darling

0930いちねんめ

※主人公視点です。
※主人公一年、木葉二年のときの話です。
※まだあまり仲良くなっていない時期なので主人公の雰囲気が本編と違います。
※諸々捏造しています。


 梟谷高校男子バレーボール部マネージャーとして活動して半年以上が経った。
 夏休みが終わり、新学期を迎えてわたしは少しだけブルーになっている。夏休み中にバレー部の合宿があったのだけど、そこでもうまく木葉さんと話をすることができなかった。それどころかタオルを貸してもらったあのときのお礼を言おうと思っていたのにそれすらも言えていないまま。お礼を言いたくてここまで来たのに。逆にお礼を言わなくちゃいけないことが増えてしまっていた。
 まだマネージャー業に慣れず困っていたとき、木葉さんが助けてくれたのだ。あの日駅で助けてくれたように、ごく当たり前のように。きっと木葉さんは誰にでも同じようにするのだろう。それでもわたしにとってそれはあまりにも特別なことで、やっぱりお礼を言えていないことにもやもやしてしまう。このままじゃあの日お礼を言えなかった自分のままだ。そう思うと少し焦りすら覚えてしまう。

ちゃん! ごめんちょっと手伝ってもらっていい?」
「はい!」

 ぼんやりしながらボトルを洗っているところをかおりちゃんに呼ばれた。ちょうどボトルはほとんど洗い終わっていたところだし、もう練習も終わっている。あとで残りは洗おう。そう思ってきゅっと水道をとめてかおりちゃんの元へ走った。
 かおりちゃんに連れていかれたのは部室だった。普段はあまりマネージャーが入らない選手が使う部室だ。はてなを飛ばしつつ中に入ると、中には何人かの選手たちと雪絵ちゃんが何か作業をしている。よく見ると選手たちの手にはクラッカーが握られていて、雪絵ちゃんは紙袋を畳んでいるところだった。何かお祝い事でもあるのだろうか。不思議に思っているとかおりちゃんが三年の先輩に声をかけている。きょろきょろしていると雪絵ちゃんが「あ、そっか」と言ってわたしに説明してくれた。

ちゃん、相談してるときいなかったもんね」
「相談? 何のですか?」
「今日木葉の誕生日だからサプライズしようって話になってるんだ~」

 サプライズの段取りを教えてくれたけど正直頭に入ってこなかった。今日木葉さん誕生日なんだ。知っていたとしてもそこまで仲がいいわけじゃないわたしが何かできるわけじゃないけど、ちょっとだけ残念な気持ちになってしまう。
 クラッカーを受け取ろうと手を伸ばす。けど、クラッカーを渡してくれる気配がない。また不思議に思っているとかおりちゃんがいたずらっぽく笑って「ちゃんに重大任務を課します」と肩を叩かれる。

「いま木兎が木葉を足止めしてるんだけど、そろそろ限界かなーと」
「えっと……?」
「木兎と交代! 任せた新米マネージャー!」

 ぽーい、と部室から追い出される。そ、そんな! ここに連れてきたのはサプライズの段取りの確認のためだけだったみたいだ。途方に暮れていたら先輩たちのサプライズの邪魔をしてしまうだけ。ここは腹をくくるしかなさそうだ。すでにどきどきと緊張しながら部室を後にし、再び体育館のほうへ戻っていく。それにしても部員みんなからサプライズをしてもらうなんて、やっぱり木葉さんはみんなに優しいから好かれているのだろう。それになぜだか嬉しくなりつつ体育館へ急ぐ。
 到着した現場はなかなかにカオスだった。部室へ戻ろうとする木葉さんを通せんぼしている。あまりにも不自然なその行動に木葉さんはものすごく不思議そうな顔をしている。木兎さんが限界、ってこういうことなんだ。かおりちゃんの言葉をしっかり理解しつつ意を決して声をかけることにした。

「あ、あの! 木兎さん!」
「ん?! あ?! じゃん! 助かった!!」
「たすっ……いや、あの、えーっと、かおりちゃんが呼んでました!」
「マジで? 俺戻っていいの?! じゃああとよろしくな!」

 全部口を滑らしてるよ木兎さん!! 木兎さんが口を滑らせまくったまま逃げるように体育館から出て行った。木葉さんと二人、体育館に残されてしまう。そんな状況に気が付いたのは木兎さんの姿が完全に見えなくなってからだった。木葉さんは明らかに怪訝そうな顔をしていたけれど、わたしの顔をちらりと見ると苦笑いをこぼした。

「なんかごめんな、先輩らに言われたんだろ?」
「えっ」
「いや、まあ、あんだけ口滑らされると大体察するというか……?」

 「日にちが日にちだし」と木葉さんは少しだけ恥ずかしそうな顔をした。わたしが木兎さんの代わりに足止め係として送り込まれてきたことは承知済みなようで、「まあ気長に待とうぜ」と言って体育館の隅に座った。準備が終わったらみんなが諸々のものを持って体育館で合流、サプライズパーティーという流れの予定だ。もう木葉さんにはバレてしまっているみたいだけど、どうやら木葉さんは驚いた演技をするつもりらしい。「もちゃんと付き合ってくれよ~」なんて得意げな笑顔を向けられた。
 スマホにかおりちゃんから連絡があった。それをこっそり見ていたつもりだったのだけど、木葉さんにはお見通しだったみたいで「もう来る?」と声をかけられた。かおりちゃんからの連絡は「もう少しがんばって!」とのことだったので、どうやらもう少し時間がかかるようだ。それを木葉さんに伝えたら苦笑いをこぼしていた。
 そのとき、あっ、と思い出した。すっかりボトルを残していたことをようやく思い出した。このタイミングを逃すと洗えそうにないからこの間に終わらせたい。そう思って木葉さんに体育館にいてもらっていいかを確認すると、木葉さんはあっけらかんと「じゃあ俺も手伝う」と言った。断ってもついてくるものだからちょっと戸惑ってしまった。でも、たぶん木葉さんにとっては普通すぎるほど普通なことなんだろう。そう思うとまたきゅっと胸が痛くなる。
 二人で並んでボトルを洗い始める。木葉さんは楽しい話や部活のいろいろな話を面白おかしく話してくれた。たぶんわたしが人見知りだと気付いているのだと思う。どこまでも優しい人だ。

「あ、あの、木葉さん」
「んー?」
「ありがとうございます」
「別にいいって! むしろいっつもやってくれてありがとうなーって言う立場だしな」

 木葉さんは笑うと、細い目が余計に細くなってきゅっとなくなったように見える。全体的にくしゃっとなって笑う顔がかわいい。先輩に対して失礼だとは分かっているけれど、内心で思うくらいなら許されるだろうか。

「あと、その」
「なに?」
「……お、お誕生日、おめでとうございます」

 さーっと水が流れていく音がやけに大きく聞こえる。どきどきとうるさい心臓を落ち着かせたくて、でも木葉さんに気付かれないように静かに呼吸をする。そうっと木葉さんの顔を見ると、少し照れたような表情をしつつ笑っていた。

「なんか照れるけど、ありがとう。ふつうに嬉しいわ」

 「先輩らは騒ぎたいみたいなところもあるからさ~」と照れ隠しなのか手元に視線をやってしまう。せっせとボトル洗いを再開し始めたのでわたしも同じように手を動かす。さっきまでも木葉さんが話題を振ってくれていたけど、より口数が多くなった気がした。ちらりと横目で見ると、なぜだか横目でわたしを見た木葉さんと目が合ってしまった。木葉さんは少し気まずそうにしたけどすぐに笑って「あーごめん」と口元を手の甲で隠した。

「ごめん、女の子にちゃんと言われたことないから、めちゃくちゃ嬉しいです」

 「気持ち悪い先輩で申し訳ない」と言った木葉さんの顔は真っ赤だった。それがまたぎゅんっと胸をさせる。なんという言葉で表現していいのか分からない感情にわたしまで顔が熱くなってしまった。それと同時に木葉さんが喜んでくれたことがあまりにも嬉しくてたまらない。いつもたくさん話すわけでもない、ただの部活の後輩なだけのわたしの言葉にも、ちゃんと喜んでくれる人なんだ。眩しいほどに優しい人だ。
 お互い不自然に口数が多くなりつつある中、ようやく木葉さんを祝うべくやってきた部員たちの姿が見えてくる。それを少しだけ残念に思ってしまった。そんな少し薄暗い気持ちをかき消そうとするのだけど、照れている木葉さんの横顔をもう少し見ていたいと思ってしまう。木葉さんの誕生日なのにわたしが得をしてどうする。そう思ったら少しだけ苦笑いがこぼれてしまった。