darling

合同合宿6(k)

 本日も当たり前のように快晴。いつもなら少しうんざりする日差しだが、あまりにもきれいな青空で珍しく爽やかな気分になった。暑さで汗がずっと流れる。それさえも不思議と気持ち良く思える。それほど、きれいな空だ。
 午前の練習を終えて昼食を摂ったあと、午後の練習がはじまるまでの自由時間を過ごしている。俺は鷲尾、猿杙と三人で体育館の外部扉に腰を下ろして駄弁っているところだ。体育館には他校の人も結構いて、中には自主練をしている人もいる。梟谷は俺たち以外はまだ体育館には来ていない。恐らく校舎内にいるのだろう。
 猿杙が突然ため息をこぼした。鷲尾が「どうした?」と聞くと「いや~」と空を見上げながら笑う。俺も不思議に思って「なんか悩みごと?」と聞いてみる。あまり悩み相談は得意なほうではないが、困っているのならできる限り力になりますけれども。そんなふうに少しおどけつつ言うと、猿杙が俺をじっと見つめてから、なぜだかまたため息をこぼした。人の顔を見てため息をこぼすな。そう笑いつつ肩を肘で突いておく。

「そういうこと言えるやつには彼女ができるんだな~と思って」
「は?」
「俺も彼女ほしい~」
「ああ、そういうことか」

 鷲尾が軽く笑う。ため息を理由はそれだったらしい。まあ、分からなくはない。俺も中学のときは彼女なんてほぼ無縁だったし、今も自分に彼女がいるなんて正直驚く。基本的にバレーに時間を使っているからなかなかそういう青春に時間を使えない。猿杙はぽつりとそうこぼした。
 猿杙が「鷲尾は興味ない系?」と肘で鷲尾をつつく。鷲尾はそれを「やめろ」と止めつつ「まあ、ないわけではないが」と苦笑いをこぼした。

「俺は女子から怖がられることが多いからな。望み薄だ」
「えー、鷲尾かっけーのに」
「優しいし、細かいところ気遣ってくれるのにな」
「やめろ、気持ち悪い」

 女子から怖がられる、ってそうかなあ。そう猿杙が首を傾げる。鷲尾は体が大きくて表情が顔に出ないタイプだから、女子から見ると怖く見えてしまうのは分からなくはない。ただ、関わったらいいやつだとすぐに分かるけどな。俺もあまり人相がいいほうじゃないから、第一印象は悪かったと言われることが多い。自分が思っている自分と、人から見た自分がずれているというのはよくあることだ。もう慣れたけど正直悪い印象に勘違いされると気を揉んでへこむことはまだ今もある。猿杙も心当たりがあるようで「へこむよな~」と苦笑いをこぼした。
 そこへ、洗濯が終わったタオルが入ったかごを運ぶが通りがかる。大きなかごいっぱいのタオル。持ち手が短いせいなのかが運びづらそうにしている。二人に「ちょっと」と声をかけてから立ち上がる。なんか、腕がちぎれそう。ちょっと笑いつつ出入り口で靴を履いて、がいたほうへ走って行く。姿が見えたに近付きながら声をかけた。

「あ、木葉さん! お疲れ様です!」
「お疲れ。はい、重たいものは回収しま~す」
「なんでですか! これくらい持てますよ。舐めないでください」
「いやいや、腕がぷるぷるしてる子に拒否権はないから」

 からかごを奪うべく手を伸ばすが、素直に渡してくれない。はそういう子だ。「持てますよ!」の一点張り。どこに持って行くのか聞いたら体育館の中だという。律儀にちゃんと出入り口から入ろうとしているところだったみたいだ。せめて外部扉から入ってくれ、そのほうが距離が短くなるから。そう苦笑いをこぼすと「え、いいんですか?」と少しだけ嬉しそうに笑った。ほら、やっぱり持つのつらいんだろ。持たせてくれればいいのに。
 俺にかごを渡すまいとガードしているの腕がやっぱりぷるぷる震えている。気になる。どうしても。じっとを見ながら歩いていると「なんですか、渡しませんよ」と少しだけ睨まれてしまった。なんだその顔。かわいいだけなんですけど。そう、笑ってしまう。

「じゃあ半分持たせて」
「いいですってば。木葉さんは午後の練習に向けて休んでてください」
「ここまで来て持たせてもらえなかったら俺、かわいそうじゃない?」

 軽く泣き真似をしてやる。「せっかく持ちに来たのに無駄足踏んだ」としくしくしておけば、は「う」と申し訳なさそうな顔をした。視線がうろうろしてから「で、でも、持てますし」とまだ頑張るつもりらしい。余計に泣き真似をして「持たせてくれない」とえんえん言うと、が「ぐ」と小さく呻き声をあげる。

「……は、半分、お願いします」
「よっしゃ」
「泣き真似するのやめてくださいよ! 真似って分かっててもなんか申し訳なくなるんですってば!」
「それが狙いだから」

 左手で持っていたほうの持ち手を渡してくれた。それを掴んで二人で持ってみる、と、身長差のせいかがかなり持ちづらそうになる。持ち手が短いというのも原因の一つだろう。はきっと持ちづらいということを俺には言わないだろうし、このまま運んでいってもきっと何でもないように感謝してくれるだろう。
 じっとの右手を見る。それから「なんかバランス崩れそう」と嘘を吐く。が「えっ、そうですか?」と不思議そうにする。右手を伸ばして、適当にタオルを直しつつ「ひっくり返ったらやばいだろ」と笑ってやる。が「それは……ぞっとしますね」と笑った瞬間、奪い取るようにが掴んでいる持ち手を右手で掴んで、そのままぐいっと引っ張ってやる。の手が力なく離れると「あー!」と悔しそうに俺の顔を見上げた。

「木葉さん!」
「今日、晩飯なんだろうな」
「木葉さんってば!」
「いいじゃん。かっこつけさせてよ」

 先ほどまで猿杙、鷲尾と座っていた外部扉の前で靴を脱ぎつつ「タオル通りま~す」と二人に声を掛ける。猿杙が「は~い」と薄ら笑いつつ少し端に寄ってくれる。が「お疲れ様です」と二人に声をかけると二人も同じように挨拶を返した。

、これどこに置く? ステージのところ?」
「……午後はBコートスタートなので、Bコートの近くに置きます」
「了解。なんで拗ねるんだよ」
「拗ねてません」

 いや、拗ねてるじゃん。けらけら笑いつつBコートの近くにタオルのかごを置く。は拗ねた顔のまま「ありがとうございます」と言った。それがなんだかかわいくて、つい頭に手を伸ばしてしまう。さらりとしたの髪を触るように撫でると、が余計に拗ねた顔をする。
 ぶーぶー文句を言われつつ、外部扉のほうへ戻っていく。靴を置きに行こうと背中を丸めて手を伸ばす。そのとき、猿杙が「そういうとこ~」と俺のふくらはぎを人差し指でつついた。

「え、何が?」
「木葉って当たり前みたいにそういうことするよな~」
「は?」
、木葉のこういうところどう?」
「たまにムカつきます」
「何が?! 本当に泣くぞ?!」

 まだ拗ねた顔をしていた。でも、ほんの少しだけ顔が赤くなっている。今日も暑いし水分ちゃんと取れよ。そう言っておくと鷲尾が「こういうところだな?」と猿杙に聞く。猿杙がそれにうんうん頷きながら「こういうところ」と返した。だから何が?

「女の子からするとさ、これ真正面から受けるとどんな感じなの?」
「これって何?! 俺何してんの?!」
「そうですね」
「うんうん」
「……やっぱり恥ずかしいので発言は控えます!」
「なんで?!」

 猿杙がお腹を抱えて笑った。「何言おうとしたか大体分かった~」と言いながら立ち上がる。気付けばもう体育館には大体全員揃っていて、続々と監督やコーチたちも戻ってきている。時計を見れば、練習開始まであと五分ほどになっていた。それに気付いた鷲尾も立ち上がりつつ「俺も分かった」と軽く笑う。そうして、俺とを残して二人ともBコートのほうへ歩いて行った。俺とは外履きの靴を出入り口の下駄箱に入れに行く。
 靴を下駄箱に入れたあと、が何事もなかったようにBコートへ歩いて行こうとするので、腕をがしっと掴んで制止。「何? 恥ずかしいって何が?」と顔を覗き込むと、の顔が余計に赤くなった。

「あんまり優しくしないでください……」
「え? なんで? というか特別優しくしたつもりはないけど」
「そういうところですってば!」
「急にキレるじゃん」

 おかしい。そう笑ってやると、がぽかっとゆるく俺の脇腹を殴った。痛くないけど殴るな。そう脇腹を押さえつつ、余計に笑ってしまった。何が言いたいのかさっぱり分からない。
 話の流れからすると、きっとさっきのタオルのかごのことを言っているんだろうけど、別に優しくしたと言われるほどじゃないと俺は思うけどなあ。重たいものを持っていたら手伝おうと思うのは普通のことだし、それが好きな子なら尚更だ。俺がそうしたいと思ったからしただけ。話しかける口実にもなるし何より好きな子が楽になる。こう思うと俺のほうが得してないか?
 独り言のように思っていることを言うと、がじとーっと俺を睨んでいた。なんでだよ。いいじゃん、俺がやりたいことをしただけなんだから。そう言いながら二人で梟谷の輪に歩いて行く。もうすでに全員集まっていて、選手はビブスを着始めている。俺の分は赤葦が持ってくれているらしい。さて、午後も頑張りますか。そう一つ伸びをしておく。

「もっと好きになって困るから、やめてくださいって言ってます」

 背中を強めに叩かれた。強めと言ってもの力だ。くすぐったい程度でしかなかった。俺が少し固まっている間には小走りで俺を追い抜いて、先に梟谷の輪に入っていってしまった。
 いや、俺から言わせれば。もそういうところ、あるからな。本当に。俺も困るわ。そう喉の奥でこぼしながら赤葦に近付く。ビブスを受け取って着ていると、小見が「水飲む?」と声をかけてきた。そのあとすぐに雀田が「今日も暑いもんね。はい」とボトルを渡してくる。いや、別に今は喉は渇いていませんが。不思議に思いながら一応受け取ると、猿杙がにやにや笑って「顔が赤いですよ~」と言ってきた。