※主人公視点です。
「ちゃん、りんご飴食べよ~!」
真っ赤なりんご飴を持った雪絵ちゃんが手を振ってくれる。賑やかな雰囲気に少し呑まれかけていた頭が一瞬で戻って来た。慌てて雪絵ちゃんとかおりちゃんの元へ駆け寄ると、かおりちゃんが乱れた髪を直してくれた。
ちょっと早めの七月頭、高校の近くでお祭りがあるというので、雪絵ちゃんとかおりちゃんに誘われて三人でお祭りへやってきた。二人とも浴衣を着てくるというのでわたしも合わせて浴衣を着てきた、の、だけど。二人とも大人っぽい色味のものを着ている。わたしは中学生になったばかりのときに買ってもらったなんともかわいらしい色味のもの。ちょ、ちょっとだけ、恥ずかしいような。
「今年も夏が来たねえ……」
「あーまた大変な一週間が今年もはじまる……」
「でも今年で最後だと思うとちょっと寂しいよね~」
「さいご……」
「ちゃん、新入生勧誘頑張らないとね。さすがに一人はつらいから」
そっか。そうだった。二人はもう来年いないんだ。分かっていたことなのに、改めて実感してしまうと。きゅっとかご巾着を握ったとき。
「あ」
聞き慣れた低い声が聞こえた。人混みの中に紛れて聞こえて来たその声の行方を探すと、すぐに見つかった。私服姿の赤葦が右手にフランクフルト、左手にイカ焼きを持って焼きそば屋さんの前に立っていた。赤葦も来てたんだ。そう驚いているわたしを置き去りにかおりちゃんが「お、いたいた~」と赤葦のほうへ歩いていく。いたいた?
赤葦が来てるの知ってたのかな?
よく分からないまま一緒について行くと、雪絵ちゃんが「あれ、一人?」と首を傾げる。赤葦はもしゃもしゃとイカ焼きを食べつつ「わたあめではしゃいでます」とフランクフルトで東のほうを差した。カラフルなわたあめの屋台の前に、見慣れた数人の姿。今どきの女子かというほどきゃっきゃっと楽しそうにしているのを、かおりちゃんが若干呆れつつスマホで写真を撮った。
「というか早かったね?」
「木兎さんが早く行こうと聞かなかったので。まあ腹も減ってたんでいいかと」
「はらぺこあかあし絶好調だね~」
「あんたに言われたら赤葦も複雑でしょうよ……」
苦笑いするかおりちゃんが雪絵ちゃんの口元についた飴を取ってあげている。そこへわたあめではしゃぎ終えた、木兎さんたちが「お!
いつの間にかいる!」とカラフルなわたあめを持ったままこちらへ向かってきた。雪絵ちゃんが手を振って「おつかれ~」と言うのでわたしもつられて「お疲れ様です!」と声をかける。ぞろぞろとこちらへ歩いていく木兎さんたちを、周りにいる人たちがちらちら見ているのがよく分かる。平均身長越えの集団だからものすごく目立っている。赤葦が「あの中にいると目立つんで嫌なんですよ」とぼやくと、聞こえたらしい猿杙さんが赤葦をからかいにささっとこちらへやってきた。楽しそうだ。それに少し笑っていると、突然顔を覗き込まれた。
「うわあ!」
「え、ひどくない?
人を化け物みたいに」
「きゅ、急に覗き込まれたらびっくりしますよ!」
木葉さんはけらけら笑いつつ「ごめんて」と言った。薄っすら額に浮かぶ汗を腕を上げて拭くと、一つ息をついた。どうやらかおりちゃんたちは木葉さんたちがお祭りに来ることを知っていたらしい。約束をしていた、というほどでもないようだけれど、なんとなく合流するつもりではいたようだ。
今日の夏祭りは終盤に打上げ花火が上げられる予定だ。それまではこうして屋台や出し物で楽しむ、という感じなので恐らくみんな花火までここにいる予定だろう。残念ながら家が遠いわたしは途中で帰るつもりだ。雪絵ちゃんとかおりちゃんが「迎えに来てもらうつもりだから一緒に送ろうか?」と言ってくれたけれど、そんな迷惑をかけるわけにもいかない。両親も「迎えに行こうか?」と言ってくれたけど、部活のことでたくさん迷惑をかけているから気が引けて断ってしまった。
「ちゃん、わたしたち木兎たちと射的行くけどどうする?」
「あ、すみません、後で合流します!
ちょっとお手洗い行ってきます」
「りょうか~い!」
屋台通りから少し行ったところにお手洗いがあったはず。そこへ行こうと輪から外れようとしたら、後ろから「俺もちょっと行きま~す」と木葉さんの声が聞こえて来た。わたしの隣を歩き始めた木葉さんは「あっちだっけ?」とふつうに会話をはじめた。自惚れかもしれない。だから口には出さなかった。笑いながら「もう仕方ないから案内してあげますよ~」と言ったら、木葉さんも笑って「頼りになる後輩がいて助かるわ~」と言った。
二人で話をしながらどんどん賑やかな屋台通りから離れて行く。木々に囲まれた中にひっそりとあるのでちょっと不気味だ。
わたしがお手洗いから出ると木葉さんが近くにある石階段に座っていた。声をかけて近寄っていくと、カシャッとカメラの音がする。木葉さんがこちらにスマホを向けていて、どうやら写真を撮ったらしかった。
「あーだめだ。暗くてちゃんと撮れてないわ」
「いやいや、何してるんですか!
盗撮反対です!」
「街灯の近くに立ってみて。それなら映るかも」
「聞いてますか?!」
「だって撮りたいじゃん。好きな子の浴衣姿」
「…………」
「かわいいし」
「……木葉さん!!」
カシャッとまたカメラの音がした。スマホをこちらに向け続ける木葉さんに、手で顔を隠しながら近付いていく。スマホを取り上げようとしても、ひょいっと軽く避けられてしまう。
「撮らないでください恥ずかしいので!!」
「一枚だけ」
「は、恥ずかしいので!」
「えー」
けらけら笑いつつスマホを渋々しまってくれた。ほっとしつつ手で隠していた顔をそっと木葉さんに向けてみる。さっきまでからかうようにしていたはずなのに、木葉さんがなんだか恥ずかしそうな顔をしていた。照れるなら、からかわないでほしい。そう頭の中でぽつりと呟いてから「みんなのところ、戻りましょう」と元来た道を戻ろうと方向転換した。
「」
ほんのり冷たい風が頬を撫でる。くすぐるように揺れた髪を手で払いながら振り返ると、木葉さんも同じように揺れる髪を手で払っていた。