darling

合同合宿9(k)

※中間だけ主人公視点に切り替わります。


 の体調も回復し、無事一日を終えたその翌日。合同合宿も今日を含めて残り二日となった。毎度一週間という期間がいかに短いかを再確認している。今回は特に最後の合同合宿ということもあり、ほんの少しだけ感傷的になっているせいかもしれない。来年の今頃、自分はどこで何をしているのだろうか。それなりに進路のことは親と相談しつつ考えてはいるけど、将来をきちんと見据えているかと聞かれれば微妙なところだ。
 午後の練習を終えた自主練時間。鷲尾と二人で休憩中に話していると、外廊下を歩いていくの横顔が見えた。小走りで急いでいる様子だったのが少し気になって、鷲尾に声をかけてから体育館の出入り口に近付く。が歩いていった先を覗き込んだけど、もうの姿はなかった。
 特に困っている感じでもなかったし、歩いていった先は宿泊している校舎だ。俺が気にするような用事ではないのだろう。そう思うのに妙に気になって仕方がない。
 とは言っても、姿を見失ってしまったものはどうしようもない。あとで姿を見かけたら一応聞いておこう。そう思いつつ体育館の中へ戻った。

「よかったのか?」
「あー、まあ気になるけど……何でもかんでも首を突っ込むのもあれだろ?」

 鷲尾が目を細めた。その厳つすぎる顔つきに若干たじろいでしまうと、鷲尾が小さくため息をついた。

「な、なんだよ」
「相変わらずだなと思っただけだ」
「はあ?」

 何がですか。首を傾げる俺にもう一度ため息をついた鷲尾は「いや」とだけ言って、練習に戻ってしまった。なんだよ。何なのか教えてから戻れよ。鷲尾の背中を睨みつつ俺もコートの中へ戻った。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 首を傾げてしまう。夕食や風呂のあと、いつもはどこかしらでの姿を必ず見かけていたのに、今日はとんと見かけない。雀田や白福、他のマネージャー陣の姿は見るというのに、自主練時間に見かけて以来全く見かけないというのは違和感がある。
 まさか、また体調を崩したとかか? 心配になって廊下で見かけた雀田に聞いてみたけど「あ、いや、そういうわけじゃない、かな~?」とこれまた不自然に誤魔化された。絶対におかしい。何か隠してるな。そう追及したが雀田に勝てるわけもなく、あっさり躱されて逃げられてしまった。
 不自然なほど見かけないの姿。不自然な雀田の態度。やっぱりおかしい。あのとき追いかけてでも声をかけておけばよかった、と後悔しつつとりあえずに連絡だけ入れておいた。何かあったのか、とだけ。しばらく既読にならないか画面を見ていたが、そんなにすぐ見るわけもない。諦めてポケットにスマホをしまった。
 一階の廊下を歩きつつ飲み物でも買おうと考えていると、トイレがあるほうから足音が聞こえた。トイレは各階にある。わざわざ一階のこんな奥まで来なくてもいいだろうに。ちょっと意識を向けつつ反対側の自販機があるほうへ向かう。すると、背後から「あっ」という聞き覚えのある声が聞こえてきて、思わず振り返った。

「あ、いた」
「こ、木葉さん、こ、こんばんは~」
「こんばんは~って。ご近所さんか」

 ツッコミを入れつつのほうへ近付いていく。すると、がそろそろと俺から遠ざかるように歩きはじめた。おいおい、本格的に変だぞ。苦笑いをこぼしつつ「え、俺なんかした?」と足を止めつつ聞いてみる。
 明らかに狼狽しているがあっちを見たりこっちを見たりしつつ「いえ、特に何も」と言う。何もないわけがない。の態度を見れば明らかだし、さすがに騙されるほど馬鹿じゃない。逃げられると傷つくし、とりあえず足を止めて様子を見る。も俺の様子を窺って立ち止まってくれた。
 そこに、のんきな鼻歌が聞こえてきた。思わず聞こえてきたほうに視線だけ動かすと、自販機で飲み物を買いに来たらしい白福の姿が見えた。

「あ」

 白福は明らかに〝しまった〟と言わんばかりの表情をして、数秒黙った。俺とを交互に見つめてから、不自然ににこりと笑顔を作る。

ちゃん、ファイト~!」

 そう言い残して自販機に向かわずに元来た道を戻っていく。首を傾げてしまう。ファイト、とは一体。廊下で俺に鉢合わせているだけのにかける言葉にしては違和感がある気がする。今日は違和感だらけの一日だな。そう思いつつに視線を戻すと、なぜだか顔を赤らめたが逃げようとしているところだった。

「待て待て! さすがに気になるんだけど?! 俺何かしたっけ?!」
「いえいえ! 特に何も! 本当に何も!」

 俺のほうがリーチが長いし足も速い。先回りして退路を塞がせてもらった。は「本当になんでもないです!」と言い張っているけど、顔を見ればそれが嘘であることは明白。何もないならそんなに焦らないし顔が赤くもならない。絶対に変。そう力説した俺に対しては漫画みたいに「うぐ」と狼狽えるような声を出した。
 しばらくお互いの顔を見合って沈黙。どこからか聞こえてくるカエルの鳴き声だけが聞こえてくる。そんな夏の夜に相応しい音だけが聞こえてくる空間で、俺はどのタイミングで口を開こうかぐるぐる考えていた。
 の右手が小さく動く。親指と人差し指をこすり合わせたり、何かを掴もうとしているように指を動かしたり。落ち着きがない。言いたくないのなら無理に聞かないほうがいいとは思うのだけど、俺自身が関係しているのであれば教えてほしいという気持ちが勝つ。目が泳ぎそうになりながらも何とかこちらを見続けているの唇が、ついに動いた。

「あ、あの、木葉さん」
「はい」
「その……」

 一歩が俺に近付いた。それに少し驚いてしまう。逃げずに立ち向かう選択をしてくれたらしい。逃げ道を潰そうと若干広く開いていた足を閉じて俺もに近付いた。は逃げず、視線を逸らすこともなかった。
 よく耳を澄ましてみると、カエルの鳴き声だけじゃなくて鈴虫の鳴き声や二階で騒いでいる声も聞こえてきた。こんなにも響いているはずの音が聞こえていなかった俺も、の緊張が伝染していたのだとようやく気が付いた。

「だめだったら、あの、だめって言ってくれればいいん、ですけど」
「はい」

 どうしてそんなにも顔が赤くなっているのかが知りたい。耳も、何なら薄っすら首まで赤らんでいるがついに俺から視線を逸らして、少しだけ俯いてしまった。そのわけが知りたくて、知りたくて、握りしめる拳が熱くなる。どんなに些細なことでものことだと気になって仕方がなくなる。それがちょっと気恥ずかしい。
 の視線が少し動いた。俺の手元をじっと見ているらしいことに気付いて、思わず自分の手元を見てしまう。別に何の変哲もないただの手だ。前にクラスメイトの女子数人に男にしてはひょろっとしていると言われたことをちょっと気にしている。まあ、確かに筋肉がつきにくい体質だったり、どちらかというと肉付きの悪い細めの体格だったりしている。手も自ずと〝男にしては〟と言われがちになるのは仕方がないだろう。今更気にしても何にもならないのだけど。

「その……」
「うん」
「手、を」
「手?」

 ぶわっとの顔がまた赤くなった。それ以上赤くなったら爆発しそうだな、なんて少し心配になる。それにしても手がなんだ? 首を傾げつつの口元をじっと見つめてしまう。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




──回想 昨夜、女子マネージャー部屋

さん、彼氏とデートどこ行くの?」
「あ、それ私たちも気になる~」

 布団に潜って眠ろうとしたとき、そんな話の流れになってしまった。隣にいた雪絵ちゃんから腕を引っ張られてずるずると布団から出されてしまう。宮ノ下さんがにこにこ笑って「どこ行ったの?」と顔を覗き込んでくる。こういう話題に放り込まれるのはあまり得意じゃない。嫌というわけじゃないけど、どう反応すればいいのか分からなくて困ってしまうからだ。
 木葉さんとデート。付き合いはじめてからはすぐ合宿やテストに追われて時間がなかったし、そうじゃなくても大会を控えているからそういう時間はなかっただろう。つまり、まだデートと言われるものはしたことがないままなのだ。
 正直にそのまま白状したら「え~?!」という声が上がった。かおりちゃんだけは腕組みをして深くため息をついている。

「あのヘタレ……もしかしてと思ってたけど……」
「木葉くんってヘタレなの?」
「ヘタレ中のヘタレ。ヘタレ界のトップ独走中」
「えー! 意外! ちょっと失礼だけどチャラそうなのに」
「ないない。あんなヘタレビビりチキンがチャラ男になんかなれないよ。無理無理」
「雀田さん辛口ね」

 大滝さんがくすくす笑ったのに対して宮ノ下さんは「えー! せっかくなんだからデート行けばいいのに」と笑いつつも不思議そうに言った。清水さんまで「合宿が終わったら時間があるんじゃないかな」と言う。谷地さんも「で、デート……! 大人ですね……!」とほんの少し顔を赤くしてなぜだか手で顔を隠していた。
 自分が何をしたいかというより、木葉さんがどうしたいのかというほうが気になっている。わたしは木葉さんとデートしてみたいけど、木葉さんはどうなんだろう。出かけるよりゆっくり休息を取りたいかもしれないし、いつも部活で会うわたしより友達と遊びたいかもしれない。そう思うと、なかなか自分からは何も言い出せなくて。

「あ、いいこと思いついた~」

 雪絵ちゃんがにこにこ笑ってくるくると指を回す。それからわたしのことをビシッと指差すと「ミッション」と楽しげに言った。

「木葉に会ったら何か一つ要求しよう!」
「えっ」
「いいね、それ。好きなところ一つ言って、とかどう?」
「あ~それいい~!」
「あとは何がいいかな?」

 楽しそうに話しはじめるみんなに慌ててしまう。絶対に無理、そんなの困る。そう言うわたしにかおりちゃんは笑って「たぶん木葉喜ぶよ」と言ったけど、首を傾げてしまう。何か要求されて喜ぶ、とは一体。
 とりあえず木葉さんに会ったらわたしがしてほしいことを一つリクエストする、というルールが勝手に決められてしまった。期限は明日いっぱい。やるやらないはわたしに任せるから、と言われた。
 どうしよう。雪絵ちゃんたちがわたしの背中を押そうとしてくれているのが分かるから、何となく断りづらい。木葉さんを見かけたら意識してしまいそうだし、明日は木葉さんから離れて様子を窺おう。そうこっそり心に決めた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




──回想終了 現在

 赤いの顔を見ている。瞳がほんの少し潤んでいるのを見つけて、思わず胸の奥がきゅっと締め付けられた。前々から分かっていたけど、は恥ずかしさが振り切ると泣きそうになるらしい。には悪いけど、それが本当にかわいくて仕方がない。好きな子ほどいじめたくなる、というのも分からなくもない。俺もついにいじわるをしてしまいそうになることがあるから。
 そっとが右手を差し出してきた。それを見つめて首を傾げる。その手は一体、何なんでしょうか。そう聞きそうになるのをぐっと堪えての言葉を待つ。は落ち着きがない様子で手を一度握りしめる。その手をゆっくり開いてから一つ息を吸った。

「手を」
「はい」
「つ、つないで、ほしい、です」

 まるで大切な何かに触れるときのような声だった。触っていいのかと少し怯えているけれど、やっぱりどうしても触れてみたい気持ちが抑えられないような、それでいて子どものころから憧れていたものに手を伸ばしているようなの声につられて、俺までくすぐったい感覚に染められてしまった。