darling

IH予選3

※主人公視点です。
※IH予選編、すべてを通して捏造しかありません。
※本編で後に出てきても修正しない予定ですのでご了承ください。


 一日目の試合をすべて勝利で終え、帰路につく。二日目は一週間後の日曜日だ。まだ気は抜けないけれど、絶好調ですべての試合を終えたこともあって選手一同はとてもリラックスしていた。邪魔にならないように自然とそれぞれ電車に乗り込みつつ、「お疲れー」と声を掛け合った。乗り込んだ電車はあまり人が乗っておらず、一先ず全員が座れそうだった。乗り込んだ順番の通りに座ると木兎さんと木葉さんの間になる。しばらくはみんなそれぞれ話していたのだけど、次第に話し声が少なくなっていく。様子を窺うとほとんどの人が疲れ果てて眠ってしまったようだった。わたしの隣にいる木葉さんも同じで、頭が若干左右に揺れつつ眠っている。ふらふらしている頭が危なっかしかったけど、そのうち隣にいる鷲尾さんの肩に落ち着くだろうと思ったらちょっと面白かった。わたしはというと、一人だけなぜだかまだ緊張したまま。
 いつも、試合終わりはわたしだけまだ緊張しているのだ。緊張、と、いうか、どきどきしている。マネージャー失格だと言われるかもしれないのだけど、木葉さんが、すごくすごくかっこよくて、どきどきしてしまうのだ。いつだって木葉さんはわたしにとってはかっこいい人なのだけど、試合のときはとんでもなくかっこいい人になる。真剣な表情とか、ちょっと鋭い眼差しとか。そういうのが頭から離れなくてどきどきしてしまう。さっき口に出したときよりも鮮明に。試合のことを噛みしめるように思い出してしまうのだ。いつからわたしはこんな、ただの恋する人間になってしまったのだろう。木葉さんのことは憧れで、お礼が言いたくてこの学校に来たようなものだったのに。……もともと、一目惚れだったのだろうか。そうだとしたら本当に、なんというか、恥ずかしい人になってしまう気がしてちょっと落ち込んだ。

「なー
「うわあ?! ぼ、木兎さん! 起きてたんですか?」
「みんな寝ててつまんねーよなー」

 隣の木兎さんがけらけら笑う。その隣に座っている赤葦は眠っているようだった。わたしが知らない間に鷲尾さんや小見さんたちも眠っている。車内にいるお客さんを除いて、バレー部ではわたしと木兎さんしか起きていないらしい。

「俺、にずっと言いたいことがあったんだけど」
「な、なんでしょうか!」
って木葉のこと応援してるとき、なんかいいよな!」
「……な、なんか、いい、とは……?」

 木兎さんは「なんかいいんだって!」と笑う。言葉の意味はよく分からないけれど、それよりも木兎さんから木葉さんの話を振って来たことに驚く。木兎さんはあんまり恋愛がどうとかそういう話をしない。前に後輩の子に告白されたことがあったとかなかったとか、そういう噂は何回か聞いたけど彼女はいない。そもそも彼女がほしいとかそういう話すらしない。勝手に恋愛とか興味がない人なのだろうと思っていた。むしろ、わたしみたいに恋愛感情丸出しでマネージャーをやっている人をどう思っているのだろうとどぎまぎしていたことがあるくらいだ。

がバレー部入って来たときもそうだったけど、ってなんかいいんだよな」
「なんか……?」
「なんつーの? 一生懸命というか、一途で? よく分かんないけど!」
「あ、ありがとうございます……?」
「だからさ、別に気にすんなよ。みんなに平等にしなきゃって思わなくてもいーし」
「えっ」
「え、なんかそういうの気にしてるんだろ? なんとなく伝わってきた!」

 野生の勘、恐るべし! 思わず謝ってしまうと木兎さんは「だからいいんだって!」と笑った。

「そりゃあ下心のあるひいきだと嫌かもしんねーけど、の応援ってそういうんじゃないって分かるくらい一生懸命さ伝わってくるし、こっちも見てて気持ち乗るんだよ」
「気持ちが乗る、といいますと?」
「俺もそういうふうに言わせてやるぞ! みたいな?」

 だから応援もに引っ張られるんだって。木兎さんはそう言ってくれた。木兎さんがどうしてこんな話をし始めたのかはよく分からないけど、とにかくわたしを褒めてくれていることは分かった。マネージャーとして認めてくれていることも、よく、分かった。

「次の試合のときも、応援よろしくな!」

 木兎さんはそうにかっと笑ってからハッとしたように顔を青ざめさせる。そうして「あと今日本当ごめん、マジでありがとうな」と言う。その表情の変わりようが面白くて笑ってしまった。
 木兎さんは不思議な人だといつも思う。言葉の一つ一つが素直で、嘘がないと思える。気を遣ってくれているというわけでもなく、心から思っていることを口にしている、というか。なんだか申し訳ない気持ちになりつつも有難いと思ってしまう。
 憧れだったはずがいつしか恋に変わってしまったこの気持ちを、良しとしていいものか悩んでいる自分がずっといた。仲良くなれてからは自分のその気持ちを隠すように過度にふざけて好意を伝えてしまったりした。空回っているなあ、と、落ち込むことも多い。自覚してからはどうしたらいいか分からなくなり、この気持ちが誰かの迷惑になるんじゃないかと思ったりもして、余計にどうしたらいいか分からなくなった。誰かに応援してほしいとかそういうつもりはもちろんない。けれど、誰かにほんの少しだけ背中を押してもらえたらな、と思うことはよくあった。もしくはだめだとはっきり言ってくれればな、と思っていた。欲張りだし、あまりにも我儘なのだけど。

「木兎さん、あの、ありがとうございます」
「ん? 何が? よく分かんねーけどこっちこそありがとな!」

 明るい笑顔にこっちもつられて笑う。木兎さんはまたハッとした顔をして試合でうまくいったスパイクの話をし始める。どうしても誰かに話したくてうずうずしていたのを思い出したらしい。選手の試合中での話を聞くのは大好きだ。わたしには分からない感覚とか視点とか、そういうのを疑似体験できている気がする。とくに木兎さんはその話し方があまりにもダイナミックというか、感情が前面に出ているから聞いていて楽しいのだ。腕を振りぬいたあとの高揚感とか、赤葦のトスがスローモーションで見えるとか。そういうの、わたしも、味わってみたい、とか思ったりする。
 木兎さんの話を夢中で聞いていると、電車が停車駅に到着する。わたしたちが降りるのはまだ先だ。乗り込む人も少なそうだし、ここは座ったままで大丈夫そうかな。そんなふうに木兎さんの話を聞きつつホームの様子を見ていたときだった。ごつんっ、と割と強い衝撃が頭にあった。重たい。若干痛みに耐えていると木兎さんが「ぶふっ」と思いっきり吹き出した。

「木葉、熟睡じゃん!」

 結構な衝撃があったというのに木葉さんは起きていないらしい。状況的に木葉さんの頭が降って来たことはなんとなく分かっていたけど、こういうときって、あの、肩に頭が乗ってちょっとどきっとするとかそういうやつなのでは……? 身長差があるためなのか木葉さんの頭が着地したのはわたしの頭だった、というなんとも残念なパターンとなってしまったらしい。木兎さんはげらげら笑いながら「写メ撮っとこ!」とスマホを取り出してパシャパシャと写真を撮った。
 電車が動き始めたときの揺れで木葉さんの頭が少しだけ動く。さらりとわたしの視界に木葉さんの髪がかかった。電車が揺れるたび、わたしが少し動くたび。木葉さんの髪が視界の隅っこで揺れている。木葉さんには毎日こんなふうに見えているのだろうか。それをすることができた気がして、こっそり、うれしかった。