進級してから仲良くなってくれた二人と一緒にいることが多くなった。二人とも、元々わたしがあの派手な子たちと一緒にいることは知っている。でも、どうやらわたしが無理をして一緒にいるのでは、と思ってくれていたという。佐久早くんとのこともあの子たちに言われてやったんだろうと思ってくれていたそうだ。「さん、そういうことしそうな子じゃなかったから」と言われて本当に嬉しかった。
 佐久早くんと、三年生になって同じクラスになった。もちろん話すことはないし関わりもない。わたしが勝手に気まずく思っていることも相まって、まったく何もないままだ。佐久早くんにとってはそれが一番平和なことだろう。わたしみたいな情けないやつを相手にしている時間なんかないに決まってる。
 それでも、わたしは、どうしても佐久早くんが気になってしまう。わたしのほうが佐久早くんより席が後方だ。黒板を向けば佐久早くんの背中が目に入る。少し丸まった背中とくせっ毛の黒髪。それが視界に入るたび、つい目で追ってしまうのだ。
 決して、これは恋などではない。わたしは佐久早くんに恋をする資格がない。無関係な佐久早くんに迷惑を掛けただけのクラスメイトAでしかない。あの日の罪がわたしに変なバグを生んでいるだけ。佐久早くんへの罪悪感が視線に出てしまっているだけなのだ。



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 放課後、友達と昇降口へ向かって歩いているときだった。「あ」と声を上げた友達が慌てた様子で「ごめん、先帰ってて! 後輩と約束してたの忘れてた!」と言って来た道を端って戻っていく。廊下を走ると教頭先生に怒られるよ、と笑いながら背中に投げかけると友達が足を止めてから早歩き。それが面白くて笑ってしまいつつ、お互いに手を振ってそこで別れた。
 ここ最近は一人で帰ることもあまりなかったから少し寂しい。学校指定の鞄をきゅっと握り直して顔を前に向ける。昇降口には帰っていく人や部活へ行くらしい人が賑やかな様子でいる。自分のクラスの下駄箱のほうへ歩いて行き、静かなそこへ入った瞬間、思わず「あ」と声を出してしまった。
 佐久早くんがいた。自分の靴入れを開けて、ちょうど靴を履き替えようとしている。制服を着ているし鞄も持っている。恐らく今日は部活が休みなのだろう。昇降口で会うのははじめてだ。そんなシチュエーションに一人で緊張してしまう。
 わたしの靴入れは佐久早くんの斜め上。佐久早くんがいるとうまく開けられない位置にある。佐久早くんが去るまで大人しく待っていようと下駄箱の入り口付近で固まったままでいると、佐久早くんがこちらを見た。気怠そうな視線はすぐに靴入れのほうへ戻り、さっさと自分の靴を履いて上履きを中へ仕舞う。静かに靴入れを閉めた佐久早くんは、何もなかったように歩いて行った。
 その背中を見つめながら、なんだかふわふわとした気持ちで自分の靴入れの前に立つ。靴入れを開けて自分の靴を取り出し、それに履き替えてから上履きを仕舞う。靴入れを閉めてから、先ほど佐久早くんが歩いて行ったほうへ顔を向けると、もう、佐久早くんはいなかった。
 やっぱりどうしても目で追ってしまう。何をしているのか気になって、何を見ているのか気になって、どうしてなのか佐久早くんのことが気になって。迷惑をかけた罪悪感から気にかけてしまっているのかもしれない。でも、なんだかそうじゃない気がしている。
 ああ、これはきっと、良くないものだ。直感でそう分かる。もう佐久早くんと関わろうなんて思わないほうがいい。また周りに面白がられて佐久早くんを巻き込むだけだ。佐久早くんにとってわたしは、同じ教室にいるだけのただのクラスメイトなのだ。話すことも気にすることも何一つない、ただの。漫画でいったら佐久早くんは名前がちゃんとあるキャラクターで、わたしは名前さえもないモブキャラクター。どう頑張ったってそれは変わらない。
 嬉しかったのだ。佐久早くんからすれば鬱陶しくて言っただけの言葉だったと思う。けれど、嫌われたくなくて命令されたことを黙って聞いていたわたしに、自分の頭で考えて行動しろと言ってくれたことが。わたしはわたしの意思で行動してもいいのだと目を覚まさせてくれたその言葉が、今でもわたしの中にある。
 これはわたしの秘密だ。佐久早くんに言うことはない。全部、一生わたしだけの秘密にしなくてはいけないものなのだ。


ヒロイン わたしのひみつ

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