darling

合宿前

※主人公視点です。


「今年もついにこの季節が来たな……」
「なんだその入り方。ばかっぽいからやめろ」
「ただ七月に入っただけだろ」
「もっとノッてきて!!」

 木兎さんが悲しそうに小見さんたちを睨み付ける。その様子に赤葦が深いため息をつくと、かおりちゃんが苦笑いをこぼしていた。去年のこの時期は木兎さんのテンションがとてつもなく高かった。そのせいか赤葦は木兎さんの制御に追われることを予見しているのかもしれない。
 七月。この時期は運動部に所属している学生なら誰もが大切にしている時期だろう。もちろんそれは梟谷学園男子バレー部も同じこと。何より木兎さんのテンションの源になっているのが、他校との合同合宿の存在だ。正直去年はあまり高校バレーというものをちゃんと理解していなかったのだけど、梟谷学園は他校とともにグループを作り毎年この時期に合宿をしているのだ。強豪校たる所以、といっていいのだと思う。
 去年は緊張しっぱなしでろくに他校の人とは話せなかったなあ。マネージャーの人とはたくさんおしゃべりしたけれど、大体かおりちゃんと雪絵ちゃんにくっついていたっけ。そんなことを思い出しつつ、先ほど監督から配られた月間予定表に目を向ける。終業式前の土日に梟谷で合同練習。夏休みが開始してすぐに約一週間の長期合同合宿。森然高校が合宿場所とのことだった。
 大体の日程を頭に入れておこうとそれをじっと読んでいると。ふと予定表に影が落ちる。何気なく前を見ると覗き込んでいたのは木葉さんだった。

「うわー、みっちり」
「いいじゃないですか。合宿、わたしは好きです!」
「いや俺も好きだけどね? 日数とか数字で見せられるとキツイな~って脳が反応するんだよな~」

 たしかに。そう思いつつ、木葉さんたち選手は暑い中で練習もしなくちゃいけない、慣れない環境で団体行動をするからストレスフリーではない、疲れが取れないまま練習、という連鎖に気が付く。思わず「すみません」と口走ると木葉さんが驚いたように「え、なんで謝られたの俺?」と首を傾げた。謝った理由を説明したら木葉さんはなんだか複雑な顔をする。そうして頭をかきつつ「相変わらずだな~」と苦笑いをこぼした。

「そりゃあ練習はキツイししんどいけど、マネージャーの仕事だって同じだろ」
「でも走ったりはしないですし……軽率だったな、と」
「真面目か! でも本当、選手だろうがマネージャーだろうが変わらないって」

 変わらない、というのは無理があるのではないだろうか。内心でそう思っていると、木葉さんはそれを察知したみたいだ。にこにこしながら「お~? 自分と選手はぜんぜんちがうって顔をしていらっしゃるな?」とわたしの顔を覗き込んだ。それは、そうなのではないだろうか。そう首を傾げると、木葉さんは「変わらないんです~」と笑って、くしゃくしゃとわたしの頭を撫でた。

「そこ~いちゃつくな~」
「いちゃついてねえわ! そのからかい方本当にやめてくださいお願いします」
「これくらいいいじゃん。こっちがどんだけ苦労したと思ってんだビビりヘタレチキン」
「すみませんね?!」

 木葉さんがかおりちゃんと話している隙にちょっと距離を取った。それにすぐに気が付いた木葉さんが「傷付くんですけど?!」と言うものだから困ってしまう。慣れない。どうしたらいいか分からなくて雪絵ちゃんの後ろに隠れたら「ちゃんのことは幸せにするからね~」と雪絵ちゃんが笑ってくれた。
 こんなはずでは。内心そう呟く。まさか、木葉さんの、彼女に、なれるなんて。こんなはずではなかった。ただ見ているだけでいいと、お礼を言えるだけでいいと思って梟谷に来たのに。
 しばらくはわたしも木葉さんもどうしていればいいか分からなくて、ぎこちない感じで部活に来ていた。二人で話すのもなんか、いいのかな、ってお互いよく分からなくて。周りの人からしたら部内恋愛とか面倒くさいな~とか思うのかな、と思うと知らんふりしなきゃだめなのかな、とか。いろいろ考えすぎてしばらく木葉さんとあまり話さないようにしていたし、木葉さんもそうだった。
 それに活を入れてくれたのがかおりちゃんと雪絵ちゃん。「逆に気になるわ!」と木葉さんはかおりちゃんに蹴り飛ばされていたし、わたしは雪絵ちゃんのほっぺをもちもちされる刑に処された。その日からわたしと木葉さんは、ほんの少しでもぎこちなかったり変な感じになっていたら怒られるという謎のシステムが誕生している。判定員は大体木兎さんだ。「なんか変!」と言われた瞬間に木葉さんは蹴られる羽目になっている。

「あ、そうだ。うちマネージャー三人いるからいない他校のフォローしてって言われてんだけど」
「いないとこっていうと? 音駒今年もマネージャー入らなかったのかな?」
「入んなかったって黒尾が言ってた!」
「可哀想~」

 音駒。去年の合宿とかこれまでの大会を思い出す。くろおさん。どの人だっけ。思い出せるのは金髪のセッターとモヒカンの人くらい。名前ちゃんと覚えなきゃなあ。そう考えていると赤葦が「黒尾さんは変な髪型の黒髪の人」と、まるでわたしがどの人か分かっていないことを知っていたように教えてくれた。変な髪型。あ、あの寝癖っぽい人だ! 赤葦は分かったわたしの表情がおかしかったのか吹き出して「ものすごく失礼なんだけど」と笑った。え、先に言ったの赤葦じゃん! そうぽかすか肩を叩くと「ごめんって」とまだ笑っていた。
 まずは合同練習、それから合同合宿。夏のイベントはたくさんある。でもそのどれもこれも、ある意味ではもう最後なんだな。そんなふうに思いながらちらりと木葉さんの背中を見つめてしまう。小さくため息をついたらまるでその背中が見ていたようにくるっと方向転換して、顔がこっちを向いていた。わたしが声をかけるより先に赤葦が「が黒尾さんのこと変な髪型って言ってます」とわたしを指差す。言ったの赤葦だったじゃんか! そう怒ると、木葉さんはけらけら笑って「確かに変な髪型だけどな」と言う。言ったのわたしじゃないですってば! そう赤葦と木葉さんに怒っていると、木兎さんがまで参戦してきたものだから収拾がつかなかった。