「だから無茶すんなって言っただろうが!」

 こつん、と軽く額を叩かれた。 木葉さんはティッシュを大量にわたしに押し付けながら「はいこれ持って!」と言うと、さっとごみ箱を寄せてくれた。 保健室に先生がいなかったのでどこに何があるか分からなくて不安だったけど、木葉さんは大体何がどこにあるか分かっているみたいだった。
 部活終わりにいらないものを片っ端から処分しよう、とかおりちゃんたちと三人で倉庫内を掃除し始めた。 思っていたよりいらないものが多くて体育館の隅っこにいらないものが大量に集まってしまったのだ。 かおりちゃんと雪絵ちゃんにはいらないものの仕分けをお願いして、わたしは先にごみ捨て場に運び出す作業をはじめていた。 もう破れて使えないマットがなんと三枚もあった。 これが一番場所を取って邪魔だった。 さすがに三枚も一緒には持てないので、仕方なく丸めて二枚一緒に持って行こうとしていたのだけど。 遠くから木葉さんが「あんま無茶すんなよー」と声をかけてくれたので、それに「大丈夫です!」と答えたその瞬間だった。 バランスが崩れて思いっきり転んだわたしは、マットを持っていたせいでうまく手がつけなくて、顔面から床に激突してしまい。 ものすごい勢いで駆け寄ってきた木葉さんに回収されて保健室に連れてこられたのだった。
 大した怪我はしていないけど鼻血がとんでもない量出ている。 ジャージにも若干血がついたから持って帰らなきゃなあ。 そう呑気に思っているわたしの目の前で木葉さんはわたしの様子をいろんな方向から見ているようだった。

「鼻血以外は大丈夫そうです」
「いや、打撲とか捻挫って後から来ることもあるから。 どこ打った? 痛いとこは?」
「右肩は打ちました」

 木葉さんは湿布を出してきて「これもらっとけ」と一枚わたしの前に出した。 先生が不在のときは使ったものを紙に書いておく決まりになっている。 木葉さんは机の上にある紙に使ったものと数量を書いて最後に自分の名前を書いた。 それからわたしの隣に座ると一つ息を吐く。 「マジでびびった」と呟くので思わず謝ると、木葉さんは「いや、というか突然話しかけたのがあれだったよな、ごめん」と頭をかく。 木葉さんは悪くないのに。
 ティッシュを押さえていた手が少し湿った気がした。 なんだろう、と離してみると血がついていた。 どうやらティッシュが追い付かなくなってきたみたいだ。 新しいティッシュを当てようと手を伸ばしたら、ちょうど限界を超えたらしい。 ぽたぽたと鼻血が落ちていく。 思わず「う、うわわ」と焦った声を出してしまうと気付いた木葉さんが左手を伸ばしてティッシュごと血を受けてくれた。 そのまますぐに右手を伸ばしてティッシュの箱を取ると数枚取る。 血でだめになったティッシュをすぐに捨ててくれた。 新しいティッシュをあてつつお礼を言うと「いいって」と笑う。 その手に血がついていた。

「すみません! 血が!」
「ん? ああ、いいよ別に。 拭けばいいだけだし」
「いや洗ってください! 汚してすみません!」

 木葉さんはティッシュを取りつつ「はいはい」と言う。 軽く拭いてから保健室内にある水道で軽く手を洗ってくれた。 わたしの隣に座り直すと手のひらをこちらに見せて「これでいいでしょうか」と笑った。 じっと見てももう血はついていない。 ほっとしつつ、ふと指先に目をやると爪がちらりと見えた。

「木葉さん、爪伸びてますね」
「あ、そういえば。 昨日切ろうと思っててそういえば忘れてたわ」
「もったいない……」
「何が?!」

 きれいな手。 ぽつりと頭の中で呟く。 ぱっと見は平べったく見えるけどよく見るとごつごつしていて、骨っぽい。 ぷにぷにした柔らかいわたしの手とは違うなあ。 手のひらの中心を指でつつく。 木葉さんは「え、何?」と首を傾げた。

「いいなあ、と思いまして」
「何が?」
「木葉さんの手ですよ。 大きくていろいろ持てそうじゃないですか」
「いや、ふつうくらいだと思うけどな〜。 木兎とか鷲尾とかのほうが大きいじゃん?」

 言われてみれば確かに。 レギュラーの中では二番目に背が低い木葉さんは、バレー部の中では細いほうだ。 そういえばこの前、小見さんとの体重差がそこまでなくてショックだったと言っていたっけ。 同じクラスの女の子たちに「美容体重近いじゃん」とからかわれたとも言ってたなあ。 体重とか身長がどうだから手が大きいとか、そういうのはあんまり関係ないかもしれないけど。 木葉さんは「男らしい手が羨ましいけどなあ、俺は」と苦笑いした。 身長もあとちょっとで180cmなのに、と不満げに言う。 男の人にとって身長というのは一つのステータスになりうるものらしいので、木葉さんも例にもれずその傾向にあるようだ。

「身長聞かれて180cmって言うのと178.8cmって言うのじゃ違うんだよな〜」
「何がですか?」
「ん〜……かっこよさ?」

 「俺の感覚だけど」と付け加えて、木葉さんは「180のほうがかっこよくない?」と笑う。 かっこいいのかな? 即答せずに少し考えてみる。 たとえば木兎さん。 たしか185cmちょっとだったはず。 木兎さんはたまにちょっと拗ねたりもするけど、スパイクがものすごくて試合中のやる気に満ちた顔とかはちょっとかっこいいなって思う。 でもそれって木兎さんが小さくても変わらないんじゃないだろうか。 赤葦も、猿杙さんも、鷲尾さんも、小見さんも、尾長くんも。 うん、身長は関係ない!
 そう納得していると木葉さんは少しショックを受けたような顔をしていた。 無言のままだったわたしを見てどうやら言葉を選んでいると勘違いしているみたいだ。 はっとして急いで誤解を解く。 木葉さんは「いや、だいじょうぶです、傷付いてません」と明らかに傷付いた顔をしている。

「木葉さんは今のままで日本、いや世界一かっこいいから大丈夫です!」
「あと1.2cmくらいなら伸びそうだな……」
「聞いてください!」
と大体30cmくらい差が開く感じ? 180cmになったら」

 「そこまで変わらないけど」と言って木葉さんは笑った。 ただでさえ隣を歩きながら話すと首が痛いのに。 そう呟いたら木葉さんは余計に笑って「俺も見えなくなるわー」とお腹を抱えた。 もう今の時点で割と見失われているのに。 がしっと木葉さんの手をつかむ。 ぽろっとティッシュが落ちていったけど、もう鼻血は止まっていた。

「身長がどうとかじゃなくて木葉さんだからかっこいいわけですし、このきれいな手がわたしは好きなので、今のままでいてください」

 あ、思ったより爪伸びてる。 じいっと木葉さんの手を観察していると、木葉さんからのレスポンスがないことに違和感を覚えた。 ふと顔を上げると木葉さんはちょっと赤い顔をして固まっていた。


たからものより大事な手
Thanks 2nd Anniversary!