「あ、ー!!」

 雨の日は女バレの体育館を女バスと男バスに明け渡す羽目になるのであまり好きではない。 場所を追われたわたしたち男バレと同じ体育館になるのだけど、こちらでも割と散々な目に遭うことが多い。
 体育館に入るなり早速か。 内心そう思っていると同輩がにやにやして「旦那が呼んでるよ〜?」とからかってきた。 うるさい、旦那言うな。 こっちもあっちもにやにやしてやがる。 若干げんなりしていると光の速さでこちらに駆け寄って来ていた光太郎が「なーなー日曜日ひま?!」と元気に話しかけてきた。

「練習試合あるって昨日言ったじゃん」
「終わったあとは?!」
「終わったあとは家で休みたい……」
「えー!」
「だってあんたいろんなとこ引っ張り回すじゃん……」
「だってとデート行くの好きだもん」

 外野、ヒュウ〜じゃないから。 男子部のほうに睨みを利かしておく。 ばちっと男子部セッターの赤葦くんと目が合った。 口パクで何かを伝えてきている。 あれはたぶん「お願いします」と言ったのだろう。 ああ、そうか、男子部は来週末に練習試合があるんだっけ。 ここでわたしが断ったらしょぼくれの原因になりかねないから赤葦くんが面倒になる、というわけか。

「……どこ行きたいわけ?」
「やったー!」














 この体力オバケめ。 ぜえぜえ言いつつ背中を睨み付ける。 結局日曜日に光太郎と来たのは室内で遊べるスポーツアミューズメント施設だった。 バドミントンをしたりバスケをしたりバレーをしたり。 めちゃくちゃ疲れた。 もう今日は何もしたくない。 無理無理。
 ベンチに座って休憩していると光太郎が飲み物を買ってきてくれた。 にこにこと楽しそうに笑って。 はあ、とようやく息が落ち着いてきたので心にも余裕が出てくる。 まあ、うん。 ついていくのは大変だけど、底なしの明るさとかたまに手がかかるところとか、嫌いではないんだよなあ。 笑いつつお礼を言って飲み物を受け取る。 二時間くらい遊んだのでさすがに疲れたのだろうか。 光太郎も休憩に入るみたいだった。
 隣に座るとにかっと笑って「元気出た?」と唐突に聞いてきた。 どっちかというと疲れたけども。

「なんか元気ないじゃん」
「えー……そうかな?」
「待ち合わせのとき、いつもはもっとにこーって笑うのに今日はへにゃってしてた」
「なんだそれ」

 笑って返しておく。 まあ、うん。 間違いではない。 わたしも光太郎も高校三年生なわけで。 部活はいよいよ最後の大会だねって会話ばかり。 部活だけじゃなくて体育祭とか文化祭とか、そういう行事も全部もう最後。 その先には受験が待っている。 そう思ったら少し、気持ちが仄暗くなっただけ。 わざわざ話すような内容でもない、こんなこっぱずかしいこと。
 笑ってごまかしていると光太郎はちょっとむっとした顔をする。 コップを机に置いて、わたしのコップを取り上げるように持つとそれも机に置いた。 はてなを飛ばしていると、光太郎は両手でわたしをほっぺをばちっと挟んだ。

「いったいな! 何すんの!」
「だって黙るから」
「だ、黙るって……」
「なんで元気ないの?」

 じっと見つめられる。 光太郎の瞳はいつでもきらきらと光っていて嘘がない。 眩しくて、きれいで、すごく温かい。 そんな目で見られるとどうにも居心地が悪い。 嘘偽りなく純粋であれ。 そう言われているような気がして来るのだ。

「……わたしたち、三年生じゃん」
「おう」
「出る大会がどれもこれも、今年最後だねってなるじゃん」
「? おう」
「学校の行事とかも全部今年最後だねってなってって」
「? どういうこと? 三年生だからそうだろ?」
「そ、そうなんだけど……受験も、あるし……」
「だって三年生だからそうだろ?」
「だーかーらー!」

 わしゃわしゃと光太郎の頭を撫でまわす。 そういう女々しいことで悩まない。 そういうところ、本当に羨ましい。 わたしもそうなりたいなって思う。 光太郎は「なに? なにが?」とはてなを飛ばし続けている。

「さ、さみしい、じゃん……」

 高校の友達みんなと同じ進学先、就職先になんていけない。 高校生活は終わってしまうのだ。 永遠に続くように思えていても、終わってしまう。 仲の良い子とも離れ離れになる。 部活だってそう。 同じメンバーでもうバレーはできなくなる。 大会に出ることはもちろん、練習だって。 みんなで笑いながら練習終わりにご飯へだってもう行けなくなる。
 それに、なんといっても、光太郎のこと。 どこの大学に行こうとしているのかとか、そもそも進学するかとか、そんなの何も知らない。 怖くて聞けないのだ。 わたしは志望校がぼんやりと決まっている。 もし光太郎の志望する大学より遠かったら、そもそも就職するつもりだったら。 そうなったら、お別れになっちゃうのかな、なんて。
 柄にもない。 そんなの分かってるけど、口から出て行ってしまった。 恥ずかしいことを言ってしまった。 でも、光太郎だったら明るく励ましてくれるかも。 そんな期待をしてしまう。 そうっと光太郎の顔を覗き込んでみる。 すると、光太郎は目を丸くして首を傾げた。

「え、なんで?」
「……へ?」
「なんでさみしいの? よく分かんないんだけど」

 光太郎は本気でよく分からないらしい。 首を傾げて「さみしい、さみしいってなんだ?」と一人でぶつぶつと一生懸命言葉の意味を考えてくれている。 嘘でしょこの人。 びっくりしてしまって黙っていると、光太郎は「なんで?」とまた聞いてきた。

「な、なんでって……だって友達とか、会えなくなっちゃうし……」
「なんで? 会おうと思えば会えるじゃん」
「それは、まあそうだけど……部活とかも……」
「あ、そうそう! 大学行ってもまたみんな誘ってバレーやろうぜ!」
「あ、う、うん……そうだね……?」

 明るい笑顔で「な!」と同意を求められるので、「うん」と答えてしまう。 光太郎は続けて卒業後にこんなことをしたいとかあんなことをしたいとか、いろいろやりたいことがあると話し始めた。 話を聞くにどうやら進学を選択したということは分かった。 志望校とか、聞いてもいいのかな。 一緒だったらいいのに、と思う気持ちが邪魔をしてなかなか聞けない。 わたしが聞きそびれそうになっていると、光太郎が「そういえばってどこの大学志望なんだっけ?」と聞いてきた。 恐る恐る大学名を言うと光太郎はけろっとした顔で自分の志望大学の名前を言った。 違う大学だ。 しかも場所、離れてる。 想像していた一番最悪な結果にショックが隠しきれない。 光太郎もわたしがそう落ち込んでいるのに気が付いたのか、「え、どうした?」と少しだけ心配そうな顔をした。

「……志望大学、離れてるね」
「ん? あー、まあちょっと離れてるかもなー」
「……あんまり会えなくなるじゃん。 さみしいなって、思わない?」
「え、思わないけど?」

 なんじゃそりゃ。 余計にショックだ。 わたしにとっては結構大きな問題だったのに。 光太郎はさっぱりしてるし、べたべたするようなタイプでもないから当然といえば当然、なのかな。 なんとなくもやもやしつつ「さみしくないんだ」とちょっと含みを持たせて呟いてみる。 光太郎は特になんの疑問も示さないままに「うん」と元気に答えた。 そんな無邪気な顔で「うん」って言われたらもう返しようがない。 ちょっとうつ向いたまま黙り込んだわたしの顔を覗き込んで、光太郎は「はなんでさみしいの?」と心から不思議そうに聞いてきた。 なんで、って。 今はほとんど毎日必然的に会えていて、一緒に登下校したりご飯食べたり気軽にできる。 でも卒業して学校が別々になるだけで機会は簡単に減るし、その上学校が遠いともっと減る。 それをさみしい以外のなんと言えばいいのか。

「よく分かんねーけど、がさみしいなら俺、毎日の大学に飯食いに行く」
「……は?」
「だってさみしいんだろ。 毎日会おうと思えば会えるし、がいいって言うんなら会いたいよ」

 にかっと笑う。 光太郎は冗談で言っている感じはなく、やっぱり嘘偽りのないまっすぐな瞳をしていた。 わたしが「でも部活とか」と言ったらはっとした様子で「そうじゃん練習試合とかあったら行けないじゃん、どうしよう」と慌て始める。 あわあわと一人で考えたのち「そのときはごめんな……?」ととんでもなく申し訳なさそうに謝ってくるものだから、面白くて。 そんな些細なことでぐじぐじさみしがっている自分が恐ろしくちっぽけに思えてしまった。


永遠の青空
Thanks 2nd Anniversary!