darling

IH予選5

※主人公視点です。
※IH予選編、すべてを通して捏造しかありません。
※本編で後に出てきても修正しない予定ですのでご了承ください。


 きれいな手だなあ。ぼんやり頭の中で呟く。
 帰りの電車の中、いつの間にか眠ってしまったらしい。ぱちっと目を開けたときには辺りはなんだか静かで、わたしの視線の先には誰かの手があって。どうやら自分が誰かの肩に頭を預けてしまっていることに気が付いた。

「すっ、すみませ……」
「あ、起きた?」
「こっ、この、木葉さん!!」

 勢いよく頭をどかせたら木葉さんの顎にクリーンヒットしてしまう。「へぶっ」と木葉さんの声が響くと同時に鈍い痛みが走った。

「ちょ、嘘、めっちゃ攻撃的……」
「すみません、すみません、大丈夫ですか!」
「いやいや俺もごめん、勝手に頭借りてたから」

 頭を借りるとは?不思議に思っていると木葉さんは「俺も途中で眠たくなって」と苦笑いした。どうやらわたしの頭に寄り掛かって寝ていたらしい。そう言われてみればちょっと頭に違和感があるような。それにしても寝てしまった上に木葉さんの肩を借りてしまったなんて恥ずかしすぎる。もう一度謝ると木葉さんは「全然ウェルカムですけども」と笑ってくれた。
 はっとする。辺りにバレー部の人たちが誰もいない。「他の人たちは……?」と聞いてみると、木葉さんはけろっと「あ、もうみんな降りてった。ここ終点近くだし」と言う。もう降りてった? 終点近く? 頭が混乱する。この路線の終点近くといえばわたしが乗り換える駅がある。けれど、他のみんなはそれよりもっと手前で降りる。木葉さんなんてその最たる例だ。たぶん木葉さんが部内でも早くに電車を降りるはずなのにどうしてまだ乗っているんだろう。わたしが考えていると車内アナウンスが聞こえてくる。停車駅が近いのだろうアナウンスが告げた次の停車駅は、終点だった。

「思いっきり寝過ごした感じです、俺たち」
「え、ええ! わたしはともかく、あの、木葉さん大丈夫ですか?!」
「大丈夫大丈夫。まだまだ時間的には余裕だし」

 けらけら笑う。たしかに時間的にはまだまだ終電なんて時間じゃないけど、木葉さん、ここから帰るのものすごく時間かかるのでは? 寝過ごしたって、他の人が起こしてくれなかったのはなんでなんだろう。そう考えると、鈍いと自覚のあるわたしでも分かった。

「すげー聞こえたよ」
「はい?!」
の声。途中なんかめちゃくちゃ面白いことになってなかった?」

 木葉さんが吹き出す。面白いこと、とは? よく分からずにいると木葉さんは笑いを堪えながら「二セット目のさ、相手のセットポイントでの俺のサーブのときさ」と言うと、吹き出してしまってそれ以上喋られなくなってしまった。二セット目の相手のセットポイント。木葉さんのサーブのとき。わたし何かしたっけ? 記憶がない。もう必死で応援していたから何を言ったかなんて一つ一つ覚えてないなあ。

「俺に百点取れって、ふっ、めちゃくちゃ叫んでたじゃん」
「そんなこと言ってました?!」
「言ってた言ってた。すげー必死な声だったからアドレナリンやばいんだろうなあって笑ったわ」
「なんかすみません……」
「いやいや、それでめちゃくちゃリラックスできたわ。ありがとな」

 木葉さんは優しく言ってからまた笑い始める。「お前、俺がサーブ打った後、隣にいた一年に〝今の百点だよね?! 百点取ったよね?!〟って思いっきり肩揺さぶったんだって?」と口元を押さえてくつくつ笑う。その点が決まるまでの間、わたしに肩を揺さぶられ続けたらしい一年生の子があとで木葉さんに教えたそうだ。
 梟谷は準優勝で幕を閉じた。インターハイへの出場権を獲得したが、決勝戦の後は誰もが悔しそうにしていた。わたしもそう。悔しくて唇を噛んで思わず俯きかけてしまったら、隣にいたかおりちゃんが静かに「顔を上げて、選手に拍手しよう」と言ってくれた。そのおかげでわたしは選手たちに拍手を送ることができた。まだまだ未熟だと反省するばかりだった。
 終点についてしまった。木葉さんと二人で降りて、すぐに電車は行ってしまう。他にも降りている人はたくさんいたけれど、ホームに留まったのは木葉さんとわたしだけだった。

「木葉さん、すみません……」
「いいって。俺も寝過ごしたんだし」
「……そうですか」
「え、なんで拗ねる?」
「拗ねてません!」

 一言言ってくれればお礼を言えるのに。木葉さんが嘘を吐くからお礼が言えないんですよ。内心そう思いつつも自惚れているかもしれないから言えない。

「そういえば」
「はい?」
「インハイ本選、行けることになりましたけども」
「はい!うれしいです!」
「まだだめなのね?」
「何がですか?」
「…………」
「……なんで拗ねるんですか?」
「拗ねてないです」

 拗ねてるじゃないですか。首を傾げつつ「いや、拗ねてますよね?」と確認してみる。木葉さんはなんだかバツの悪い顔をして、そうっと視線を逸らした。そうしてぼそりと「厳しい後輩だな……」と前にも言われた覚えのある言葉を呟いた。