darling

合同合宿4(k)

 夜風が気持ち良くて思わず息を吐いてしまう。昼間もこれくらい涼しい風が吹けば良いのに。そんなふうに思いながら空を見上げると、ちょうど月にかかっていた雲が晴れた。月明かりって意外と眩しい。少しだけ目を細めていると「木葉さん」と後ろから声を掛けられた。

「何してるんですか?」
「ん? 別に何ってわけじゃなくてぼーっとしてた」
「あ、ここ涼しいですね。お隣失礼します」

 俺の隣に立って夜空を見上げる。は小さく笑って「月が大きく見えますね」と穏やかに呟いた。それに「そうだな」と返しつつの横顔を見てしまう。夜風に揺られる髪が光って見える。これは月明かりのせいなのか、それとも俺にだけこう見えてしまうのか。どっちなんだろうか。永遠に分からないであろう答えにくすぐったさを覚えつつ、そっと一人で笑ってしまった。
 特に何をするでもなく、二人で並んで話をする。こんなふうに二人きりで話すなんてあまりなかったな、これまで。夏休みに入る前は学校があるし、は家が遠い。部活終わりにどこかに寄ることもできない。何度かオフの日にデートに誘おうかと思ったけど、大会が近い最近は練習がハードだしマネージャーの負担も大きい。ゆっくり休みたいだろうと思ってしまうことが多々ある。それに加えて俺は一応受験生。それなりに勉強もしなくちゃいけなくて。なかなか誘えないままだ。
 そんなことを考えていたら、昨日の夜にが他のマネージャーたちと話していたことを思い出してしまう。自分がこうしたいというより、俺がどうしたいのかとよく考える。そんな言葉に一人で照れたことを思い出したせいで照れがぶり返した。
 どうしたい、かあ。自問してみてすぐにやめた。やめだやめだ。これだから男ってだめなんだよ。そう一人で呆れつつ。直接的なことしかすぐに出てこない自分の単細胞にへこむ。一度かき消した自問を再度頭に思い浮かべてみる。どうしたいか、というより、どうなりたいか、と考えたほうがしっくりくる。
 の頑張り屋なところが好きだ。それに一生懸命で、ちょっとそそっかしいところがありながらも何にでも丁寧で、誰かのことを自分のことのように思える。そういうところも好きだ。正直なところ、そんなに取り柄がない俺のことを、とてもとても好きでいてくれているところも。不思議な子。いつもそう思ってしまう。別のやつを好きになって、両思いになってもおかしくないのに。それでもは俺を選んでくれた。そう思うと、何に変えてでも大事にしたい、と思う。
 一つ、気になることがあるとすれば。は自己評価がとても低い。わたしなんか、といつも言う。それは昔の経験からであり、自身が思う理想があるからなのだろうと思っている。俺が告白したときの返事でも、自分が好きだと言ってもいいのだろうか、と自信なさげだった。
 性格を変えてほしいなんてことは微塵にも思っていない。でも、せめて、俺が好きなのことをそういうふうに言うのはやめてほしいかな、と思ってしまう。俺はこんなにものことが好きだから、そのことには自信を持ってほしいというか。こればっかりは時間がかかるものだ。今すぐどうにかできることじゃない。

「木葉さん?」
「……あ、ごめん。何?」
「ぼーっとしていたので……もう寝たほうがいいんじゃないですか?」
「いや、ごめん。ちょっと考え事してた」

 俺の顔を覗き込んで少し心配そうな顔をしている。は「今日も暑かったですし、練習きつかったですよね」と苦笑いをこぼした。純粋に心配してくれているのが分かる。確かに疲れているけど、今はといたいよ。そう伝えたらちょっとだけ照れた顔をしていた。かわいい。笑ってしまうほどに。
 やっぱり、具体的な答えは出ない。でもそれでいいような気がした。俺とはなんだかんだ言ってまだ出会って二年くらいしか同じ時間を過ごしていない。付き合い始めてからはまだ数週間なのだから、お互い知らないことが多い。今はそういう知らないことや分からないことをお互いに埋めていくことが大事だ。一緒に過ごしていくうちに知らない顔を知ったり、分からないことを見つけたりして、好きなところをたくさん集めていく。もちろんお互い嫌だと思うこともあるかもしれない。そういうものも拾っていって、最後には大きな花束みたいに色とりどりの気持ちを見つけられたらいい。きっと、鮮やかできれいだろうから。

「木葉さん、何かいいことでもありました?」
「え、なんで?」
「なんだか嬉しそうな顔をしているので」

 不思議そうに首を傾げられる。ふわりと揺れたの髪が、やっぱりきらきらときれいに光った。星を目の前で見ているような感覚。月明かりが映えたその光一つで、こんなにもきれいだと思える。これもこれまで知らなかったものの一つ。そう思うと、より先に知らなかったことを一つ多く集められた気がして、少し得意げになってしまった。

には秘密~」
「えっ、なんでですか! なんでわたしには秘密なんですか!」

 が拗ねたような顔をして「教えてくださいよ」と俺の腕をつつく。肘での腕をつつき返しながら「いつかな~」と笑ってしまう。は俺の顔を見たまま笑って「え~」と言う。いつか、そのときが来たら。は顔を赤くして恥ずかしがるのか、嬉しそうに笑ってくれるのか。もしくはもっと別の顔をしてくれるのか。今から楽しみだな。つん、とのおでこをつつく。それには、やっぱりかわいい笑顔を浮かべてくれていた。