darling

助っ人3(k)

さん、これどこ置いとけばいい?」
「あ、そこでいいですよ! わたし持って行くので!」

 少し離れたところから聞こえてくるの声に耳をすましてしまう。いつもならこの声はすぐ近くで広がっているのに、しばらくあの声が俺に向けられていない気がして、なんとなくもやっとした。いや、なんだそれ。ただ音駒の手伝いに行ってるだけだろ。何もやっとしてんだよ。そんなふうに一人で苦笑いをこぼしてしまった。
 付き合うことになった途端、他の男と二人で話しているのが嫌だと思うって、男として小さくないでしょうか。誰にでもなくそう問いかけてみる。十中八九、小さい男だ、と言われるに決まっている。調子に乗るな。本当、どこまでもダサい。
 自分にげんなりしながらタオルで汗を拭っていると、次に当たる烏野高校が近くに移動してきた。にしても黒いジャージ、いいよな。黒って汚れが目立たないしかっこいいし。うちは白だから汚れが目立って仕方がない。毎回母親に怒られるんだよな。
 そんなどうでもいいことを考えていると、小見が脇腹をつついてきた。「烏野のマネ、かわいくね?」と嬉しそうに。小見が見ているほうに目をやると、確かに美人の女子マネージャーがいた。

「話しかけたら仲良くなれるかな~」
「小見やん奥手だから無理だろ」
「いつ俺が奥手になった」
「見た印象」
「木葉に言われたら終わりだな……」
「どういう意味だ、オイ小見やんコラ」

 それにしても確かに美人。そんなふうに同意しておく。「だろ?」と嬉しそうに言う小見につられて猿杙もやってきた。「目の保養だな~」と。まあ、男子という生き物は単純なものだ。近くにかわいい女子がいるだけでやる気が出る。ついでに、好きな子ならなおさら。
 ばしん、ばしん、ばしん、とリズミカルに頭を順番に叩かれた。顔を上げると満面の笑みを浮かべた雀田。「鼻の下を伸ばすな」と言われて小見が顔を隠した。「伸びてません」と言ったのが面白くて笑ってしまう。そんな俺の頭をまた叩きながら「あんたもね」と言われてしまう。

「俺?!」
「美人だって言ってたでしょ。美人だけど」
「いや、美人だとは思ったけど鼻の下は伸ばしてない、マジで」
「木葉・浮気・秋紀だ」
「おい!!」

 けらけら笑われながら否定しておく。ここにがいなくて本当に助かった。変に誤解されたらたまったもんじゃない。気を付けよう。そうほっと一つ息を吐いた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「お、木葉発見」
「お疲れ様です!」

 またしても黒尾と一緒にいるところに遭遇してしまった。ちょっと微妙な気持ち…………いや、なんでだよ。微妙な気持ちじゃない。全然。会えて嬉しいです本当に。自分にそう言い聞かせながら「お疲れ」と返した。
 今日も今日とて、の片付けを黒尾が手伝っているらしい。はにこにこと黒尾の顔を見上げて「今日でおしまいですね。寂しいです」と言った。寂しいって言ったぞ?! 確かに今日で合同練習は終わりだけど、またすぐに合同合宿があるからすぐ会えるのに?!
 驚愕している俺に気付かないまま二人が楽しげに会話を続けている。え、何この、蚊帳の外感。いつの間にそんなに仲良くなったんでしょうか。何となく取り残された感じでいると、離れたところから白福がを呼ぶ声が聞こえてきた。体育館の片付けを手伝ってほしいとのことだ。は学校から借りた備品を持っている。それを返してから、と言いかけたのを止めて「それ俺が持ってくから」と言った。は少し迷っていたけれど、「すみません、お願いします」と申し訳なさそうに言ってから走って行った。

さんってさ」
「え、何?」
「かわいいよね」
「はっ?!」

 びっくりして備品を落としかけた。黒尾がそんなことを言うと思わなくて。というか、黒尾って、みたいな子が、タイプなんだ? もっと大人っぽい子が好きそうなイメージだったんだけど。いや、は正直めちゃくちゃかわいいしめちゃくちゃいい子だけど。でもこう、なんというか。俺以外がそう言うのはちょっと、嫌、というか。

「こう、なんか守ってあげたくなるタイプっていうか?」
「え、えー、まあ、うん、そうだな……」
「動きもちょこちょこしてて見てて飽きないし?」
「そ、そうだな……」

 やめろ、それ以上言うな。余計なことを言いそうになる。話を逸らそうとしようにも主導権を握られていてどうにもできない。苦しい。なんだこの変な状況。なんで、あの、自分の、かのじょ、が他の男に狙われている状況に直面しなくちゃならないんだ。言いづらいだろいろいろと。
 ブッ、という笑い声が響いた。びっくりして黒尾の顔を見ると、めちゃくちゃに笑いを堪えている。呆けてしまう俺に黒尾が「分かりやすすぎるだろ」と言ってから、ついに笑い始めた。

「は? え? 何?」
「守ってあげたくなるところと、見てて飽きないところと、あとどこが好きなんですか~?」
「は?!」

 にやにやと笑いながらそう言われて、ようやくからかわれていたのだと気付いた。黒尾は笑いながら軽く足を蹴ってきた。

「いいなー年下の彼女」
「……なんで分かったんだ?」
「まー、見てりゃ分かるだろ。さすがに?」

 楽しげにも俺も、お互いのことを遠くから見すぎ、と指摘された。そんなに見ていたつもりはない、けど。よく他のやつにも言われることだ。間違いないのだろう。

「まあ、あとはさんの言動が分かりやすかったな」
? 何言ってたんだ?」
「バレーの好きなところとか記憶に残ってる試合とか? そういう話するとき、なんとな~く木葉っぽいプレーの話ばっかりするからかな~?」
「……そうですか~」
「ガチ照れじゃん。青春してて羨ましいわ~」

 とりあえず蹴り返しておく。そのついでにこの短期間でどうしてあそこまで仲良くなったのか、を聞いてみた。黒尾はにやにやと「嫉妬ですか~?」とからかってきた。全くその通り。だから話せ。そう言ったら笑いつつ「俺もびっくりしてる」と言った。

「お前のこと言っただけだよ」
「俺?」
「明らかに木葉のことを褒めてる感じだったから、二人になったときに俺も木葉のことを褒めたら仲良くなれましたけれども」

 倉庫についた。比較的軽いものを持っている俺が片手で扉を開けて、黒尾が中に入った。棚のどこだ、と聞かれたので三段目の左と答えておく。黒尾がそこに箱を置くと、俺の箱も受け取ってくれた。箱を受け取ってから「愛されてますね~良いことだわ~」とまた笑われた。いや、笑うな。というか俺の何を褒めた。気持ち悪いんだけど。

「ああ、あとな」
「今度は何だよ……」
「あんまり美人マネージャーのことばっかり見てると、彼女ちゃん悲しむぞ~」
「えっ、待って、何、どういう意味?」
「〝男の人はきれいな人が好きですもんね〟って寂しそうに笑ったのをフォローした俺を褒めてほしい」
「ありがとうちょっと用事あるからここ頼むわ」
「ひでーな」

 お幸せに、と黒尾が笑いながら手を振ってきた。全力で茶化してきやがる。でも、正直少しほっとした。黒尾が相手じゃ正直勝ち目がない。そう思う自分が情けないけど仕方がない。すぐに人は変われないものだから。