darling

合同合宿2(k)

「赤葦って彼女いたことあんの?」
「……喧嘩売ってます? 彼女持ち先輩」
「せめて名前で呼んでください……」

 後輩が今日も厳しい。そんなふうに嘆いたら「普通に喧嘩売りましたよね、今。やります?」と恐ろしい言葉が再び返ってきた。そのつもりは微塵にもない。ただ、迷いに迷った人選が赤葦だった、というだけで。
 生まれてこの方、正直好きな子がいたことはあった。でも、彼女なんていう存在はいたことがなくて。いまいち関係が彼氏彼女になってからの関わり方が分からない、というか。相談しようにも同輩連中は彼女がいるやつがいないし、雀田や白福には普通に聞きづらい。そうなると、彼女がいたことがありそうな後輩にいってみるか、となって。

「いるわけないじゃないですか。こんな四六時中部活してるのに」
「赤葦モテそうなのになー。中学のときは?」
「クラスの女子からは変人扱いされてました」
「ああ、なるほどな」
「なんで納得したんですか? 喧嘩ですか? 買いますよ」
「今日短気だな?!」

 赤葦はタオルで汗を拭きつつ「惚気るなら相手を考えてください」とげんなりした顔で言った。さすがに先輩と同輩の恋愛模様を聞かされるのはつらいらしい。それは申し訳ない。付き合う前にあれだけ協力的だったからつい、と言ったら「付き合う前と付き合った後は生々しさが違うので」と言われた。生々しさ。なんか、嫌な言葉だな、それ。思わず苦笑いをこぼしてしまった。

「……本当に好奇心で聞きますけど」
「おう?」
「手くらいは繋いだんですか」
「……は、春合宿のときに、繋ぎました、けども」
「いや、付き合ってからですね」
「…………ないです」

 まだ付き合い始めて数週間なんですが、さすがにいいのではないでしょうか。そんなふうに赤葦のことを見ると、思った通り白けた顔をしていた。お前どうせ繋いだって言ってもそんな顔しただろ! そう非難すると「すみませんでしたヘタレ先輩」とため息を吐かれる。ひどいな?!
 床に置いてあるボトルを取ると、赤葦がごくごくと飲んだ。もう残り少なかったらしい。真上を向くように最後まで飲み切ると、一つ息を吐いてボトルのキャップを閉める。それから「まあ」といつも通りの声色で口を開いた。

「手が早いよりは好感が持てます」
「……お父さんか?」
「最早それに近い気持ちですね」

 いろいろ面倒は見てきたので、と赤葦が笑った。面倒は見てきた、って。まあ、その通りだけれども。お世話になった自覚はある。「近いうち手は繋ぎます、お父さん」とふざけて言ったら「そういうのやめてください、気まずいんで」と眉間にしわを寄せて拒否された。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




ちゃん、そろそろ木葉と進展あった~?」

 どうして俺はこんなにも間が悪いのだろうか。買ったばかりのペットボトルを抱えて一人で息を潜める。
 風呂上がり。喉が渇いたので自販機で何か買おうと一人で歩いていた。自販機に辿り着いて、どれにしようか悩んでいると、廊下をと白福が歩いて行くのを見つけた。二人が向かっていく先には差し入れのお菓子が置いてある部屋。女子マネージャーたちのたまり場になっているので、余程の勇者でなければ男は近寄らない場所になっている。今日もそこでお菓子をつまみながら女子会なのだろう。
 余程の勇者というわけではないが、の顔は見たいな。そう思って勇気を持って飲み物を買ったあとに二人が向かったであろう部屋に近付いた。ドアは開けっぱなしになっているので軽く声をかけてから入ろうと考えていたとき、先ほどの台詞が聞こえてきたというわけだ。

「し、進展、といいますと……?」
「手繋いだとか? ちゅーしたとか?」
「あ、やっぱりあの七番の人と付き合ってるんだ。仲良いもんね」

 やっぱり他校のマネージャーもいるじゃん! そんなところで何聞いてくれてんだ白福! 気になるやら恥ずかしいやらいろんな感情がこみ上げる。さすがにここに入っていく勇気はない。物音を立てないようにじっとしているだけになってしまう。盗み聞きは良くないというのは承知だが、自分が話題に上がっているのに背中を向けて知らんふりできなくて。

「な、何も、特には……」
「さすがヘタレだね~」
「でも、あの、まだ数週間ですし……?」
「まあ、それもそうだけどね」

 雀田が笑うと他校のマネージャーが「最近付き合い始めたんだ?」と楽しそうに聞いた。女子はみんな恋バナ好きだよな。頼むから変なこと言うなよ。ちょっと苦笑いをこぼしそうになりながらそう祈っておく。
 声だけでもがどんな顔をしているのか分かる。恥ずかしがり屋でそういうことに免疫がないタイプだから、こんなふうに話の中心に放り込まれてあわあわしているのだろう。誰とも目を合わせられなくなっているに違いない。ちょっと可哀想、だけど、申し訳ないことに助ける術がない。頑張れ、と内心でエールを送るしかできなかった。

「でも手を繋ぎたいとかちゅーしたい、とかあるでしょ~」
「え」
「大好きな木葉さんが彼氏なんだよ? 思うでしょ?」

 にこにこしているであろう声でなんてこと聞いてんだ、白福。盗み聞きしている俺まで顔が熱くなってしまうようなそれに、が困惑しているのがよく分かった。言っていいのかどうなのか、と悩んでいる様子だ。
 正直、ものすごく興味がある。俺も俺でどう関係を進めればいいものか悩んでいたところだ。本人から答えが聞けるなんて有難い展開なわけだ。やめてやれよ、と思いつつも白福には感謝しておく。

「その、ですね」
「うんうん」
「わたしがこうしたいというよりは」
「うんうん」
「……木葉さんは、どうしたいのかなあ、とは、よく考えます……」

 思わず持っていたペットボトルを落とすかと思った。どうにか落とさずに済んだが、ここにずっといるのは危険すぎる。足音を立てないようにそそくさと退散。その背後から「やだ、かわいいんですけど」というテンション高めな女子どもの声が聞こえてきて、勝手に一人で照れてしまった。