darling

合同合宿1(k)

 きれいに晴れた空は爽やかでいいのだが、とにかく暑い。夏は暑いものだから仕方がないとしても、暑すぎる。体育館の隅っこで項垂れていると、隣に座った鷲尾も一つため息をこぼしていた。

「慣れないもんだな……」
「慣れるわけないだろ」
「ですよね~」

 苦笑い。さすがに三年目だからもう少し余裕を出せるかと思ったのだが。まあ、すぐそばで木兎だけは元気に騒いでいるわけだが。
 梟谷グループ合同合宿初日。毎年恒例ということもあってメニューはいつもと同じでスムーズに練習が進んでいる。マネージャーの子たちもそれぞれ情報交換をしながら仕事を回しているようだ。音駒の手伝いはぐるぐると交代制で行っているらしい。それにちょっとだけほっとしつつ、ちらりと視線を左のほうへ向ける。
 赤葦とスケジュールを見ながら何か相談しているらしいがにこにこと楽しげにしている。暑いし忙しいししんどいだろうに。なんであんなに楽しそうにしてるんだろうか。思わず一人で笑ってしまうと、隣の鷲尾も同じように笑った。

「その微笑ましそうなのやめてほしいんですけど……」
「なら微笑ましい感じを出すな」
「ハイ……」

 ごもっとも。何も言い返せる要素がなかった。
 未だに少し距離を取りかねている。俺としては今まで通り普通にしているつもり、なのだけど。どこかそわそわしてしまうというか。その雰囲気がにもしっかり伝わっているらしく、たまに鷲尾が言う〝微笑ましい感じ〟になることがある。
 正直、彼女なんてできたことがなかったし、女の子に好かれたこともそんなにない。いまいちどこまで踏み込んでいいのか分からない。少しでもいつもと違う感じが出るとめちゃくちゃ照れられる上に逃げられるし、かといっていつも通りだとなんか付き合っている感じがなくて寂しい、というか。自分の経験値のなさにへこむ日々が続いている。
 いや、言ってもまだ一ヶ月も経ってないし。そんなにすぐに変わるものではないとは分かっているつもりだ。こういうのは急いで変えたっていいことはない。そんな気がするから、このままでもいいと思う自分もいる、けれども。

「まあ、あれだ」
「あれ?」
「お前は思い詰めるとろくなことがないから気を付けろよ」
「どんな印象だよ?!」



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 一日目が終了した風呂上がり。校内を借りて寝泊まりするのだが、二階が選手、三階がマネージャーというふうに振り分けられている。雀田と白福は「マネージャーは一部屋でいいから二階の端でいいのに」と不満げだった。まあ、一階分階段を上らなければいけないわけだし億劫なことには違いない。も同じようなことを言っていた覚えがある。こればっかりは仕方がない。諦めろ、と笑っておいた。
 消灯時間までは階の行き来はできるが、もちろん選手は三階立ち入り禁止。暗黙のルールだ。これは毎年変わらない。同じくマネージャーが選手の部屋に居座るのも基本的には宜しくない。みんなで集まってトランプだの何だのくらいはいいだろうけど、まあ節度を守ってというやつだ。もちろん馬鹿なことをするやつなんかいないから問題が起こったことは一度もない。
 夏だしすぐに乾くだろう、とドライヤーをしてこなかった髪が鬱陶しい。やっぱり乾かしてくればよかった。ぽたぽたと水滴が落ちそうになるのをタオルで拭きつつ廊下を歩く。さっきまで一緒にいた鷲尾たちはもう部屋に戻っている。俺は一階にある自販機に向かっているところだ。
 もう一階の電気は消されている。月明かりだけが廊下を照らしているので少し不気味だ。ちょっと嫌な寒気を覚えつつ自販機に向かうと、先客がいることに気が付く。同時にその横顔が誰かもすぐに分かった。

、お疲れ~」
「あっ、木葉さん! お疲れ様です!」

 ガコン、とが買った飲み物が出てきた音が響く。近寄りながら「何買った?」といつも通り声をかけると、は眩しい笑顔で「炭酸が飲みたくて」と買ったジュースを見せてくれた。
 恥ずかしいことを言うのは百も承知なのだが。元々かわいいな、と思っていたけど、自分の彼女になった途端に余計にかわいく見えるのって普通? こんなにかわいく見えるものなのか? かわいすぎて変な汗が出るくらいでびっくりしたんだけど。
 そんな馬鹿なことはとりあえず置いておいて、の隣にやって「じゃあ俺も炭酸にしよ~」と普通を装っておく。は自販機を指差して「これとこれ、新商品ですよ」と無邪気に教えてくれた。

「というか木葉さん、髪の毛びちゃびちゃじゃないですか!」
「どうせすぐ乾くと思ったら意外と乾かなかった」
「だめですよ! 自然乾燥だと髪が傷んじゃうので」
「え、そうなの?」
「湯冷めもしちゃいますから、ちゃんと乾かしてください」

 がさっき指を差したうちの一つのボタンを押す。「明日からそうします」と笑いつつ出てきたペットボトルを取るために腰を曲げたときだった。が「ほら、ぽたぽたしてます!」と慌てて俺の髪の毛を持っていたハンドタオルで拭いてくれた。

「なんかすみません……」
「ペットボトル持ちますから、一回しっかり拭いてください」

 そう言って手が伸びてくる。ペットボトルを渡せ、ということなのだとは分かる。分かる、けども。ちょっと調子に乗ってしまう。の手にペットボトルじゃなくて、首にかけていたタオルを渡した。はそれに「え、なんですか?」と首を傾げる。
 少し頭を下げると、が「木葉さん?」と不思議そうに顔を覗き込んできた。その顔を見ながら「拭いてって言ったら怒る?」と、ちょっと照れつつ聞いてみる。が俺の髪を触るのが好きだ。なんだか触られるとくすぐったいのに心地良いから。最近は恥ずかしがっているのかなかなかそういうことがなくなって少し寂しかったのだ。

「世話の焼ける人ですね」

 おかしそうにがそう笑った。俺の頭にタオルを被せて、しゃかしゃかと優しい手付きで拭いてくれる。「なんか立場が逆転してませんか」とくすくす笑う声がころころ転がるよう飴玉みたいにかわいくて、明日も乾かさずにに会いたいと思ってしまうほどだった。