだけど、靴だけ脱がしてください。 そう心の中で思っていると、言葉では頼んでいないのに白布が「失礼します」と声をかけてから靴を脱がせてくれた。

「上がっていいのならベッドまで運びますが」
「うん……本当ごめんねえ……」
「現状で心底呆れているので、これ以上はないと思います。ご安心ください」
「全然安心できないやつだあ……」

 ぐいっと腕を引っ張られる。 白布は自分の肩にわたしの腕を引っかけつつ立ち上がると、ずるずるほとんど引きずるように運んでくれた。 ぱちんっと部屋の明かりがつく。 白布はわたしを多少丁寧にベッドに寝かすと「コート脱がします」と言ってから脱がしてくれた。 やめてよ優しいじゃんかあ〜やっぱり好き〜……などとぽやぽやした頭で思いつつ、一つ息をつく。
 コートをハンガーにかけてくれる。 白布は玄関に置きっぱなしになっている鞄を部屋まで運んでくれると、「帰ります。 戸締りは自分でなんとかしてください」と言って自分の鞄を持つ、が。 ぴくりとも動けないわたしを見てなのか固まる。 そうしてもう一度「戸締りはさすがにしてくださいよ。 そのまま寝るつもりじゃないですよね」とまくし立てるように言った。

「ごめん……むり……全然鍵とかいいから……」
「いや、流石にはいそうですかじゃあ帰りますとは言えないんですが」
「いいよ本当に……わたしが悪いんだし……」

 またしても大きなため息。 白布は鞄をまた置くと少し辺りを見渡してから台所のほうへ歩いていく。 なんか、これ、夢なのでは。 わたしの部屋に白布がいるなんて現実なわけないよなあ。 ふわふわした頭でそんなことを考えていると、白布がこちらへ戻ってくる。 お水を持ってきてくれたようだ。 「勝手に出しました」と言いつつずいっとコップを差し出してくれるが、受け取れる自信がない。 「置いといて……」と机を指さすが、またしてもずいっと差し出しつつ「酔いが醒めてくれないと帰れないので」と呆れ顔をされた。
 仕方なく手を伸ばす。 ふらふらする手でなんとかコップを受け取って、上半身を少し起こしつつ一口飲んだ。 頭がぐらぐらする。 これは確実に二日酔い決定の予感。 そうげんなり項垂れていると、白布がまたため息をつきつつ、ベッドに背を向けて床に座った。 ぼんやり見える白布の後頭部。 懐かしいな。 そう、ふふ、と小さく笑みがこぼれた。
 高校生のときにはよく見た後頭部。 しゃがんでドリンクを飲んでいる白布によくちょっかいをかけたっけ。 頭をつつくとものすごく嫌そうな顔をするのがかわいくて、ついいつもやってたなあ。 まあ、今となっては、怖くてできないんだけど。

「ごめんねえ、白布」
「悪いと思うならとりあえず水を飲んでください」

 へらへら笑ってしまう。 白布の小さな舌打ちが聞こえた気がしたけど、もうこの際どうでもいいや、なんて。 コップの中の水をしっかり全部飲んでから、コップをぽいっとベッドのどこかに捨てる。 なんか、もう、どうでもいいや。

「白布のね」
「なんですか」
「優等生なのに喧嘩っ早いところ、面白くて好きだよ〜」
「はいはい」
「たまに笑うとかわいくてねえ、怒ってもかわいくてねえ」
「眼科行ったほうがいいと思いますよ」
「がんばってる背中がね、大好き」
「そうですか」

 冷めてる。 そういうとこもかわいいから不思議だなあ。 一回箍が外れて開き直ると、なんでもかんでもどうでも良くなる。 怖くも何ともなくなってきた。 笑いながら手を伸ばして白布の後頭部をつついてやる。 懐かしい。 これ、本当、いっつもいっつもやってたなあ。 白布も嫌ならわたしがいる前でしゃがまなきゃよかったのに。 そう思いながら笑ってしまう。
 つんつん、と白布の頭をつついても、まったくの無反応。 これは完全に呆れている。 そう分かったけど、まあ、もういいかって。 どうせフラれるんだしさ。 うざい先輩がうざい絡みしてきて可哀想に。 でも、これが最後だからちょっとだけ我慢してくれると、嬉しいなあ。

「好きだったなあ」

 力尽きる。 ぼとっとベッドの上に腕が落ちてしまった。 明日休みで本当によかった。 これ、お昼過ぎまで起きられないコースだ。 このまま寝てしまおう、白布には悪いけど。

「そうですか。奇遇ですね、俺もでしたよ」

 白布が立ち上がった。 机の上に置いてあるわたしの家の鍵を手に取ると、「スペアキーありますか」と言う。 一応、スペアキーは持っている、けど。 返事ができない。
 一気に酔いが醒めていた。 瞬きも忘れて白布の背中を見つめるのだけれど、一向にこちらを向いてくれない。 起き上がろうとしたけれど、体はまだ回復していないようで。 力をうまく入れられなくてベッドに倒れ込んでしまった。 え、いま、なんて?

「聞こえてますか。耳までだめになったんですか」
「な、なってない……スペアキーなら、たしか」
「そっちかよ」

 振り返った。 白布は少し目を細めてわたしを睨みつけている。 そっちかよ、とは。 分かっているけど、分かっていないふりをしてしまう。 だって、たぶん、わたしの聞き間違いだと思う、し。

「俺も好きでしたよって言ったんですけど」

 無視ですか、と言って白布が少し身を屈める。 ベッドに張り付いたように動けないわたしの顔を覗き込んで「聞こえてます?」とため息をつかれた。 わたしのおでこをつん、と軽くつついた顔は至って無表情のまま。 からかわれているのかな。
 黙りこくったわたしの顔をじっと見つめて、白布も黙る。 静かな時間が流れる中で、ちょっと、震えてしまう。 いま、なんて言った?

「死にました?」
「……生きてる」
「それならよかったです。で、鍵閉められそうですか。無理そうならスペアキー借りてきますけど」
「自分で閉められます……」
「そうですか。残念です」
「は?」

 チャリ、と机に鍵を置く音がやけにうるさく響く。 白布は鞄を肩にかけ直しながら背筋を伸ばした。

さんに会う口実にしようかと思ったんですけどね」

 「終電あるんで、今日はこれで」と言って白布はさっさと玄関のほうへ歩いていく。 今日は、ってなに? なに、会う口実にしようかとって、え、なに? 俺も、好きでしたよ、って、なに? なんなの?!
 白布が靴を履いているらしい音が聞こえてくる。 不思議と体がぴくりとうも動かない。 不思議とっていうか、お酒のせいなんだろうけど。 ガチャ、とドアが開いた音。 白布、帰っちゃう。 なんか言わなきゃ。 そう思えば思うほどうまく言葉が出せなくて。

「言っときますけど」

 ちょっと大きな声。 その声にびくっと体が震えつつ、「あ、はい!」と敬語で返事をしてしまう。

「一応、今も好きですよ」

 ガチャン、とドアが閉まった。 そのあとでかすかに聞こえる足音。 どんどん小さくなっていて、最終的には聞こえなくなった。
 一応? 今も? ……好き、ですよ?


少女はリボンをほどいて駆け出していく