遥か彼方遠くのお空の上から眺めているであろう神様、一体わたしが何をしたというのでしょうか。 無残に散らばったタオルを呆然と見つめて立ち尽くしてしまう。 おかしいなあ、つい三十分前にきれいに干したはずなんだけどなあ! この季節の風はいたずらっ子と見た。 くそ、せっかくきれいに、というかこれじゃあ練習で使えるタオルがほとんどない! 慌ててタオルを拾い上げつつ、情けなさから涙がこみあげてきてしまった。
 バレー部のマネージャーに流れでなってからというもの、ミスをしてばかりだ。 運動部に興味なんかなかったのに、同じクラスで少し仲良くなった男子がマネージャーやってよ、なんて軽い気持ちで誘ってきた。 なんでもマネージャーを募集しているのに誰も来ないのだとか。 強豪らしいし大変そうだから避けられているのだろうか。 そう疑問に思いつつも体力には自信があるし運動部のマネージャーってなんかいいかも、と思って軽い気持ちで入部。 それが間違いだった。
 白鳥沢学園男子バレー部は恐ろしく練習が厳しかった。 全国大会に何度も出場しているし、エースで主将の牛島先輩は全国で有名な選手だった。 入部したてのころはかっこいい先輩もいるし女の子が集まって来そうなのにマネージャーがいないなんてなあ、と不思議だった。 その理由を知るのはその日の練習が終わったころだったっけ。 きつい。 その一言に尽きる。 同じ一年生の部員が雑用を手伝ってはくれるけれど、練習に集中するのが選手としては当然だ。 マネージャーが雑用のほとんどは一人でやらなくてはいけない。 ドリンクを準備してタオルを準備して、練習で使う用具を準備してスコア取りをして。 目まぐるしい。 バレーのルールにそこまで詳しいわけでもないし、分からないことだらけだ。
 洗い直したタオルをかごに詰めていく。 昨日は雨が降っていたからタオルが落ちた地面は若干ぬかるんでいた。 とてもじゃないけど洗い直さなきゃ選手には渡せない。 今日はタオルを落とすし、昨日は用具をこかしてしまうし、一昨日はドリンクをうっかり出し忘れた。 先輩たちは笑って許してくれるけどあまりにも申し訳なくて。 ため息。 わたし、向いてないのかな。
 最初はそこまで興味があったわけじゃないけど、練習を見ているうちにすごい人たちだな、と単純に感動した。 強豪校ってこういうことなんだな、と実感したというか。 みんな一生懸命で、みんな必死で。 そういう姿にとても惹かれた。 人間として憧れた。 応援したいなって思った。 だから、辞めずに今日まで続いているのだけど。

、何してんだ」

 びくっと肩が震える。 そうっと振り返ると、白布先輩が無表情で洗濯場を覗き込んでいた。 はっとして備え付けられている時計を見ると、もう外周メニューに入る直前だった。 体育館に戻ってこないわたしを探しに来たのかもしれない。 かごにタオルを勢いよくぶち込みながら「すみませんすぐ戻ります!」と返事をする。
 正直に言うと、わたしはバレー部の先輩の中で誰よりも白布先輩が怖い。 第一印象はきれいめの見た目をしていたし、他の先輩より少しだけ背が低かったから優しそうな印象だった。 ところがどっこい。 白布先輩は誰よりも辛辣で誰よりも物をずばっとストレートに言う人だった。 わたしがバレー部マネージャーになるきっかけを作った五色なんかはほぼ毎日怒られている気がする。

「さっきタオル干してただろ。 なんでまた洗ってんだ」
「す、すみません、全部風で落ちちゃって……」
「あー、今日風強かったしな」
「すみません……」

 白布先輩は洗濯場の中を見渡してから軽く舌打ちをした。 それから「とりあえず干しとけ」と若干苛立った声で言って、洗濯場から出て行った。 怒ってる。 またこいつヘマしやがったクソ腹立つな、って怒ってる。 じわっと涙がにじむ。 白布先輩は真面目で努力家、ついでに頭がいいからなのか要領がとても良くて無駄がほとんどない。 わたしにマネージャーの雑用を教えてくれたのもほとんど白布先輩だった。 同じ学年の川西先輩曰く、白布先輩は一年生のときに誰よりも積極的に雑用をこなしていたのだとか。 みんなが嫌がるようなことも何の不平不満も述べずにさっさと終わらせていた、と聞いた。 そんな白布先輩からしたらわたしはかなり出来損ないのマネージャーなんだろう。
 ぐずっと鼻をすすりつつまたタオルを干していく。 洗濯ばさみとかあればいいのに。 どうせまた飛ばされてしまう気がする。 部費で買ってもらえないか監督に聞いてみてもいいだろうか。 こんな新米マネージャーがそんなことを聞くのはおかしいだろうか。 どこまで要望を出していいのか分からないし、どこまで選手と関わっていいかも未だに分からない。 一年生の子たちとはそれなりに仲良くなれたけど、先輩たちとはまだ馴染めていない気がするし。 邪魔だなって思われてるんだろうか。



 またびくっと肩が震えた。 白布先輩がいつの間にか戻ってきていて、わたしの背後にいた。 「すみませんすぐ終わらせます」と鼻をすすりつつ返事をすると、白布先輩はわたしの隣に立って腕を伸ばす。 すると、わたしが干したばかりのタオルに赤い洗濯ばさみが付けられた。 驚いていると白布先輩は舌打ちして「女子陸上部。 共用のやつなのにたまにかごごと持ってくんだよ」と苛立った声で言った。 「正式にクレーム言っといたから」と付け加える。

「洗い直しになったのはのせいじゃないんだし、あんま気にすんなよ」

 「洗濯ばさみ返す場所どこか分かるか」と聞かれたので知らないと返事をする。 一旦かごを置くように言われたのでタオルが入ったかごを地面に置く。 白布先輩に連れられて洗濯場にまた行くと、洗濯機の上にある物置を開けて「ここに洗濯ばさみと諸々の洗剤があるから」と教えてくれた。 それからてきぱきと今日の練習メニューの変更と、それに伴って準備するものが変わったこと、時間の確認、用具庫の場所を教えてくれる。 外周の諸々の準備はもう一年生がやり終えているし、タイムは体調の関係で外周不参加の川西先輩が取ってくれるそうだ。 わたしはタオルを干し終わったあとは体育館の片付けとドリンクの準備をすればいいと指示をされた。

「何かあったら太一に聞けばいいから」
「は、はい」
「まあ、人数多いし仕事も多いから大変だろうけど」
「……ミスばっかりですみません」
「はじめはそんなもんだろ。 ずっとだったら怒るけど」
「う……」
「いるといないんじゃ大違いだから、めげずに頑張れよ」

 なんとなくばつが悪い顔をしているのが分かった。 普段の様子から察すると、こういう励ましたりとかフォローしたりするのがあんまり得意じゃないのかもしれない。 言葉をすごく選んで声をかけてくれた感じも伝わって来たし、白布先輩、気を遣ってくれたのかな。 そんなふうに思えたら、なんだか冷たくて素っ気ないように聞こえていた声が、優しい声だったように思えてきて。 「じゃあ、俺外周行くから」と言った背中に「ありがとうございます!」と、今までで一番大きな声で言えた。 白布先輩はちょっとびっくりしたように振り返ると、小さく笑って「今度はミスすんなよ」と言ってまた背中を向けて行ってしまった。


もうすぐあなたが見える
Thanks 2nd Anniversary!