クローゼットの奥にしまい込んだ、お気に入りだったワンピース。小さい花柄がかわいくてお店で試着したら、母親もかわいいと言ってくれて買ってくれたのだ。レトロな襟のあるワンピース。久しぶりに引っ張り出しても、やっぱりかわいかった。
 昨日のうちに準備しておいた鞄を持って、勉強机に目を向ける。飾ってあるウサギのキーホルダー。それをじっと見てから、手を伸ばした。どうしようかな、と悩んで、鞄の中に入れていることが多い財布なら落とす心配はないだろうと思い至る。財布にウサギのキーホルダーをつけて、しっかり鞄にしまった。
 リビングにいる両親に「友達と映画行ってくる」と声をかけたら、ちょっとびっくりした顔をされた。何かと思っていると母親が「そのワンピース、久しぶりに見たわ」と言った。父親も「そうだな」と驚いている。急にかわいい服やものをほしがらなくなったことを不思議に思っていたのに、急にまた復活したからだろう。「ちょっと、久しぶりに着てみようかなって」と誤魔化してみたけれど、母親は目ざとい。「もしかして彼氏できた?」とからかってきた。父親は母親のその言葉に「そうなのか」とちょっと怖い顔をわたしに向けたけど、聞こえなかったふりをしてドアを閉めた。大急ぎで靴を履いて、リビングのドアが開く前に玄関をのドアを開けた。帰ったら問い詰められるかも。そうげんなりしたけど、今はそれより待ち合わせ時間のほうが大事だ。ダッシュでバス停に向かった。



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 待ち合わせ場所についたら、すでに到着している川西くんを見つけてしまった。待ち合わせ時間十分前。スマホを見て壁にもたれ掛かっている川西くんは、背が高いからなのか私服だからなのか、ちょっと大人っぽく見えた。それに比べて、ちょっと子どもっぽいかな、わたし。自分のワンピースを見下ろしてそう思ってしまう。そもそも、急にこんな女の子っぽい格好で来たらびっくりされるかな。いろいろ不安になってきたけど、もう引き返すことはできない。恐る恐る川西くんに近付いていくと、パッと川西くんが顔を上げた。そうしてすぐ、こちらに顔を向ける。バチッと目が合うと、川西くんが瞬きをしなくなった。

「あ、あの、ごめん、待たせちゃって」
「それは全く大丈夫」
「へ、変?」
「いやめちゃくちゃかわいくてびっくりした」

 わたしのほうがびっくりした。川西くんはじいっとわたしのことを見て「かわいい。え、かわいいな」と呟く。あまりに言葉の勢いがすごくて呆気に取られつつ、かあっと顔が赤くなった。う、嬉しいけど、恥ずかしい。川西くん、そういうの言ってくれるタイプなんだ。意外なような、イメージ通りでもあるような。
 とりあえず映画のチケットを買うために販売機の列に並ぶ。いいところの席空いてるといいね、と声をかけるのだけど、川西くんが「うん」と心ここにあらず、みたいな声でしか返事をしてくれない。ひたすらじーっとわたしのことを見ているものだから、恥ずかしすぎて。

「あの、先に宣言しとくんだけど」
「何?」
「俺、彼女のことはめちゃくちゃ甘やかして好きとかかわいいとか全部言いたいタイプだから」
「……そ、そうなんだ……?」
「彼女いたことなかったけど、そういうタイプだろうなって自分でなんとなく思っててさ。今日確信したわ。そういうタイプです、俺」
「そ、そう、ですか……」

 心臓に悪いタイプだ。そんなふうにちょっと顔を背ける。いつも一つくくりにしかしていない髪をちょっとだけ編み込んできたのだけど、それが見えたらしい川西くんが「うわ髪型もかわいい」と言ったものだから、どこを向いていいのか分からなくなった。
 順番が回ってきて、席も無事に空いていた。二人分買ってから今度は飲み物とポップコーンを買うべくまた列に並ぶ。川西くんはその間もずっとわたしのことを見ているものだから、本当にどうしていればいいか分からなくて。でも、嫌とかそういうのじゃなくて、なんか、くすぐったいというか。やめてって言うのも違うし、かといってこのままだと恥ずかしいし。一人でそんなふうにそわそわしていると、川西くんが小さく笑った。

「何してもかわいいんだけど。どうしよ」

 川西くんの声が聞こえたらしい近くの女性が「高校生かな、かわいいねー」なんて微笑ましそうに言ったのが聞こえた。恥ずかしい。恥ずかしいけど、そりゃあ、好きな人にかわいいって言ってもらえて、嬉しくないわけはなくて。いや、でも、やっぱり恥ずかしいからちょっと勘弁してほしい。熱い顔を隠すように俯いてしまうと、川西くんがまた笑った声が聞こえた。お願い、ちょっとだけでいいから、川西くん、こっち見ないで。絞り出すような声で言ったら「照れてるのもかわいい」と楽しそうに言われてしまった。

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