darling

合同合宿3(k)

「いやあ木葉秋紀、絶不調だったな~」
「言うな……余計にへこむわ……」

 自分で自分の良いところを挙げるならば、そこまで大きく調子を崩さない、というのが一つあった自負がある。チーム内のバランサーとして動いている自覚はあったし、不調なやつがいればその穴を埋める役割をしている自覚もあった。だから、自分が不調になるとどうすればいいのか、いまいち分からなくなってしまう。滅多にないから余計に。
 監督からも「珍しい」と驚かれたし、俺と交代で入った二年の部員もちょっと意外そうな顔をしていた。いやあ、まさに、絶不調。そう言われて仕方がない試合内容だった。へこんでいる俺の背中をバシンッと鷲尾が叩いて「次の試合で取り戻せば良い」と励ましてくれた。取り戻すつもりはあるのだけれど、どう取り戻せばいいのか。一試合だけのことだったしそこまで気にするな、とコーチにも言われたし、赤葦からも「特に変な感じはなかった」とは言われた。けれど、何となくどこかに不安があるというか。
 次の試合は昼休憩を挟んでからだ。一先ず頭を冷やせ、と言われて試合のことは一旦考えないようにした。いや、まあ、そんなに簡単に考えることをやめるのは難しいのだけど。俺の場合は考えれば考えるほどドツボにはまるのは分かり切っている。これまで何かスランプになるようなファクターがあったわけじゃないし、怪我をしているわけでも不調の自覚があったわけでもない。悪いことが重なって、不運が重なって、スランプだと錯覚しているだけに過ぎない。そう分かっているのだけれど、どうしても悪い考えは消え去ってくれなくて。
 こそっと輪から外れて、一人で体育館の裏まで来た。昼飯は少し考えてから食べに行けばいい。何となく笑って食事ができる気分じゃなかった。他のチームメイトに余計な気を遣わせるのも嫌だし、確かに頭を冷やす必要がある。そう思いつつ、壁に寄りかかるようにしゃがみ込む。
 額に汗が滲んでいる。今年も猛暑でとても快適な気候とは言えない。髪の毛もぺったり張り付いてくるし、いくら拭いても汗は止まらない。夏だから仕方ない。多少の夏バテなんかの不調はよくあること。俺の今日の感じもそういうやつなのだろう。今日が本番じゃない。だから大丈夫。自分にそう言い聞かせてみる。なんか、情けなくて笑えてきてしまった。

「木葉さん!」
「うおあっ?!」

 変な声が出た上に頭を壁で強打した。痛さに悶えていると、「え、あっ、す、すみません!」とが大慌てで俺の隣にしゃがんだ。あわあわした様子で俺の顔を覗き込んで「そんなに驚かれると思わなくて、すみません!」とちょっと半泣きになりながら言った。痛かったけど、別にのせいじゃない。俺が勝手に驚いただけ。そう宥めておく。

「ところでどうした? なんかあった?」
「あ、これ。お腹空いてるんじゃないかと思ったので」

 の手にはおにぎりが二つ。それに俺がきょとんとしていると、が笑って「中身は食べてからのお楽しみです」と言った。というか、俺がなんでここにいるって知ってるんだろうか。こっそり輪から抜けてきたんだけど。思わずそう聞くと、はちょっと迷ってから「秘密ですよ」と前置きをした。

「小見さんたちから、木葉さんは絶対一人でどっか行くからよろしくって言われていたので……」
「バレバレかよ……恥っず……」

 とりあえず後でお昼はちゃんと食べること、と約束させられてからおにぎりを渡してくれた。正直他のやつと一緒にすぐにでも食べたかったから助かった、けど、ここまでバレていると本当に恥ずかしい。というかどういう経験から俺の行動を読んだんだよ、あいつら。そこまで調子を崩してへこんだことないんだけど、今まで。
 は俺の隣で、一回り小さいおにぎりを頬張りつつにこにこと話をしてくれた。バレーのことじゃなくて、他校のマネージャーと仲良くなれたとか、こんな話をしたとか、そういうことだ。楽しそうに話すから俺も笑ってしまって、ついついいろいろ質問してしまった。こんなふうに楽しい話をしてくれると、へこんでいたことを忘れられて有難い。もそう思ってこんなふうにしてくれているのだろう。
 なんか、かっこ悪いところを見せてしまった。おにぎりを食べつつ密かにへこんでしまう。できればこういうところは好きな子には見せたくなかったというか。

「木葉さん?」
「ん? どうした?」
「いえ、なんだか微妙な顔をしているので」
「あ~……」

 が少し不安そうな顔をしている。声をかけないほうがよかったのでは、と思っているに違いない。確かにかっこ悪いところを見られて情けない気持ちはある。正直に「かっこ悪いところを見られてへこんでるだけ」と笑って答えておいた。そばにいてくれるのがなのは嬉しいけど、と付け足して。
 が、きょとんとした顔をした。え、その顔の意味は一体。俺がそんなふうに困惑していると、今度はころりと笑った。思い出し笑いをしているような、どこか含みのある笑い方だ。はひとしきりそんなふうに笑ってから、一つ咳払いをした。それから今度は優しく笑う。暑くて仕方なかった鬱陶しいはずの風。それを心地よい夏の風に一瞬で変えてしまう。そんな、好きな顔だった。

「教えてくださいよ、かっこ悪いところも情けないところも」
「……なんかかっこいいんですけど、さん」
「何言ってるんですか。木葉さんがわたしに言ったんですよ、これ」
「えっ、そうだっけ?」
「そうですよ」

 が俺から視線を外してそっと空を見つめた。その横顔をじっと見て、ああ、俺やっぱり、この子のことが好きだな、となぜだか思う。何度もそう思うのに、そのたびいつも鮮やかで、爽やかで、くすぐったい。そんなふうに思えるのは相手がだからなのだろうと不思議と分かる。気恥ずかしいから言えないけれど。
 がまた俺のほうを見た。顔を動かした反動で髪が揺れる。日陰だというのにきらきら光って見える毛先がこの世のものと思えないほど、きれいだった。

「どんなにかっこ悪いところや情けないところを見ても、もっと好きになる自信がありますよ」

 なんて、とが少しだけ赤い顔をしておどけた。照れ隠しのつもりらしい。それがあんまりにもかわいくて、笑うしかできなかった。情けないけれど。