ぽつぽつと雨が降っている。
空は薄明るいのに。
通り雨だろうか、昇降口からそう空を見上げてため息を吐く。
ちゃんと毎朝天気予報を見てから家を出るのになあ。
雨が降るなんて一言も言ってなかったじゃないか。
わたしの横を置き傘をしてあった人たちがどんどん傘をさして帰っていく。 いいなあ。 置き傘はわたしもしていたのだけれど、この前使ってしまったっきり持ってくるのを忘れたままだ。 小雨だし、そのうち止みそうだし。 そう思って少し待つことにした。 くるりと方向転換して履いた靴をまた脱いで下駄箱に入れる。 上履きに履き替えてふらふらと校内へ入った。 友達はみんな部活だし、大体が運動部だからわたしの暇つぶしに付き合ってくれそうなあてはない。 困った。 そう思いつつふらふらと歩いていく。 ちょうど右手に階段が見えた。 入学して数ヶ月経ったけれど、この階段の先はなんだったかなあ。 そんな好奇心から階段をあがっていく。 特別教室とかそういうものが集まっていたんだっけ。 二階のフロアをそうっと覗き込むけれど誰もいない。 しん、と静まり返ったそれはなんとなく異世界のような雰囲気で少し面白い。 二階フロアを歩いていくと、突き当たりにまた別の階段を見つける。 そこの窓から見るに、どうやらテラスが上のほうにあるようだ。 たしかテラスは生徒も出入り自由な、ちょっと低めの屋上みたいなところだったはず。 屋根もあってそこそこ広いらしい。 教室があるフロアとこっちのフロアを繋いでいるんだっけ。 三年生の教室がある階からしか行けないからまだ行ったことがなかった。 再び好奇心に誘われて階段をあがっていく。 四階まであがってきて、テラスの入口を発見した。 発見した、のだけど。 窓から覗くと屋根のあるところに運動部の集団がいた。 どうやら休憩中なのかミーティング中なのか、といったような雰囲気だ。 窓が開いているので話し声がなんとなく聞こえるけど内容までは分からない。 何部だろう。 そう思って覗いていると、一人知っている顔を見つけた。 それと同時に向こうもわたしに気付いたみたいだった。 「、何してんの」 小学校からの幼馴染の京治くんだ。 一つ年上の一応先輩。 入学前に試しに「赤葦先輩」と呼んだから無視されたのでふつうに昔のままの関係が続いている。 京治くんの声に反応して他の部員の人たちまでこっちを見た。 声かけなくてもよかったんじゃないかな! 内心そう思いつつ「探検中!」と答えたら京治くんは「まさかとは思うけど迷子?」となんとも失礼なことを言ってきた。 「何してるの?」 「体育館が点検で使えないから校内で筋トレ中。 というかって部活なんだっけ?」 「帰宅部!」 「帰宅しろよ」 笑いつつ京治くんは「どうせ傘忘れたんだろ」と言って鞄を漁る。 どうせ、って失礼な。 間違ってはないんだけど。 京治くんの周りにいる人が「誰?」と不思議そうな顔をしている。 京治くんが「幼馴染です」と答えると、人懐こく笑う人が「おいでおいで〜」と手招きしてきた。 若干人見知りがあるので素直に言っていいのか動かないほうがいいのか悩んでしまう。 京治くんは鞄を漁り続けたまま「とりあえずこっち来たら」と言った。 その様子からしてどうやら休憩中みたいでほっとした。 いそいそとテラスに入ると京治くんの隣に座っていた人が「ちっさ?!」と大きな声で言った。 「赤葦の幼馴染ちっちゃ!」 「木兎さん、それ初対面でかなり失礼ですよ」 「あっごめん!!」 ぼくとさん、という名前には聞き覚えがある。 京治くんから何度か聞いたことがある名前だ。 ということは、この人がバレー部のえーす、とかいうポジションの人なのだろう。 よく分かんないから詳しくは聞かないでおく。 他の人たちからもいろんな質問をされたので答えていく。 その途中で京治くんはようやく探していたものを見つけたらしい。 「あったあった」と言いつつそれをわたしに手渡してきた。 ピンクの花柄の折り畳み傘……って、これ! 「わたしの折り畳み傘!!」 「返す」 「ちょっとこれ中学のときに失くしたと思ってたやつなんだけど?!」 「だから返すってば」 「返すの遅いって言ってんの!」 借りパクじゃんか! そう抗議したら京治くんは「忘れてた」とけろっとした顔で言う。 京治くんのそういうところ、昔からどうかと思うよ! でも鞄に入ってたってことは結構使ってたのかな? 身長180cm以上の男がピンクの花柄って。 恐る恐る聞いてみたら「ふつうに使ってたけど」という返答だった。 ぼくとさんが「赤葦たまに女みたいな傘だなって思ってたけどそういうことか」と言う。 これをきっと真顔でさしていたのだろう。 そう思うとなぜだかわたしが居た堪れない気持ちになった。 返そうと思っていつも鞄に入れていたのだけど結局忘れてそのままだったらしい。 傘を忘れた日はこれを使っていたんだとか。 約一年ぶりに手元に戻ってきた傘は特に汚れもないしきれいに折り畳まれていた。 「まあ俺のおかげで雨に濡れず帰れるということで」 「なんか納得いかない……」 「はいはい、またなんかお菓子買ってやるから」 「適当にあしらうな!」 京治くんは「はいはい」と再び言ってから「そういえば友達できた?」と突然話を変えた。 まるでわたしが友達を作るのが苦手みたいに言う! むっとしつつ「いるし」と返したら京治くんは笑った。 「中学入ったばっかのとき、”なんでわたし京治くんと同い年じゃないの”って拗ねてたよな」 「だ、だってすぐに友達できなかったんだもん……そのあとできたけど……」 「今回はすぐできてよかったじゃん」 にこりと笑う。 心配してくれていたのかもしれない。 そう思うと突っかかることもできない。 「うん」とだけ答えた。 でもなあ。 友達はできた。 できたんだけど、それでもなあ。 子どものころからわたしにとってこの一年の差はとんでもなく大きな壁だった。 壁というか溝というか。 友達と話すのは楽しいけど、京治くんと話すのはもっと楽しい。 きっとそう思っているのはわたしだけなのだけど。 子どものころからずっと頼りになる近所のお兄ちゃんって感じだったから、近くにいてくれると安心する。 同い年だったら同じクラスになれたかもしれない。 そう思うと悔しくなってしまうのだ。 いいな、って京治くんのクラスメイトを見るといつも思っていた。 「まあ、なんかあったら二年の教室のとこ来ればいいし」 「傘忘れたときとか」と茶化すように笑う。 子どものときと同じ顔だ。 憧れに似たこの気持ちのことを、京治くんはなんて思うだろうか。 返してもらった折り畳み傘をぎゅっと握る。 片手で京治くんの頭にチョップを入れると、「え、なんで?」と首を傾げられた。
憧れさえもいつか呪って
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