darling

IH予選2

※主人公視点です。
※IH予選編、すべてを通して捏造しかありません。
※本編で後に出てきても修正しない予定ですのでご了承ください。
※名もなきモブ部員が喋ります。


 雪絵ちゃんを支えて会場に戻ってこられたのは第一セットが終わってすぐだった。観覧席になんとかたどり着いたわたしと雪絵ちゃんに気が付いた一年生が大急ぎで走ってきて、若干戸惑いつつ雪絵ちゃんを支えてくれたのは本当に助かった。三年の先輩たちも騒ぎに気が付くとすぐに一番広い場所を雪絵ちゃんのために開けてくれた。その間に一年生の子が救護室の人に声をかけてくれたようで、救急箱を持った係の人が来てくれてほっとした。
 試合は梟谷が終始リードして進んでいるようだった。木兎さんの調子は絶好調なようだし、尾長くんも多少緊張しているようだったけど練習通りにできていると先輩たちが教えてくれた。

「あとなんかよく分かんねえけど、木葉がすげー絶好調!」

 「よかったな!」と口々に先輩たちに言われる。けらけら笑っている先輩たちの顔や、雰囲気の良いコートの中、明るい応援の声。そういうのを見て、聞いていると、わたしまで胸が高鳴った。第二セットがはじまる。コートに入る前に気合いを入れたメンバーを見下ろして大きな声で声援を送った。一番に気が付いてくれたのは木葉さんだった。

! 白福無事?!」
「ここにいるんだけど~!!」
「おー無事で何より! サンキューな!」
「マジでごめん俺のせいでなんかいろいろ!!」
「試合で返してください」
「赤葦いいこと言う~」

 どっと梟谷側の応援席が笑いで包まれる。保護者会の人たちやOBの人たちも注目していたからか木兎さんが「最後まで応援お願いします!」と頭を少し下げてから、コートへ戻っていった。
 先輩たちが教えてくれた通りだった。木兎さんはいつにもましてキレキレのスパイクばかり。尾長くんも練習通りというだけではなく、自分の判断でボールに食らいついていく。赤葦もなんだかいつもより冴えているように見えるし、他の人たちもそう。何よりも木葉さんが絶好調だった。ドシャットからとんでもないスーパーレシーブ、ブロックフォローまで。サーブもコース取りがうまくいっていて相手を崩したり。会場のいろんなところから木葉さんへ歓声が上がる。もちろん木葉さんだけにではないのだけど、わたしにはそう思えてしまうから困ってしまった。
 大きな声を出すのは得意じゃなかった。それでも、そんなわたしでも、大声で応援せずにはいられない。みんないつもがんばっているのだけど、それでもがんばれと言わずにはいられない。立ち上がれない雪絵ちゃんも大きな声で声援を送る。誰もがコートに立つ選手の栄光を願っていた。わたしもそうだ。そうなん、だけど。やっぱりずるをしてしまう。木葉さんが得点を決めるたび、木葉さんがボールを拾うたび。うれしくて、うれしくて、つい自分のことのように喜んでしまう。
 木葉さんに出会っていなければ、木葉さんに救われていなければ。わたしは一生こんな気持ちになれなかっただろう。誰かを応援する喜び。誰かを想える喜び。そういうものをわたしにくれたのは木葉さんしかいないのだ。強豪校のレギュラー選手だとしても木葉さんは所謂スター選手というものではないかもしれない。地味なポジションだと言う人もいるかもしれない。木兎さんのように五本の指に入る選手と言われるわけではないのかもしれない。それでもわたしにとっては一番のスター選手なのだ。

「すげえ、今の拾った!」

 高くボールが上がる。きれいにふわっと、確実に赤葦の頭上へ。それを待っていたように赤葦がエースにトスをあげ、あっという間に得点が入る。点を取ったのは木兎さんかもしれない。この大きな歓声は木兎さんに多く向いているのかもしれない。わたしも木兎さんへ「ナイスキー」と大声で言おうと思ったけど、それより先に口から出て行った。ナイスレシーブ。周りの人も同じように言ってくれた。なぜだかそれがたまらなくうれしくて、自分でも分かるほどの満面の笑みになってしまった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 帰りは軽いミーティングを行ってから解散、という流れになっている。選手たちより先に観覧席にいたわたしたちは外へ出て邪魔にならないところで待っているところだ。雪絵ちゃんは三年の先輩に支えられてなんとか外へ出たのち、今日は家族が迎えに来てくれることになったそうだ。軽く挫いているだけだから、数日大人しくしていれば大丈夫だと救護係の人から言われていた。それにほっとしていると雪絵ちゃんが苦笑いして「心配かけてごめんね」と言う。謝らせてばかりな気がする。ちょっと焦って「ご無事で何よりです!」と力強く返したら、雪絵ちゃんはふとわたしの腕に目をやる。

「ここ、擦りむいてるよ? 大丈夫?」
「……あ! 忘れてた!」

 左肘あたりの擦り傷。もう血は止まっているけれど、すっかり忘れていた。会場に戻るときに転んで怪我をしたんだった。けれどもう血は止まっているし、もともとそんなにひどい怪我でもなかった。忘れちゃっていたくらいだ。こんな擦り傷どうってことはない。木葉さんにちゃんと手当てしろって言われてたけどこれくらいならもう大丈夫そうだ。雪絵ちゃんに「大丈夫です! ちょっと転んだだけなので!」と笑って言ったらなんだか申し訳なさそうな顔をされた。どうしてそんな顔をされたのかよく分からず、首を傾げてしまう。
 部活の荷物をまとめつつ一年生たちと振り分けを考えていると、監督やレギュラー陣たちが出てきた。かおりちゃんが真っ先に雪絵ちゃんに駆け寄ると「大丈夫なの?!」と心配そうにする。木兎さんもすぐにやってきて「な、なんかごめんな……」と落ち込み気味だ。雪絵ちゃんは笑って「そんな心配しないでよ~大丈夫だって~!」と笑ったのち、「ごめんね」と木兎さんに謝っていた。他のレギュラー陣や監督たちも雪絵ちゃんに話しかけ、元気そうな顔を見てほっとしたようだった。
 それを横目で見つつ部室へ運ぶ荷物がすべて揃っているかチェックする。一年生の子がすでに自分の荷物に入れたものは何かを確認して、わたしが持つ分も確認した。雪絵ちゃんの分はすでに雪絵ちゃんから回収済みだ。この分は一年生の子が自ら手を挙げてくれて持って行ってくれることになっている。かおりちゃんの分以外がすべて揃っているのを確認してから振り返る。すると、そこには目を細めてじいっとわたしを見ている木葉さんがいた。

「びっ、びっくりするじゃないですか……!」

「はい?」
「怪我」
「へ?」

 ちょっと、不機嫌気味? あまり見ない木葉さんの表情やあまり聞かない声色に若干どぎまぎしつつ、少ない情報から何を言おうとしているのかを考える。木葉さんが怪我をしたわけではない、から、わたしの怪我のことかな? 転んで擦りむいた肘の怪我のことを言っているのだとすれば、たぶん。

「す、すみません、あの、忘れてて……あ! でもほら、血は止まってるので大丈夫です!」
「俺、試合前になんて言った?」
「えっ、えーっと、手当てを、しなさいと仰いました……」
「してないじゃないですかさん」
「す、すみません……」

 木葉さんは目を細めたままじいっとわたしを見下ろし、最終的に「はあ」と小さく息を吐く。な、なんでこんなに、なんか不機嫌そうなのだろうか。試合に快勝した上に、今日のMVPといっても過言ではない活躍をしたというのに。わたしがおろおろしていると木葉さんがふいっと背中を向ける。かおりちゃんに近寄ると「救急セット出せる?」と聞いていた。かおりちゃんから救急セットを受け取ると、また目を細めたままわたしに近寄り「腕」とだけ言う。大人しく腕を出すと、木葉さんの大きな手がわたしの腕をがしっとつかむ。そうして反対の手でわたしの頬を軽くつねる。思わず「痛いですよ!」と言ったら、木葉さんは渋い顔のままだ。その意味がよく分からずにいると、木葉さんは盛大なため息をついた。

「あのさ」
「は、はい」
「もっと自分のことを大事にしてもいいんじゃないのって、いつも思ってるんですよ、木葉さんは」
「……それなりに大事にしてるつもりですよ?」
「どこがだよ」

 デコピンされた。木葉さんは救急セットを開けて消毒液を取り出す。それをガーゼにつけて、こするように傷口を拭いてくれる。ちょっとだけしみて痛かった。無言で手当てしてくれる木葉さんの顔を盗み見つつ、ぐるぐると考える。怒ってる、の、かな。ドジでのろまだからついに呆れられちゃったのかな。言われたことをちゃんとやらなかったからかな。いろいろ考えたけれどなんとなくそれは答えじゃないと思った。木葉さんの心が読めない。
 たぶん。たぶん、なのだけど。心配、してくれている、のだと、思う。転んで怪我をして、痛かっただろうと心配してくれている。手当てしてくれる木葉さんの手つきが、あの日の駅での光景を思い出させた。ずいぶん、近くまで来たなあ。あの日より近くにいる木葉さんの顔を見てそう思った。距離は近くなったのにあの日と同じで、相変わらずおろおろしている自分が情けなくなる。人に心配されるのって、うれしいのかくすぐったいのかよく分からない。これくらいの怪我で、とか、別になんてことないのに、とか。そういうことばかりが頭に浮かぶ。言ったらきっと木葉さんに怒られるから言わずにいるけれど、これくらいの怪我を丁寧に手当てされることは、なんだかうれしいを通り越して申し訳なくなってしまう。
 木葉さんは最後に少し大きめの絆創膏を傷に貼り付けて、「はい。できました」となんとも無感情に呟く。怒っている、のか、ちょっと不機嫌なだけなのか。

「約束な」
「え、何をですか……?」
「せめて俺の前では自分を優先すること。指切りげんまん嘘ついたら針千本飲むのは死んじゃうから先輩の言うことを聞ーく。指切った。はい、約束成立」
「指切りしてないですよ?!」
「したした。俺の中でめちゃくちゃしたから指切り完了な」
「ずるくないですか?!」

 木葉さんはようやく笑うと「ずるくない」と言ってわたしの腕から手を離す。そうしてまたデコピンをしてきた。その顔はなんだか困ったような、ちょっと参ったような、けれど笑ってくれていた。

「さっそく一つ先輩の言うことを聞いてもらおうかな~?」
「え?! 今日の分も入るんですか?!」
「入る入る。めちゃくちゃ入る」
「……な、何かによります」
「俺のこと褒めて」
「……へ?」
「いやですね、結構、今日、がんばったつもり、なんですけども」

 いかがでしたでしょうか、と木葉さんはちょっと視線を逸らした。その”先輩の言うこと”に面食らっていると会話を聞いていたららしい猿杙さんが「木葉、試合終わってからずーっとのこと探してたもんな~?」と声をかける。木葉さんがばっと猿杙さんを振り返ると「ちょっとマジでやめて、本当にやめてください」と言って猿杙さんを追い払った。その輪に小見さんが「試合前もなんか言ってたもんな~?」と入って来るとさらに木葉さんは慌て始める。「あーもうやめろって!」と慌てる木葉さんにとどめをさしたのはかおりちゃんだった。

ちゃんにかっこいいって言ってもらいたくてがんばったんだもんね~?」

 木葉さんが「ちょっと本当にごめんなさい! すみませんでした!!」と真っ赤な顔で言うと三人とも笑いつつ木兎さんたちの輪に戻っていった。それを見送った木葉さんは背中をわたしに向けたままだ。なぜだかわたしまで少し顔が熱い。しばらく二人とも黙ったままでいてしまう。暖かい風がぴゅうっと吹く。木葉さんの髪がきらきら光って揺れた。それを見たらどきどきしていた気持ちが途端に落ち着いて、顔が熱いのも引いた気がした。
 試合中の選手はみんな、例外なくかっこいい。真剣な眼差しが、どこまでもまっすぐな精神が、勝ちを取りに行こうという意気込みが。そのすべてがあのコートに詰まっていてどこかしこもかっこいいのだ。応援しているうちに気が付いたら強く拳を握っているし、大きな声で応援したいのにぎゅっと唇を噛んでしまう。それくらい心を奪われるのだ。みんなかっこいい。それに、間違いはない、のだけど。

「木葉さん、かっこよかったです」
「……本当に?」
「はい!」

 これを声に出して本人に言えることがどれだけうれしいことなのか。きっと木葉さんは知らないのだろう。いつもふざけて言ってしまう言葉ではある。いつももふざけているけど嘘じゃない。それに、木葉さんは、気付いてくれているだろうか。
 木葉さんはそうっとわたしを振り返る。ちょっと赤い顔のままだ。わたしをじいっと見つめて、ぼそっと「やった」と呟いてはにかんだ。