darling

IH予選4

※主人公視点です。
※IH予選編、すべてを通して捏造しかありません。
※本編で後に出てきても修正しない予定ですのでご了承ください。


 大会二日目。一日目から一週間経った日曜日。集合時間よりかなり早く到着してしまったわたしは、人の邪魔にならないところでぽつんと一人で佇んでいる。ぼけーっと空を見上げて呑気に雲の数を数えていると、「あの~」と声をかけられた。はっとして視線を空から戻す。男の人が二人、「ちょっといいですか」とスマートフォン片手に話しかけてくる。道に迷ったのだろうか。「なんですか?」とできるだけ感じ良く答えたら、自分たちの自己紹介をはじめた。聞いたことのある高校名だ。二人とも先輩の三年生で、バレー部員。予選大会に出場しているのだろう。会場の場所なんか簡単だし、何を聞きたいのかな。そう思っているとスマートフォンのロックを解除して、「連絡先、」と言いかけた。

「何をしている」
「あ、鷲尾さん! おはようございます!」
「おはよう」

 鷲尾さんはわたしの顔を見たあとで、ちらりと男の人二人を見た。そうしてもう一度「何をしている」と同じ問いかけをすると、なぜだか二人は逃げるように去って行ってしまった。なんだったんでしょう、と首を傾げると鷲尾さんはなんだか渋い顔をした。
 しばらくして赤葦と猿杙さんがやってきた。すぐあとに一年生たち、そのあとに小見さんを含めた数人。最後の集団がやってきたのはわたしが到着してから約三十分後だった。木葉さんも最後の組にいて、わたしを見つけると「おはよう」と言ってくれる。「おはようございます!」といつもどおり元気に応えると、わたしの背後から鷲尾さんが木葉さんを呼んだ。

「はよ。なに?」
のことをちゃんと見ていろ」
「……はい? え? なに急に」
「ナンパされていたぞ」

 ピシッと木葉さんが固まる。鷲尾さんはそれだけ言って満足したようで、他の部員の輪へ入って行ってしまった。な、なんぱ、とは?

「あの、木葉さん?」
「マジで? ナンパされたの?」
「え、いや、身に覚えが…………あ!」
「あるじゃねーか!」

 こつんっとおでこを軽く叩かれる。木葉さんは「どこのやつ?」と聞きつつ周りを見渡している。もうとっくにさっきの二人組はいない。それにしても、そうか、あれが世に聞くなんぱというやつなのか! そんなものに出会ったことがなかったからピンとこなかった。もっとこう、漫画とかドラマで見る感じだと、全面的に下心が出ているイメージだったから余計に気付かなかったのかもしれない。いや、でも本当にあれってそうだったのかなあ。そんなふうに考えていたら、またこつんっとおでこを小突かれた。

「はい、自覚なし顔~」
「なっなんですかそれは!」
「絶対ナンパだから。紛うことなきナンパだから」
「木葉さん見てないじゃないですか! なんで言い切るんですか!」

 わたしが反論している間も木葉さんはわたしの頭をくしゃくしゃ撫でまわしたり掴んだりして遊んでいる。顔は楽しそうに見えるけど、なぜだか少しいつもと表情が違うふうにも思えた。そろそろ髪がぐしゃぐしゃになってきた。「もうやめてくださいよー!」と木葉さんの手から逃れようとしたら、頭がこつんと何かにぶつかった。びっくりして振り返ると、猿杙さんの背中にぶつかったようだ。咄嗟に謝ると猿杙さんはにこにこと笑って「大丈夫だよ」と言ってくれる。ぼさぼさになったわたしの髪に気が付くと、なんだか含みのある笑みを浮かべた。

「複雑な木葉ゴコロ~」
「……このはごころ?」
「乙女心よりむずかしいかもなあ」

 けらけら笑う猿杙さんに木葉さんが「おい」とツッコミを入れた。このはごころ、とは。よく分からず首を傾げてしまうと、木葉さんはなぜだか困ったように笑っていた。
 時間が迫って来たので会場へ向かうこととなる。雪絵ちゃんの足が心配だったけれど、もう大丈夫みたいでかおりちゃんも含めて三人で並んで歩いていく。今日の仕事の振り分けを話していると雪絵ちゃんがじいっとわたしを見ていることに気が付いた。

ちゃん、本当にコート降りなくていいの?」
「はい! 応援したいです! ……あっ、でも応援席に行きたいのなら言ってください!」

 雪絵ちゃんは不思議そうな顔をして、「でもコートに降りたほうが近くで見れるよ? 近くで見たいってならないの?」と聞いてくる。かおりちゃんもそう思っていたらしく、うんうんと頷いていた。近くで見られる。たしかにそうだ。ベンチに入ることができるマネージャー枠は一つ。二人はいつもわたしにそこを譲ろうとしてくれる。けれど、三年生にとって何もかもが最後になる大会だ。選手だけじゃない。かおりちゃん、雪絵ちゃんだって主役だとわたしは思うのだ。
 と、いうのも理由の一つだけれど。やっぱり大きな声で応援したいというのが大きな理由だ。黙って祈るように見ていたら、きっと泣いてしまう気がして。つまりはわたしのわがまま。二人だって応援したいかもしれないのに、わたしが応援席に行きたいと主張したのだ。
 雪絵ちゃんもかおりちゃんもいろいろ察してくれて「行きたくなったらいつでも言ってね」と言ってくれた。二人に感謝しつつ、一つ大きく呼吸をしてしまう。試合に出るわけじゃないわたしが緊張してどうする。ちょっと笑ってから、ぱちんっと軽く頬を叩く。がんばろう。一番大きな声で応援しなきゃ。緊張といっしょに少しの楽しみ。今日も、たくさんあの大好きな手がボールを止め、ボールをあげ、ボールを得点に変えられますように。祈っても祈り切れない思いが溢れ出るように、心臓の音を速めて止まらない。どうか、どうか。そう願えば願うほど自分は無力だと知る。
 コートに選手たちが入って来る。それを大きな声援と拍手で迎えると、木兎さんがこちらを見上げて全員に手を振ってくれた。赤葦も、猿杙さんも、鷲尾さんも、小見さんも、尾長くんも。木葉さんも。みんなに声援を送る。みんなに拍手を送る。この時間が少しでも長く続きますように。そうして、どうか、笑顔で終わりを迎えますように。