darling

奇跡のはじまり

※主人公視点です。
※主人公の両親が少しだけ出ます。
※主人公が入学したばかり(木葉さんたちが二年生)のときの話です。
※木葉さんあまりいません。
※諸々捏造しています。


 両親、担任、友達の何人か、全員に「別の高校にしなよ」と言われた。わたしの家からずいぶん離れた高校を「志望校にした」と言ったときの反応だ。
 家から数分の普通の公立高校を両親には勧められた。わたしが選んだところより近くにあるそれなりにいい高校を担任には勧められた。多くの同級生が進学する高校を友達には勧められた。みんなの言っていることは正しいと思った。両親からすればそれなりに近い公立高校であれば学費も交通費も最小限で済む。担任からすれば少しでもいい高校に行けば箔が付く。友達からすれば離れた高校だと疎遠になるしまた三年間みんなで楽しく過ごせる。
 正しいと、わたしだって思うのだ。それと同時に、如何に自分が夢見がちな子どもかもよく分かってしまうのだ。分かってはいるのだけど。

「わたし、どうしても梟谷学園に行きたい」

 はじめに折れたのは意外にも両親だった。子どものころからわたしはどちらかといえば内向的で、あまり主張しない子どもだった。ほしいものをほしいと言えない、やりたいことをやりたいと言えない。そんなはっきりしない子どもだった。そのわたしがはじめて両親の勧めを拒否してまで主張したことを、二人とも困惑しつつも理解してくれた。次に折れたのは担任だった。梟谷学園はそれなりに名の知れた私立高校だということもあり、両親も認めてくれたとなれば担任はすんなり応援してくれた。友達は数人「さみしい」と言ってくれたけれど、最終的には応援してくれた。
 そんなふうに、たくさんの人の理解と応援があって、わたしはここまでたどり着いたのだった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 一年生が部活動を見学する期間に入ると、梟谷学園高校の部活はより活気を増したように思える。運動部が活発な高校だけあって部活動時間に入るといろんなところから声が聞こえている。そわそわしながら外を歩き、いくつかある体育館を一つ一つ覗いていく。はじめに覗いたのはバスケットボール部だった。次に覗いたのは卓球部とバドミントン部。そして、次に覗いたのが。

「一年生の見学者少なくない?」
「いや、まだ見学時間入ったばっかりだから」
「もっとこう、勢いよく来るような感じがいい!」
「なんだそれ」

 あの日、わたしが目に焼き付けたジャージを着た、男子バレーボール部だった。広い体育館を男子部だけが使っているようだ。前に調べたら男子バレーボール部は強豪校で、梟谷学園といえばまず男子バレーボール部が出てくるほど有名なのだという。入り口から覗いただけでも分かるほどみんな大きな人ばかりだ。隠れつつ中の様子を窺うと、どうやら一年生の見学者が揃うのを待っているらしい。中には数人一年生らしき制服のままの男子生徒がいる。その子たちですら背が高いのだからなんだか威圧感があるように思えた。一年生たちに声をかけているジャージの人たちを一人一人確認していく。

「あ、お前○×中のやつだろ! 俺三年のとき当たって負けたわー」
「木葉だっせー」
「うるせ!」

 あの人だ。見つけた瞬間、ぶわっと体中が熱くなる。あの日、わたしを助けてくれた人。お礼を言えなくてずっと後悔していた、あの人だ。ぎゅうっと拳を握ってしまう。これがなんという感情なのかは分からないけれど、わたしは、なんだか満ち満ちた気持ちだった。よく分からない感情の波があっという間に何もかもを奪い去っていくような、そんな衝撃だった。

「おや?! おやおや~?!」

 ばちっと目が合った。髪の長い女の人だ。じーっとわたしを見ていたかと思うと、隣にいるポニーテールの女の人の顔を見てにやりと笑う。

「さてはマネージャー志望かな?! そこの女の子!」

 びしっと指をさされる。体育館にいた人たち全員の視線が一斉にわたしへ向けられると、思わずさっと隠れてしまった。けれど、そんなことはお構いなしに、突然ぬっと先ほどの髪の長い女の人が現れた。そうして「入りづらいよね~ごめんね~威圧感すごい部員ばっかで~」と言いつつわたしの腕を引っ張る。あれよあれよという間に体育館の中に入ってしまうと、嫌でも全員の視線がわたしに向いているのが分かった。

「あ、あの、」
「助かるよ~! うち部員が多いから~!」
「勧誘もなんか手応えなかったから怖かったんだよ!」
「え、あの、」
「来てくれてありがとう! ようこそ!」

 二人が自己紹介をはじめた。髪の長い人は白福先輩で、ポニーテールの人は雀田先輩。二人とも二年生のマネージャーだった。わたしもつられて自己紹介をすると「じゃあちゃんね!」と眩しい笑顔を向けられる。主将だという三年生の人と副将の人にも自己紹介をされると、いよいよまずいような気がしてきた。まったくマネージャーになるつもりなんかなく、ただ、わたしの記憶が間違っていたらどうしようという不安があったから覗きに来ただけなのに。わたしみたいな運動音痴、しかもバレーボールが一番苦手なやつなんかがバレーボール部のマネージャーなんて、絶対に迷惑をかけてしまう。そう焦っているわたしを置いて監督や顧問の先生まで出てきてしまった。このままじゃ本当に入部になってしまう。とんとん拍子で話を進めていく白福先輩たちの会話を遮るように「あの!」と少しだけ大きな声を出した。

「うん? どうしたの?」
「あ、あの、わ、わたし、やっぱり、その」
「うん?」
「…………わ、わたし、バレーボール、ルールとか全然知らなくて」
「えっそうなの?」

 部活見学の初日、しかもかなり早い時間に見学に来たと思われているのだ。バレーボールが好きな子、とか、バレーボール部のファン、とかそういうふうに思われてしまっていたのだろう。先輩たちの驚いた反応は当然のものだった。見ようと思っていた部活の体育館と間違えた、とか。校内で迷ってたどり着いただけ、とか。いくらでも断るための理由は考え付いた。

「そんなわたしでも……だ、大丈夫、でしょうか」

 飛び出た言葉に驚いたのはわたしだけだった。わたし、なに言ってるんだろう。飛び出てしまった言葉はもちろん戻ってこない。わたしの言葉に白福先輩と雀田先輩は「平気平気!」と笑ってわたしの肩を叩いた。

「私も最初ルールとかよく分かんなかったけど、全然大丈夫だよ!」
「体力は使うけどね~。ルールとかはいるうちに自然に覚えちゃうよね~」

 「だから大丈夫だよ」、そう言って白福先輩はわたしに入部届を手渡す。受け取ろうかどうしようかおろおろしていると、雀田先輩が首を傾げつつ「でも」と言った。

「それならどうしてバレー部のマネージャーやろうと思ったの?」

 その質問に一瞬で体が固まった。断るための理由ならいくらでも思いついたのに、その答えはまったく思いつかない。もともとなるつもりなんかなかったのもそうだけど、なる体で考えると理由が一つしかないからだ。まさかその理由をそのまま答えるわけにもいかない。ここに来た理由。ここに来たいと思った理由。いろいろ考えてなんだか目が回りそうになりつつ、早く答えないと不審がられてしまうと焦った口が勝手に開く。

「ば、バレーボールを、間近で見たい、と、思ったので!」

 その答えに雀田先輩が少し首を傾げた。そりゃそうだ、と自分で自分を責める。けれど、そういう気持ちがあるのは本当なのだ。運動音痴でとくに球技が苦手なわたしは、もちろんバレーボールも苦手だしどちらかというと嫌いだ。下手だと笑われて恥ずかしい思いをしてきたし、少し惨めな気持ちにもなってきた。でも、そんなわたしが嫌いなバレーボールをあの人がやっているのだ。どんなふうにプレイをするのだろう、とか。どんな顔でボールと向き合っているのだろう、とか。見てみたいと思ってしまったのだ。

「かっこいいなあ、と、思って!」
「……いい」
「えっ」
「お前いいな! めちゃくちゃいいな!」
「はっ、はい!」
「だよな?! バレーってかっこいいだろ?! すげー分かってるな!!」
「木兎うるさい」

 ぼくと、と呼ばれた人の頭に雀田先輩のチョップが落ちる。「いてーな!」と頭をさするその人を無視して雀田先輩がニカッと笑った。「理由なんかそれだけで十分!」とわたしの背中をばしんっと叩く。白福先輩が入部届をわたしに握らせ、ペンも取り出して渡してきた。

「ようこそ! 梟谷学園高校男子バレー部へ!」