わたしはあまり人に好かれない性格、だと思う。おどおどしていて、いつも不安げで、心配性で鬱陶しい。両親からも呆れられることが多々あった。忘れ物がないか不安で遠足の前日に眠れなくなる。ちゃんとできるか心配でピアノの発表会の直前に腹痛になる。何気なく言った言葉が友達を傷つけたのではないかと不安になってしばらくよそよそしくしてしまう。そんなことばかりの日々。
 幸いにも優しい友達と出会うことができ、小学校のときはそれなりに楽しく過ごせた。両親もわたしの性格を「悪いことではない」と言って笑ってくれる。優しい人に囲まれて、とても恵まれているなといつも実感した。
 けれど、中学校に進級して、ガラリと生活が変わってしまった。仲良しの子は私立の女子校に進学したため学校が別々になった。同じ小学校だった子と知らない子たち。新しく友達を作らなくてはひとりぼっちになってしまう。そう焦っていたわたしを仲間に入れてくれたのは、ちょっと派手めなグループの子たちだった。所謂ギャルと呼ばれるタイプの子たちだ。明るくて賑やかで、軽い感じで声をかけられたときは少しびっくりしてしまった。言葉がつっかえてしまったわたしを大笑いして「きょどりすぎなんだけど!」と言ってやけに面白がってくれた。それがきっかけでグループに入れてもらうようになった。
 席を取っておいてと一人で取り残されたり、荷物を持ってと言われて帰り道に荷物を持ったり。端的に言えば、ぱしりのような存在だった。嫌われることが怖くて断れない。もし断ったとしてこれからも仲間に入れてくれるのかが怖い。そんな思いに囚われて言いなりになっていた。
 中学二年生の十月。いつも通りグループにくっついて歩いていると、リーダー格の女の子が「最近つまんなくない?」と言った。それに他の子も「つまんな〜い」と軽く返し、何か面白いことをしようという話になる。わたしもそれをうんうん聞いてにこにこ笑って合わせていた。

「あ、そだ。いいこと思いついた」
「なになに? 何すんの?」
さ、サクサに告ってきてよ。あたしら見ててあげるから」

 他の子がバケツをひっくり返したみたいに笑った。「何それウケる、面白そう」と言って。わたしはリーダー格の子のトートバッグを左手に持ち替えながら「え?」とまぬけな声を出してしまう。サクサに告ってきてよ。その言葉の意味がすぐには理解できなかった。
 サクサ、というのは隣のクラスの佐久早聖臣くんのことだろう。佐久早くんはとても背が高くてバレーボールが上手な男の子なのだけど、ほんの少しだけ変わっている人だ。人に興味がない上に嫌悪感を抱きやすいようで、あまり人を寄せ付けない印象。無駄話を振ろうものなら冷たくあしらわれる。かっこいいと騒いでいた女の子たちももう誰一人としていない。怖がっている子もいれば、憎らしそうにしている子もいる。そんな人だ。
 佐久早くんは大人しいし、あまり喋らないから気が合うだろう。みんながそう言った。だから告白したら案外すんなりオッケーもらえるかもしれないじゃん、と。そんなわけがない。ただでさえ人にあまり干渉しない佐久早くんが、わたしみたいなおどおどした人を相手にするわけがない。そうやんわり言うと、リーダー格の子が、じろりとわたしを睨んだ。「え、何。つまんないって言うわけ?」と、鋭い声色で言われて、心臓を突き刺されたような感覚があった。
 一人になりたくなくて、勝手に言葉が出た。「分かったよ、怒らないで」と。そんなわたしを見て満足そうに笑ったその子が「じゃ、明日の放課後で!」とおかしそうに笑って他の子と別の話を始めた。どうしよう、と心の中で呟いたけれど、これで仲間はずれにされることはないと安心する自分もいた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 翌日。みんなに言われて嘘のラブレターを書いて、それを佐久早くんの下駄箱に入れた。ラブレターの内容は、話したいことがあるからこのあと校舎裏に来てほしい、というものだ。みんなは校舎裏の死角からわたしの告白を見ている、と言って先ほどから隠れている。ぽつんと一人校舎裏に取り残されたわたしは、嘘なのに心臓が痛いほどどきどきしてたまらなかった。
 けれど、待てど暮らせど佐久早くんは来なかった。手紙に名前は書かなかった。誰か分からない呼び出しには応じない、というのも変な話ではない。少しだけほっとしているわたしをよそに、グループのみんなは苛立っていた。「サクサマジでないわ」という理不尽な文句がこそこそと聞こえてくる。
 このままどうか、佐久早くんが来ませんように。そう祈ったわたしの思いはどうやら届いたらしい。どんどん暗くなっていき、グラウンドから野球部の練習の声が聞こえてくる。どれだけ待っても、佐久早くんは来なかった。
 みんなも諦めて「今日はもう帰ろ。萎えたわ」と隠れるのをやめてぞろぞろ出てきた。わたしの横を通り過ぎながら「マジつまんねー」と言って、ちらりとわたしを見る。「明日やり直しね〜」と言われて、また心臓が痛くなってしまった。



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「……何? 誰?」

 予想以上に冷たい声が、耳に突き刺さる。ごくりと唾を飲み込んだわたしをたたみかけるように「黙られても困るんだけど」とうんざりした声が聞こえてきた。
 また、断れなかった。ラブレターでだめなら直接本人を捕まえるしかない、と言われてしまったのだ。放課後だと逃げられるかもしれないからお昼休みにすればいいじゃん、と言われて、ざわついている教室で佐久早くんに声をかけている。教室の出入り口からみんなが「頑張れ〜」と面白おかしく騒いでいる。それが余計に心臓を痛くさせてたまらない。

「と、隣のクラスの、、です」
「何の用。何かあるなら早く終わらせてほしいんだけど」

 苛立っているのがよく分かる声色だった。怖い、けど、何も言わずに帰るほうがもっと怖い。後ろでキャアキャア騒いでいるみんなの声がどうしても耳から離れなくて、ぎゅっと拳を握りしめた。

「あの、その……さ、佐久早くんのことが、好き、です。その、わたしと……」
「無理。それだけならもう自分のクラスに戻れば。こっちも迷惑なんだけど」

 ぴしゃり、と突き放すような声だった。これまで人にそんな言われ方をしたことがあまりなくて、体が固まる。怒らせてしまった。これまで人を怒らせることが怖くて慎重になっていたのに、こんなくだらないことで無関係な人に迷惑をかけて怒らせた。それが、自分の中で、ひどくショッキングだった。
 教室の出入り口にいたみんなが教室に入ってきて「ちょっといくらなんでもそれはひどくない?」とわたしの肩に腕を置いて言った。佐久早くんは気怠げに視線を挙げて、すぐふいっと視線を逸らす。見たくないものを見た、というような横顔だった。そんな様子の佐久早くんに気付いた一人が「こいつマジでないわ」と大きな声で言った。

「大体さ、女の子が告白してきてんのに恥かかせるってどうなわけ?」
「そーそー。みんな見てる中でひどくない?」
「せめてやんわり断るとかできないわけ? 男としてないわー」

 つらつらと文句を言う。佐久早くんは目も向けないまま机に頬杖をついて黙っている。わたしはみんなと佐久早くんの間であわあわしてしまって、何も、言えないままだった。
 佐久早くんがちらりとわたしを見た。ばちっと目が合ってしまって、どきりと心臓が飛び跳ねる。わたしのせいでこんなことに巻き込んでごめんなさい。そう思いながらも言葉にはできない。

「お前らにそんなこと言われる筋合いないんだけど」
「は?」
「都合良く使ってるやつをおもちゃにして見世物にしたのはそっちだろ。俺に責任を押しつけられても困る」
「はあ?! 何言ってんの、こいつ!」
「お前もお前だろ。こんなやつらといて何の意味があるの。少しは自分の頭で考えて行動すれば」

 佐久早くんが静かに立ち上がる。「もう行っていい? いい加減鬱陶しいんだけど」と嫌そうな顔をみんなに向けた。リーダー格の子がちょっと言葉に詰まってから「もういい! 行こ!」と佐久早くんに背中を向けて歩いて行く。慌てて他の子もそれについて行くからわたしも慌ててついて行こう、として、一度佐久早くんを振り返った。みんなに聞こえないくらいの声で「ごめんなさい」と謝ってから、背中を向けた。
 廊下に出ると同時に教室内からたくさん声が聞こえてくる。「あいつらのほうがないだろ」とか「やっぱあの子たち最低だよね」とか。そんな声を背中に受けながら、一人で俯いてしまう。ああ、わたしはやっぱり、良くないと思うことは、したくない、なあ。断ればよかった。断らなくてはいけなかった。そう、とても、後悔していた。


ヒロイン にせものまみれ

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