darling

助っ人2(k)

 雀田が渡してくれたタオルを受け取って額を拭う。今年も暑くてしんどい。そう一つ息をついて、ふと気が付く。きょろきょろと辺りを見渡すけど、探している人物が見当たらない。おかしいな、いつもこのタイミングだと他のやつにボトルを配っているのに。不思議に思っている俺の首元に冷たい何かが触れた。思わず声を上げながら手を首元に当てる。それをけらけらと白福が笑って「有難くもらって~」とボトルを渡してきた。

「ありがとうございます……つーかびっくりするからやめろ……」
ちゃんなら音駒のとこだよ~」
「え、音駒? なんで?」
「助っ人マネージャー」

 両手でピースサインを作って白福が言った言葉に首を傾げる。助っ人マネージャー。頭の中でそれを繰り返していると、後ろから猿杙が「あーなるほどね」と言った。

全然見当たらないな~って思ってたんだよね」
「前に木兎が監督から言われてたからさ」
「ちなみになんで?」
ちゃんからの立候補だよ~」

 ちらりと白福が俺を見た。「なんかごめんね?」と言われたのでちょっと顔が熱くなる。いやいや、別に、謝られることじゃないし。そりゃあまあ、ちょっと、残念に思った自分はいたけど。でもまあ、そういうの、人見知りのくせに自分で立候補するところが、まあ。そんなふうに思わず笑ってしまうと猿杙が後ろからチョップしてきた。痛いんですけど! そう視線を向けたら「なんかムカついたから」と笑われた。
 ちらりと離れたところで休憩している音駒の輪を見る。ちょうどがタオルを黒尾に渡しているところだった。笑って会話をしている。自分から人に話しかけるのは苦手だけど仲良くなるのが遅いタイプじゃない。もうほとんど馴染めているし、楽しくやっていそうだ。ちょっと安心するのと一緒にほんの少しだけもやっとしてしまう。いやいや、部活中だし。そういうんじゃないし。そう目をそらして息をつく。

「あーあ最後の夏なのに一緒にいる時間少ないな~」
「勝手にアテレコするのやめてもらっていいですかね……」
「えー、それくらい思っていいじゃん。ね?」
「いいと思う~」
「まあ、合宿は交代にするからそんなに拗ねないでよ木葉秋紀くん~」
「拗ねてはないですけどね?!」

 けらけら笑う猿杙と白福の後ろから雀田が「何何? ヤキモチ木葉秋紀?」と参戦してきた。ヤキモチじゃないわ! そうわーわーしていると他の部員まで入ってくるから収拾が付かなくて困る。こういうときストッパーをしてくれる赤葦も大体混ざるし困る。お願いだから茶化さないでください本当に。そう半泣きでお願いしているのに誰も聞いてくれる気はないらしい。

「音駒の誰かがちゃんに恋とかしちゃったらどうするの~?」
「どうする? 男らしく俺の彼女だからって言える?」
「めちゃくちゃ熱いじゃんそれ。木葉がそんな男気出すとこ見たいわ~」
「もう本当にやめてください……」

 俺が頭を抱えたところで休憩終了の合図。助かった。そうほっとしていると、遠くにいると目が合った。コートに入っていた音駒のやつらを見ていた延長線上に俺がいたのだろう。じっと俺を見てから、ほんの少しだけ周りを気にする素振りをした。それから、本当に小さく、指先を振るだけの控えめな仕草で手を振ってくれた。なにそれ、かわいいんですけど。たぶん俺以外は誰も気付いていない。俺も控えめに手を振って応えておく。お互い頑張ろうな。そう心の中で声をかけてから、目をそらした。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 一日目の練習が終了して、すっかり日が暮れた空を見上げて伸びをする。一日目からすでにみっちりな練習内容すぎて明日が心配になる。そう若干苦笑いをこぼしていると、「お」と後ろから声が聞こえた。「木葉じゃん」という声のあとに「木葉さん!」と聞き慣れた声がして急いで振り返った。

「お疲れ様です」
「お疲れさ~ん」

 、と黒尾。は音駒のタオルが入ったかごを持っていて、黒尾はボトルが入ったかごを持っている。どうやら下級生は体育館の片付けに回っているらしい。「お疲れ」と言葉を返しつつ、俺も水道のほうへ行くつもりだったので二人についていくことにした。

「すみませんね、大事なマネージャーさんお借りしちゃって」
「本当にな~。早めに返してくださ~い」

 けらけら笑ってから黒尾がに「でも本当助かりました。ありがとな」と言う。黒尾ってそういうとこ、なんか大人っぽくてすごいなと思う。同い年なのにたまに大人な一面を感じるというか。いや、本性はただの高校三年生なところも知ってるからなんとも言えないけど。
 はにこにこ笑って「明日も頑張ります!」と黒尾に言う。そういえば、なんで音駒の助っ人マネに立候補したんだろう。たぶん自分が後輩だからって思ったんだろうとは予想が付くけど。妙にやる気満々に見えるところがちょっとだけ気になる。何か特別な理由でもあったのかな。後で聞いてみよう、と思いつつちらりとの顔を見る。

「黒尾さんのあれ、すごくかっこよかったですね! 二試合目の!」
「あら嬉しい~」

 もやり、と心臓の奥が曇る。いやいや。もやっとするな。そう曇りそうになった何かを払うように咳払い。何がかっこよかったんだろう。二試合目っていつの? 梟谷と当たったときじゃないはずだけど、何のとき? いやそりゃあ黒尾はいい選手だしかっこいいところもあるだろうから別に気にするところじゃないんだけど。いや、本当に、気にするところじゃない。別にいいだろ、が誰かを褒めたって。
 俺がそんなふうに考えているなど知る由もない黒尾が俺の顔を見た。「このままもらっちゃいたいくらいだわ~」とか言うものだから。いやいや。あげないし。冗談だと分かっているから軽くそう返しておく。もけらけら笑うだけの和やかな時間、だったはず、なのだけど。ヘタレビビりチキンが顔を出す。卒業したはずなのに。
 黒尾みたいなタイプのほうが、好きだったらどうしよう。とか。だって一般的に女の子って頼り甲斐があるしっかりした男のほうが好きなイメージあるし。俺ら三年からすると黒尾はふざけ出すと歯止めが利かなくて案外変なやつなんだけど、後輩の女の子から見たら頼り甲斐のあるかっこいい先輩に見えそうじゃん。黒尾も女の子にはそういう年相応な面をあまり見せないと思うし、普通に優しい良いやつだし。去年の合宿でも他校のマネージャーが運んでいた重たい物を持っているところとか、まだ慣れていない一年生に声をかけたりしているところ見た。変なやつだけど気が利くんだよな。本当、普通に良いやつなんだよな、ふざけ出しさえしなきゃ。
 対して俺、ヘタレビビりチキン。いやもう字面からして完全敗北なんですけど。そんなふうに情けなく思いつつ。いや、でも、俺のこと好きって、言ってくれたし。大丈夫。大丈夫、だよな? 楽しそうに黒尾と話すの顔を見てそんなふうに思ってしまった。