darling

助っ人4

※主人公視点です。


 体育館の掃除は選手の人も手伝ってくれたから結構すぐに終わってしまった。今日で合同練習は終わって、また夏休みに入ってから合同合宿がはじまる。今年は音駒の人と仲良くなれたからちょっとだけ楽しみが増えた。去年は緊張で他校の人とあまり話せなかったなあ。そんなことを懐かしく思いながらマネージャー陣で楽しく話しながら体育館を後にしようとした、ときだった。

「あ、木葉だ」

 かおりちゃんがそう言ったのに反応して思わず顔を上げてしまう。さっき備品の片付けを任せてしまった木葉さんがダッシュでこっちに来ている。雪絵ちゃんが「何急いでるんだろ~?」と不思議そうに首を傾げると、木葉さんがまだ少し離れているところから「いた!」と大きな声で言った。

! ちょっと!!」
「お、ちゃんご指名で~す」

 なんだか慌てている。どうしたんだろうか。不思議に思いながら靴を履いて駆け寄ろうとしたのだけど、もうすでに木葉さんがすぐ目の前にいた。な、何か事件でもあったのだろうか。それともわたし、何かやらかしたかな?! 未だにドジものろまも健在だ。知らない間に迷惑をかけていたのかもしれない。

「あ、あの、どうしたんですか?」
「違うから!」
「へ?」
「本当にあの、違うから!」

 な、何がでしょうか。あまりの必死さにちょっとびっくりしてしまう。かおりちゃんと雪絵ちゃんも同じようにびっくりした様子だ。それからかおりちゃんが木葉さんの頭を引っ叩いて「主語がない」と指摘してくれた。

「本当申し訳ないんだけど男だからきれいな人がいたら見ちゃうのは見ちゃうんだけど、本当、好きとかそういうんじゃないから!」
「えっ」
「それは単純になんていうか、本当、そういうあれじゃないから。本当に違う。なんて言えばいいか分からないけど」
「あ、あの、木葉さん、ちょっと落ち着きませんか?」
「俺が好きなのは本当にだけで!」
「木葉さん!!」

 ハッとした様子で木葉さんが一時停止した。時すでに遅し。わたしの周りにはかおりちゃんと雪絵ちゃんはもちろん、他校のマネージャーさんもみんないる。ようやくそれに気付いたらしい木葉さんの顔が徐々に赤くなっていって、最終的に小さな声で「失礼しました」と呟いた。
 休憩中、木葉さんが小見さんたちと楽しそうに話しているのを遠くから見た。視線の先を辿ったら、烏野高校のマネージャー、清水さんがいて。清水さんは本当にこう、ため息が出るような美人というか。とてもとてもかっこいい美人さんなのだ。仕事もきっちりしていて、真面目で、頼りになる。その上に美人。羨ましくて仕方がない人だ。ドジでまぬけでなんてことはないわたしより、当たり前だけれど好きになる男の人は多いだろうと思う。だって、同性のわたしがもうこんなに好きなんだから当然なのだ。
 男の人はきれいな人が好きだから仕方がない。木葉さんだってきっとそうに違いない。そう少し寂しかったけれど、やきもちを焼くとか嫉妬するとか、そういうのはなんだかおこがましい気がして。見ない振りをした。ちょこっとだけ黒尾さんに話してしまったから、もしかして木葉さんに黒尾さんが何か言ったのかな。
 木葉さんのことを雪絵ちゃんがバシンッと叩いた。「よく言った~」とけらけら笑って体育館から出て行く。続いてかおりちゃんも木葉さんをバシンッと叩いて「やるじゃん」と笑う。続けて他のマネージャーさんたちも笑いながら出て行ってしまった。
 お、置いてけぼり。それに、恥ずかしい。ちょっと俯いて、ぼそっと「木葉さんのせいですよ」と責任を押しつけておいた。木葉さんは「誠に申し訳ありません」と情けない声で言ってから、「でも本当のこと、なので」とわたしにしか聞こえないくらいの声で言った。

「りょ、了解しました……」
「はい……」
「…………」
「…………」
「こ、木葉さんのせいですよ!」
「本当ごめんなさい!」

 事情を知らない人から見たら、顔が真っ赤になった二人が騒いでいる奇妙な光景に違いない。お互いに顔を見合わせて、へらりと笑う。恥ずかしい。でも、嬉しい。そんな妙にくすぐったい気持ちになりつつ二人で体育館を出た。
 合同練習二日間の全日程、終了。暗くなってきた夜空を見上げたら、ひゅうっと生ぬるい風が吹いた。ああ、今年も、夏が来たんだな。もう二度と過ごせない一度きりの夏。一瞬で駆け抜けてしまう刹那のひとときが、今年も。そんな、妙に切ない気持ちになってしまった。