たぶん今朝に信号をひとつ無視した報いなのだと思う。 仕方ないじゃん、遅刻しそうで焦ってたし、車なんて影も形もなかったし。 近くに小さい子どもとかがいたら将来真似するかもって自制心が生まれたかもしれないけど、人っ子一人いなかったし! 内心そうぐちぐちと文句を頭の中で呟きながら学級日誌を書き続けている。 日直はもともとわたしの友達が今日の番だった。 その友達が昼休みに突然代わってほしいと必死に頼んできたのだ。 理由を聞けば素直にデートだと答えたので、笑って代わることにした。 わたしの番のときはやってくれると言ったし、まあ別にいいかって軽い気持ちで。 それがだめだった。 友達の日直の相方が、牛島くんだったのだ。

「ごみ捨て、終わったぞ」
「あっ、うん、ありがとうございます……」

 正直なところわたしは牛島くんのことが苦手だ。 あまり話さないから何を考えているかよく分からない。 結構ずばっと何でも口にするから一言が重い。 笑わないからちょっと怖い印象がある上に背が高いから余計に怖い。 日直がわたしに代わったから、と朝話しかけに行ったときも興味なさそうに「そうか」の一言だけだった。 怖い。 どう話せばいいのかよく分からない。 そういう人だ。 さっきも、ごみ捨ては二人で行くのがふつうだとわたしは思っていたのだけど。 わたしがごみ袋を持とうとしたら牛島くんは「一人でいい」と言ってごみ袋二つを持ってさっさと行ってしまったのだ。 なんとなく邪魔だからついてくるなって言われたように思えて少し傷付いた。

「ご、ごめんね、日誌まだで……よかったら、あの、部活に、」
「今日はオフだ」
「そっ、か……」

 神様ちょっと意地悪すぎるんじゃないかな? 部活があるだろうからさっさと行くと思っていたのに。 牛島くんはそんなわたしの気持ちもちろん気付かないまま、あまりにも自然に日誌を覗き込む。 じいっと見ている牛島くんの視線が手の甲に突き刺さるような気がしてならない。 沈黙があまりにも痛くてつい口が開く。 書くの遅くてごめんね、すぐ書くから、ごめんね帰りたいよね。 おどおどと話すわたしの言葉を牛島くんはじっと聞いていた。 あとは今日の授業科目を書いて、簡単な内容を書くだけ。 最後に二人の名前を書いて職員室に出しに行ったらおしまい。 終わりが見えてきた。 この気まずい空間から早く抜け出してしまいたい!
 今日の三限目の内容を書き始めたところで牛島くんが一つ咳をした。 たったそれだけでどきっと心臓が動いたのがよく分かる。 どんだけびびってんの、わたし。 情けなく思いつつ書き進めていくと、牛島くんが「」とわたしを呼んだ。

「あっ、はい!」
「三限目は英語だったぞ」
「そうだっけ……?」
「ああ」
「……あっ、そうだ、数学だったの昨日だ!」

 慌てて消しゴムをかける。 昨日と今日の記憶がごっちゃになっている。 恥ずかしい。 でもそういうことをちゃんと教えてくれることが何となく意外だった。 「ごめんね」と謝ったら牛島くんは少し首を傾げてから「いや」とだけ言う。 その様子を見て、少しくらいなら話しかけてもいいのだろうか、となぜだか思った。

「二限目の現国で先生が言ったダジャレおもしろかったね」
「……?」
「あれ、覚えてない……?」
「少し眠くて聞いていなかったかもしれない」

 それに思わず笑ってしまった。 牛島くんも授業中に眠いとか思うんだ。 ちょっと意外。 日誌を書きながらぽつぽつと話を振ってみる。 牛島くんは言葉少なではあったけれどすべてに返答をくれた。
 窓の外が夕日で染まっていくのに気が付く。 はっとして「ごめん、すぐに書くね」と言ったら牛島くんはなんだか不思議そうな顔でわたしを見ていた。 何かまた間違えてしまっただろうか。 日誌を見るけれどとくに見当たらない。 「なに?」と恐る恐る聞いてみると、牛島くんは「いや」と低い声で呟いて少し考える。 考えても答えが出なかったようで、じっとわたしを見たまま口を開いた。

「さっきからは何に対して謝っているんだ」
「えっ」
「謝られるようなことは何もされていない」

 牛島くんはそう本当に心から分からない、といったような表情で言った。 今まで日直でいっしょになった男子の何人かに嫌そうな顔をされたことがある。 書くのが遅かったりいろいろ、理由はいくらでもあっただろう。 男子は大体こういうの、適当にやって早く帰ろうって人が多かったし、まあ女子もそういう子多いけど。 やるからにはちゃんと、とは思わないのかな。 そう少し思ったりしつつ、いつも「遅くてごめん」と謝っては嫌な顔をされていた。
 牛島くんもそうなのだろうと勝手に決めつけていた。 早く終わらせろよ、いつまで書いてんだよ、みたいな。 でもそれは本当に誤解だったのかもしれない。 これが報いだと思っていたのも。 牛島くんはそう思わせてくれるくらい、本当に心から「なぜ?」と質問してきているように見えた。

「そっか、ありがとう」
「……?」
「あはは、よく分からないって顔してる」

 牛島くんはやっぱり分からない、といった顔のまま「何がありがとうなんだ?」と至極真面目に聞いてきた。 それが余計に面白くて、今まで怯えていた自分が本当におかしくなる。 日誌を書き続けつつ笑ってしまう。
 ごみ捨てに一人で行ってくれたときも、別に邪魔だからとかそういうことではなかったんだろう。 分担したほうが早いとかそういうことだったのかも。 ネガティブな方向にばかり考えていたのに、なんだかすごくポジティブに置き換えられるようになった。 不思議な人だな。 牛島くんの顔を見上げてそう思っていると、また小さく首を傾げられた。


神さまっぽい位置
Thanks 2nd Anniversary!