darling

合同合宿8(k)

 翌朝、六時半。のそりと布団から起き上がると、すでに何人かはもう部屋から出て行ったあとらしい。ぽつぽつと無人の布団が目に入った。隣の小見は掛け布団を蹴り飛ばしつつ眠りこけているし、意外にも朝が苦手な赤葦も眠りこけている。朝食は七時からだ。まだ起こしてやらなくていいだろう。そう思いつつ、静かに布団を畳んで部屋を出た。
 脇腹を軽くかきつつ廊下を歩いて行くと、洗面所のほうが賑やかだ。今くらいの時間帯が一番混んでいるのかもしれない。まあ、女の子と違って一人一人の所要時間はさほど長くはない。あくびをこぼしながら洗面所に入ると、梟谷の後輩数人に挨拶された。それに軽く返しつつ空いているところを使っていると、「木葉じゃ~ん」と後ろから思いっきり背中を叩かれた。

「いってえ!」
「おはようございます~」
「挨拶が乱暴すぎるだろ! おはようございます!」

 黒尾はけらけら笑いつつ「寝惚けた背中をしているほうが悪いんです~」と言って俺の隣に立つ。それにしてもすごい寝癖だな。直すつもりがないのが正気とは思えないレベルだ。思わずうっかり「それマジで1mmも直さないのか?」と聞いてしまった。

「これが1mmも直らないのよ。サラサラストレートヘアムカつくな。固結びしてやろうか」
「結ぶな。つーかどうやって寝たらそうなんの?」

 そんな会話をしつつ顔を洗い、歯を磨く。今日も快晴の空が広がっており、じわじわと気温が上がっていく気配を感じて少しだけげんなりした。
 あまり暑くなると、のことが心配になる。いつもなら起きている時間だしこのあと様子を見に行くつもりでいたが、もしかしたらまだ寝ているかもしれない。さすがに寝て起きたら元通りとはいかないだろう。午前は休みにしてもらったほうがいいと思うけど、の性格上それは拒否しそうだ。雀田と白福がうまいこと言いくるめてくれて、ギリギリまで寝ているように言われているだろうと思う。
 そんなことを考えていると、ふと黒尾が静かになったことに気が付く。視線だけ黒尾のほうに向けて見ると、目が合った。やけににやにやしているので眉間にしわが寄る。なんだその顔。なんかムカつくからやめろ。そう足首を軽く蹴ってやると「いや~?」と俺の顔を覗き込んだ。

「青春してていいな~って?」
「は?」
「木葉って顔に出やすいよな。絶対今かわいいかわいい彼女ちゃんのこと考えてただろ」

 吹き出しそうになったのをぐっと堪える。「お、図星じゃないですか~」と俺の肩を黒尾がつついた。やめろ、ムカつく。そう無言で主張しつつ手を払い落としてやる。
 そんな掛け合いをしていると、後ろから「彼女持ちは呪われろ」という低い声とともに思いっきり背中を叩かれた。だから痛いっつーの! 背中を押さえつつ振り返ると、小鹿野が二発目を放とうとしているところだった。

「だー! もうやめろって! 朝から無駄に体力使わせんな!」
「彼女持ちというだけでムカつく。なんだこのサラサラストレート頭」
「髪は関係ないだろ! つーか憎しみを込めんな! やめろ!」
「加勢してやろうか」
「乗るな!」

 小鹿野の手刀が振り下ろされる前に洗面台の前から退く。宙を斬った手刀に黒尾が馬鹿笑いすると、ちょうど洗面所に入ってきた夜久が「黒尾うるせえ」と蹴りを入れる。なんでこうも喧嘩っ早いやつばっかなんだよ、梟谷グループ。矛先が黒尾に向いたのでそそくさと逃げておく。
 洗面所を出てすぐ、食堂のほうへ歩いて行く白福を見つけた。近付きながら声をかけると、振り返りながら「ちゃんならまだ寝てるよ~」と聞きたかったことをすぐに教えてくれた。

「様子どう?」
「う~ん、起きたときはまだぼうっとしてる感じだったかな? 練習は絶対休まないって言うからギリギリまで寝かせてるよ」
「やっぱりか……」

 苦笑い。大体予想していた通りの展開になっている。白福が腕組みをして「まったく、監督不行き届きなんですけど~?」と靴を軽く蹴った。それに笑いながら「どうもすみません」と乗っておいた。
 白福とそこで別れてから、ひとまず部屋に戻ることにする。食堂に行く前に持ってきたタオルやら歯ブラシやらを置きに行きたい。続々と食堂へ向かっていくやつとすれ違いつつ階段を上がり、二階に入ったときだった。

「あ」

 上から声が降ってきた。思わず顔を上げた先には、下の様子を窺っているがいた。その様子からして、どうやらこっそり部屋を抜け出して活動してやろう、という魂胆だったようだ。なるほど。その場面を俺に見つかったから驚愕の表情を浮かべている、というわけか。

「おはよう」
「お、おはよう、ございます」
「今日も暑いし気を付けろよ」
「あ、はい!」
「で、何をしてるのかな~?」

 一瞬油断した表情がぴしっと硬直した。分かりやすい。そうっと俺から目を逸らして「いや、あの、お手洗いに」とそれらしいことを口にする。嘘つけ、そのまま何かしら仕事の手伝いができないか見に行くつもりだっただろ。そう言ってやれば思った通り「う」というリアクションが返ってきた。

「あのなあ。白福と雀田からも言われてるだろ? 仕事のことはいいから体調第一に考えろって」
「す、すごい! なんで分かったんですか?!」
「俺が白福たちの立場でも同じこと言うからです~」

 は「で、でも、もう十分休ませてもらったので」と俺から目を逸らす。まあ、顔色は悪くないし、ふらふらしていそうな感じもない。たぶんもう大丈夫なのだろうと思えるくらいには回復している様子だ。たぶん戻れと言えば渋々戻るだろうけど、たぶんの性格上罪悪感に襲われてゆっくりできなさそうだ。
 悩みに悩んで、結論を出した。に「とりあえず待ってて。動くなよ」と伝えてから急ぎ足で部屋に戻る。タオルやらなんやらを置いてからまた階段に戻る。じっと動かずに待っていたをちょいちょいと手招きしてやる。恐る恐るといった様子で階段を下りてきたが「動いてもいいんですか?」と首を傾げた。

「ただし俺の監督下でな」
「え、えー! もう大丈夫なのに……」
「お、なんだ? お布団に連れてってやろうか?」
「う、そ、それは、嫌です……」
「はい。じゃあ決まり」

 白福と雀田も、俺がついていれば怒らないだろう。まあ、仕事なんてもうほぼないし。そう言えばが「えっ朝ご飯の準備もう終わってますか?!」と驚愕の顔を向けてきた。食堂にまだ行っていないから知らないけど、時間的にもうほぼ終わっているだろう。そう言ったらは小さく項垂れていた。
 もう食堂に行けば朝食にありつける時間だ。に「とりあえず朝飯な」と声をかけると頷いてくれた。このあと片付けに参加すると言い出さないか少し心配だったけど、とりあえず食事は摂らせたい。食欲はあるみたいで安心したけど。そう思いつつ二人で食堂に向かった。
 思った通り食堂ではすでに食べ始めている人はいれど、何か仕事をしている人は誰もいない。マネージャー陣も食べ終わってすでに解散しているようだった。がっくりしているとそのまま朝食を取ることにした。

「食欲あるか?」
「大丈夫ですよ! もう全快ですってば」
「本当かよ~。たまに嘘つくからな~」

 がムッとした顔をして「木葉さんには嘘つかないですよ」と肘をつついてきた。ほら、嘘つけ。笑ってそう返してやるとムッとしたまま白米を口に運んだ。