「ハッピーゴールデンウィーク!」

 どんな乾杯の挨拶なの、それ。そうけらけら同輩みんなで笑うと、天童は「いや〜久しぶりの日本、イイネ!」と店の天井を見上げる。地球を抱きしめんばかりに両手を広げると「みんな揃ってよかったよ〜!」と笑顔を向けてくれた。
 瀬見が幹事を務めている今回の飲み会。それぞれの代で机に固まって座っているのだけど、さっきから天童がきょろきょろとあっちを見たりこっちを見たりと忙しない。喋りたい人がたくさんいてどこから行こうか迷っているのだろう。山形と瀬見も同じ様子だ。わたしは大平と、本当に久しぶりに会った牛島の三人で近況を話しつつゆっくり飲んでいる。
 天童たち三人が一つ下の代のテーブルに乱入したらしい。ギャアギャアと騒がしい声が店内に響くと、大平がそっちに目を向けて「変わらないな」と笑う。「だねえ」と返すと、牛島も小さく頷いた。

「お、白布の腕時計が新しくなってる!」
「うるさいんですけど。あまり近寄らないでください」
「ひどくねえ?」
「瀬見さん、それあれですよ。あれ」
「あれ?」
「今日、白布誕生日なんですよ」

 川西の声にぴくり、と耳が反応して手が止まった。それを見た大平が「なるほどな?」と頬杖をつきながら笑う。牛島は分からないという顔をしているくせに「なるほどな」と大平の真似をして言った。うるさい。そういう意味を込めて大平と牛島の足を軽く蹴っておく。大平は笑うだけだけれど牛島は「痛いぞ」と真顔で言うものだから、「ごめんなさいね!」と照れつつ謝る羽目になってしまった。

ちゃんセンスいいね〜! ちゃんさすが賢二郎に似合うもの何か分かってるね〜!」
「それが選んだやつか! 前付けてたやつと系統が違うわけだわ」
からの誕プレか。 よかったな白布」

 とんでもなく楽しそうにからかってくれる。絶対に振り返らないようにしながらビールを一口。そんなわたしを牛島が繁々と見て「が選んだのか」と真顔で聞いてくるものだから。こっちはからかう気持ちがないだけにスルーしにくい。絞り出すように「そうですけど」と言ったら、牛島は「そうか」とだけ返してきた。やりづらい。天童たちくらい分かりやすく茶化してくるならこっちもそれなりに雑な対応ができるのに。

「てかいつもらったの? ついさっき?」
「太一、おバカさんだネ〜。日付変わったと同時に決まってるでしょ〜」
「え、なんで分かるんですか」
「だって賢二郎とちゃん、今日一緒に来たし同じシャンプーの匂いするもん」
「うわ、やらしいな白布……」
「大人になったな白布……」
「黙ってもらっていいですか。あと天童さん、匂い嗅がないでください」
「あ、そうだよね。ちゃんに近付くなってことだよね? ごめんね?」
「うるせえって言ってんですよ」

 きゃっきゃと天童が楽しげに笑うと今度はこっちにやってきた。嫌な予感。でも、天童にはいろいろ協力してもらったところがあるのでなんとも拒否しがたい。黙ってビールを飲んでいると天童がわたしの顔を覗き込んで「ホワイトデーだ?」と言った。それにびくっと反応してしまう。大平が「何がだ?」と首を傾げる。牛島も同じく。そんな二人を笑いながら天童が「え、これ」とわたしの髪についているバレッタを指差した。めざとい。ふつう、気付かないでしょ。

「前つけてたのと違うな〜って!」
「お前よく気付くなあ」

 瀬見が白布の横でけらけら笑う。白布がその脇腹を肘で結構な勢いで突いた。瀬見が脇腹を押さえながら「先輩なんだけど俺!」と余計に笑った。楽しそうで何より。わたしは天童から顔を背けて「そうですけど」と返しておく。全力でからかいにくるじゃん。恥ずかしいからやめてほしい。いや、いろいろ、感謝はしてるけど。
 ホワイトデーの数日前に、白布にお返しに何がほしいかと聞かれた。いろいろ考えたらわけが分からなくなった、という説明付きで。ちょっと笑ってしまいつつ考えた結果が、バレッタだった。白布が卒業式のときにくれたものはもうだいぶ使い込んで金具が汚れてしまっているし、もう少しで壊れてしまいそうになっている。壊れてしまう前に新しいものをくれたら嬉しいな、と思って。そう言ったら「なんか遠慮してません?」と少し不満そうに言ったけど、本当に遠慮なんて一つもしていない。それが本当にほしいと伝えたら、ホワイトデー当日にバレッタとお花を送ってくれた。配達員の人から玄関で受け取ったとき、お花までくれるなんて思わなかったからすごく驚いたなあ。

「一人ではろくに何色がいいのかも分からなかった白布が……感慨深いな……」
「黙れリピート四年生」
「お前そのワード気に入ってんの?」

 その話はちょっと、興味がある。あとで川西に教えてもらおう。そう思っていると瀬見が立ち上がり、白布の腕を引っ張った。「ちょっとなんですか」と嫌がる白布を知らんぷりして「事情聴取」と言ってずるずるこっちへ連れてくる。白布をわたしの隣に座らせると、瀬見は牛島の隣に座った。天童も白布の隣に座ると、面白がって山形と川西、そわそわしている五色も交ざってくる。

「告白の言葉は?」
「うるさいです」
「若利くん、これ聞いて」
「どういうところが好きなんだ」
「………………かわいいところですかね」
「若利これも聞いて」
「これも」
「これもお願いします」
「牛島さんに聞かそうとしないでください。もう答えません」

 けらけらと周りのみんなが笑う。わたしと白布だけちょっと視線を下に向けて誰とも目が合わないようにしている。ふつうに恥ずかしい。教えてもらった話だけど、ここにいるほとんど全員白布とわたしがお互いのことが好きなのにすれ違っていたことを知っていたらしい。付き合うことになったと報告したら、もどかしくてたまらなかった、と文句を言われたっけ。特に天童と川西。この二人は定期的にからかいの電話やメールを送ってくる。
 どうにかして話題をそらしたい。そう熱くなる顔を誤魔化すようにお酒を飲んでいると、じっと天童に見られていることに気が付いた。白布越しに。なに、まだからかい足りないの。そう少し睨んだら、にこっと笑いかけられる。

「フラれたくないから。見てるだけで良いの」
「……え、何?」
ちゃんが高校のときに言ってたやつ〜!」

 天童はちょびっとだけお酒を飲んで、今度は白布の顔を見た。そうして「砕かれるくらいならこのままでいいです、だったよね〜」と懐かしそうに言った。なにそれ。わたしが首を傾げるより先に白布が「よく覚えてますね、そんなこと」と言ったからなんとなく意味が分かってしまう。でも天童がどうしてそんな昔の発言を蒸し返したのかは分からない。瀬見と山形が「言ってた言ってた」と笑うのを横目に、天童は楽しそうにわたしと白布を交互に見て、またにこっと笑う。

「よかったな〜と思って」
「……どうも」
「あ、ありがとう」
「ウンウン、おめでとうだよ本当に」

 しみじみ言われると、素直に嬉しい。照れながらようやく顔を上げると「で、なんて告ったんだ?」とからかいモードに周りが戻る。それにため息をつきつつ、笑ってしまった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 暖かくなってきた風。それを感じながら歩く夜道は、いつもより星がきれいに見える気がした。寒い日のほうが星はきれいに見える、とよく言うのに。不思議だけれど、本当にいつもよりきれいに見えて。白布の手をきゅっと握ってぼけっと空を見上げた。
 ゴールデンウィーク、初日は実家に帰ったけれどそれ以降は白布の家に泊めてもらっている。白布はレポートや課題があると言っていたから、少し会えればいいよとわたしは言ったのだけど。白布が「必ず一日で終わらせるので」と言うものだから、うっかり家に上がらせてもらっている。正直ちょっと、そうなればいいなって思ってたから。白布の誕生日もあるし。本人には言わなかったけど。
 飲み会が解散して、外でも散々からかわれた。静観していた大平まで最終的にはからかい組に参加していたし、牛島を使った質問攻撃に白布は終始たじろいでいた。それがちょっと面白くてわたしもからかい組に少しだけ混ざったら少し怒られてしまって。さっきまで白布は拗ねていた。ようやく機嫌が直ったみたいでほっとしているところだ。
 飲み会のことを思い出して笑っていると、白布がぼそりと「やっぱり、もらいすぎじゃないですか」と言った。まだ言ってる。わたしが日付が回ると同時に渡した腕時計。白布が元々付けていたものが調子が悪いと言っていたから選んだのだけど。ちょっといいブランドのものを選んだことが少々ご不満らしい。デザインは気に入ってくれたけど。ホワイトデーにわたしがほしがったのがバレッタで、わたしがプレゼントしたのが腕時計。時計のほうがお値段的には高い。分からないけどたぶん白布としては気になるところなのだろう。そう考え至って「でも長く使えたほうがいいでしょ?」と笑ったら、白布は「それはもちろん有難いんですけど、それじゃなくて」と少し照れくさそうに言った。あれ、予想が外れたみたいだ。何のことだろう。そう首を傾げたら、ちらりと視線だけがこちらに向く。

「くれたじゃないですか、もう一つ」
「え、プレゼント? 時計以外渡してないけど?」
「それのあとですね」
「…………すけべ。あれは、別に、プレゼントとかじゃないでしょ」

 思い出させないでよ。そう繋いだままの白布の手ごと白布の横っ腹を叩く。白布は「くれたみたいなものじゃないですか」とわたしの手を握り直す。ちょっと照れて目をそらしてしまう。だって、嫌じゃなかったし、嫌なわけないし。そもそもあげたんじゃなくて、どっちかって言うと奪われたんですけど。そう声には出さないけど心の中で文句を言っておく。
 ぼそりと「準備してたくせに」と言ったら、白布はびくっと少し指先を震わせる。白布の家に行く前にコンビニに寄った。白布も飲み物を買うと言うから別々に店内を回って別々にお会計をした。そのときは全然気が付かなかったけど、そのとき、ちゃんと買ってたくせに。そうぼそぼそと追及してやる。白布は「まあ、はい」と言ったのち、目をそらしたままのわたしの顔を覗き込んで「でも」と小さく笑った。

さんも準備してたじゃないですか」
「何を?」
「白でしたね」
「……べ、別に、白も、持ってるだけ、だよ」
「俺、前に何色が好きか聞かれたときに白って答えましたよね」
「……偶然です」
「何色でも好きですよ」
「偶然だってば!」

 白布は「そうですか、とんでもなく嬉しい偶然ですね」とわざとらしく言って前を向き直す。余裕ぶっててちょっとムカつく。びっくりするくらい照れたり焦ったりしていたくせに。言ったらそれ以上に言い返されそうだったから黙っておくけど。
 気を遣ってくれたのかどうなのか、またしても白布の大学の最寄り駅付近で行われた飲み会。二人で歩いて帰ることが出来る距離だ。白布のアパートの階段を二人でゆっくり上がる。白布がポケットから鍵を出すと慣れた手つきで鍵を開け、ドアを開けてくれた。一度手を離してから「お邪魔します」と言ったら白布が「どうぞ」と言いつつ鍵を靴箱の上に置く。
 十一時五十三分。もう少しで五月四日が終わる。明日の夕方に新幹線で東京に帰る予定だ。また仕事だなあ、と内心ぼやきながら座ったらため息が出てしまった。白布は「疲れました?」と言いながら荷物を置いて隣に座る。

「いろんな意味で疲れたかな」
「ああ……まあ、予想はしてましたけどね」
「楽しそうだったねえ、みんな」
「酒の肴になっただけでしたね、俺たち」

 白布も小さく息を吐いてから「まあ、俺は嫌ではなかったですけど」と言った。嘘だ、ずっと鬱陶しそうにしてたくせに。そうちょっと笑ってやる。あんなに散々からかわれて白布がイラつかないわけがない。高校時代は瀬見たちにちょっとからかわれたら面倒くさそうにしてたくせに。そう言ったら白布は「面倒でしたけど、気分は良かったですよ」と一つあくびをこぼす。
 ふと、飲み会の中盤に隣に来てくれた川西に教えてもらった話を思い出す。白布が卒業式にくれたバレッタを買いに行った話。白布はお姉さんがいるという川西に電話をかけて、「女子が好きな色って何色だ」と聞いたらしい。それだけでもう十分面白かったけど、そのあとに川西に淡々といろいろ言われている間、あの白布が素直に話を聞いていたというのだからおかしくて。川西とは仲が良いからか結構ズバズバいろいろ言うのに。「うん」とか「そうか」とか、そんな返答ばかりで面白かったと川西が教えてくれた。面白くて笑ってしまったけど、ちょっと、きゅんとした。そのときのバレッタは白布がくれたクッキー缶に大事にしまってある。特別な日にだけ付けたいな、とこっそり思っている。壊れてしまっても捨てることはないだろう。ずっと大事に大事に持っているつもりだ。

さん、ベッド使ってください」
「……うん?」
「いや、これシングルなんで。狭いじゃないですか。無理させたのでゆっくり寝てください」
「ううん、狭くていいよ」
「……何もしない自信、ないですけど。いいんですか」
「いいよ」

 白布が少し固まった。じっと一点を見つめる横顔を見つめていると、白布がちらりと横目でわたしを見た。数秒間沈黙があってから、視線が元に戻っていく。立ち上がりながら白布が「風呂、溜めてきます」と言う。耳赤いよ。内心そう指摘しておく。お風呂場へ歩いて行く白布の背中をじっと見て、一つ息を吐く。結構、思い切ったことを、言った。でも言われっぱなしもやられっぱなしも悔しくて。どきどきさせたかったから言ったのだけど、成功したみたいだった。嬉しい。そう一人でにやけてしまった。
 不思議。夢みたい。もうどれだけそんなことを心の中で言ったか数え切れない。こんなふうになれるなんて思ったこともなかった。願ったことさえ、ほとんどない。そんな今がここには確かにある。もうこれ以上はないって毎日思うけど、毎日昨日を超えていく。こんなことがあっていいのかなって思うくらい毎日浮かれている。東京にいても毎日そんな感じで、わたしはばかになってしまったのかと心配になるほどだ。
 七月に仙台支社へ異動することが正式に決まった。白布にはまだ教えていない。今はこっそり家探し中だ。言ったらどんな顔をするかな。喜んでくれるかな。それが最近の一番の楽しみだ。
 白布がお風呂の準備を終わらせて戻ってきた。腕まくりしていた袖を直しながら「何笑ってるんですか」と声をかけてくる。わたしの隣にまた座りながら顔を覗き込んできた。対抗して白布の顔を見つめ返す。それに気付いた白布が少し視線をそらす。机の上に置いてあるデジタル時計。あと十秒で日付が変わる。十、九、八、七、六、五、四、三、二、一。日付が変わる直前、白布の唇を奪ってやった。驚いて目を丸くした白布の視線がわたしに向く。はじめてわたしからキスをした。固まっている白布に「ハッピーバースデー」と笑いかける。ぴくり、と少し反応してからすぐに目をそらされた。「いや、だから、もらいすぎですって」と左手で顔を覆って小さな声で言う。かわいい白布もまだいた。そう白布の頭をくしゃくしゃ撫でながら言ったら「かわいくないです」と少し避けられた。
 白布は立ち上がりながら「好きなの着てください」と言う。スウェットとかジャージとか何着か出してくれた。それをお礼を言って拝借する。ちょうどお湯が溜まった音が聞こえた。「先どうぞ」と言ってくれたので、借りた服を諸々を持って立ち上がろうと、したら、腕を掴まれた。ちょっとバランスを崩しそうになったのを白布が抱き寄せると、軽く唇が触れる。すぐにぱっと腕を離されたのでぽけっと白布の顔を見てしまった。白布は赤い顔のまま「本当、知りませんよ」とちょっとだけ低い声で言う。ちょっと悔しそうな顔をしてじっとわたしを見つめると、また口を開いた。

「何しても文句言わないでくださいよ」

 そう、内緒話をするみたいに言って、そっぽを向いてしまった。何されても文句言わないよ。当たり前でしょ。そう言おうとしたけど、うるさい心臓の音が邪魔をして言えなかった。
 照れくささから逃げるようにお風呂場へ入って、へなへなと座り込む。何しても、って、何するんだろう。どんな顔して出て行けばいいのかな。そうどきどきしていると、給湯栓を閉めろと催促の音。慌てて給湯栓を締めてから一つ深呼吸。白布、今どんな顔してるのかな。ちょっと見たいけどわたしの心臓はもう結構いっぱいいっぱいで。諦めてお風呂に入ることにした。いつかきっと見られる。この先も白布がわたしの隣にいてくれるなら。いてほしいな。できればずっと。そうこっそり祈っておいた。


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