darling

IH予選1

※主人公視点です。
※IH予選編、すべてを通して捏造しかありません。
※本編で後に出てきても修正しない予定ですのでご了承ください。
※原作の潔子さんリスペクト話です


 インターハイ予選一日目。会場が八時半に開場、そこから九時まで参加する学校が合同で練習を行うことになっている。梟谷学園の試合はもうしばらく後なのだけど、開会式に出席するために他の学校と同じように朝に到着した。部員のみなさんがほとんど同じ電車に乗っていたこともあり、集合場所に着いたころにはもうほとんど全員そろっていた、の、だが。
 今、なぜだかわたしは逆走している。駅に向かって猛ダッシュ。ちらっと時計を見たら試合開始まであと二十分しかない。プロトコールまではあと十分。なんとしてでも間に合わせなきゃいけない。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 インターハイ予選一日目、梟谷学園高校男子バレー部は去年ベスト4入りしていることもあってしばらくは試合を観覧していた。ふと監督が「白福から連絡あったか?」とわたしとかおりちゃんに聞いてくる。
 朝、集合時間になっても雪絵ちゃんが来なかった。心配したかおりちゃんが連絡をすると、どうやら雪絵ちゃんが乗っている電車の路線で人身事故があったとのことだった。電車が止まってしまって動けない事態になっているのだという。ただ、梟谷学園の試合はまだしばらく後からだし、それまでには着くと思うからとの返答だった。それをそのまま監督に伝えると監督は「車なら迎えに行けたんだが」と残念そうな顔をした。会場の駐車場にも限りがある。梟谷学園は比較的会場から近いこともあって公共交通機関での集合となっていたし、監督たちもそれは同じだ。かおりちゃんと話して、雪絵ちゃんが万が一間に合わなかったらかおりちゃんがコート内に入ることにしてもらった。
 そこから約二時間。梟谷学園の試合前の練習までもう目前に迫っていた。応援の部員を残して観覧席から下に降りた。そろそろ前の試合が終わりそうな頃合いだ。わたしも諸々の準備が終わり次第観覧席に戻ることとなる。雪絵ちゃんとは頻繁に連絡も取っていたし、電車が動かないのであれば仕方ない。ただもう選手変更ができなくなりそうだったため、中へ入るマネージャーの変更は監督がしてくれていた。調べてみると雪絵ちゃんが乗っている電車が止まっているという情報が錯綜していた。ふと赤葦が「とくに必要なものは持ってないの?」とわたしに聞いてきた。試合で使う備品などはそれぞれ分けて持っているけれど、そう量は多くない。重たいものに関しては一年生の子が持ってくれているし、テーピングや救急セットのようなものはわたしが持っている。問題ないよ、と赤葦に返そうとした瞬間、赤葦の向こう側から「あー!!!!!」ととんでもなく大きな声が響いた。

「木兎さん、試合中なんで静かにしてください」
「やばい、赤葦やばいかも」
「何がです?」
「俺のシューズとサポーター! 持ってきてもらってんの忘れてた!! 俺持ってない!!」
「…………は?」

 それを聞いたかおりちゃんも「あ、そういえば!!」と焦った様子で雪絵ちゃんに電話をかけ始めた。なんでも昨日、体育館を閉め終わって帰宅する際、木兎さんはいつもの癖でシューズとサポーターを部室に置いてきてしまったことを思い出したそうだ。もう電車に乗ってしまったあとだったのでダメ元で雪絵ちゃんに電話をしたら、まだ学校の近くだということで取りに行ってくれたそうだ。そのシューズとサポーターは、当然雪絵ちゃんが持っているというわけだ。
 雪絵ちゃんに電話をかけていたかおりちゃんが「よかった、電車動き出したって!」と木兎さんに言った。ほっとした表情をしている木兎さんの横で鬼の形相を浮かべる赤葦を木葉さんがなだめている。監督は多少呆れた顔がしていたが「まあ木兎らしいな」と笑っていた。雪絵ちゃんが止まっていた駅からここの最寄り駅までは約十分ほど。アップには間に合わないかもしれない。アップは観覧席にいる中の部員に借りることになる。ダッシュで木兎さん本人が観覧席へ借りに行き、用意周到に持ってきていた部員がいたため解決した。
 前の試合が終わった。かおりちゃんがわたしを振り返って「雪絵が来たら馬鹿の荷物だけお願いね!」と言ってからコートへ入って行った。木兎さんも「ごめんだけど頼む」と若干泣きそうな顔でコートへ入って行く。赤葦はそれにため息を吐き「前途多難」とだけ呟く。小見さんは「まー木兎らしいっしょ」と笑い、鷲尾さんは「それはいいことなのか?」と苦笑い、猿杙さんは「らしいほうがいいんじゃない?」と穏やかに言う。尾長くんはそれを見て「先輩方、頼もしいっすね」と笑っていた。そうして最後、終始けらけら笑っていた木葉さんがわたしを振り返る。

「いってきます」

 ひらひらと手を振った。それにわたしも手を振り返す。「いってらっしゃい!」と笑ったら木葉さんは少し笑って前を向いた。
 その背中を見送り、観覧席に戻ってすぐだった。雪絵ちゃんから着信が入った。すぐに出ると雪絵ちゃんは「ちゃんごめん」と切羽詰まった声で言う。試合開始まで、あと二十五分。コートでは公式練習に備えて選手たちが準備運動をしている。木兎さんはなんだか居心地悪そうに何度も足踏みをしていた。

「ごめん、本当にごめん、電車の中でちょっと将棋倒しみたいになっちゃって、足、挫いたみたいで。駅の外まではなんとか来られたんだけど、試合までに、ごめん、間に合わなさそうで」

 それを聞いた瞬間にすぐに近くにいた三年生の先輩に「あと任せます!!」と言っていた。すぐに駆け出したわたしの背中を不思議そうに部員たちが見送ったのが分かった。雪絵ちゃんと電話をしたまま駆け出す。会場から出てすぐ思った。わたしじゃなくて他の人に頼めばよかった。足が遅くて持久力のないわたしじゃなくて、日ごろから練習している人のほうが絶対間に合ったのに。自分の判断力の鈍さに落ち込んだ。落ち込んだけど、もう迷っている暇はない。雪絵ちゃんに電話で話しかけながら走っていく。ここから駅までは歩いて十分ちょっとかかる。今日は人が多いからもっとかかるかもしれない。なんとか整列までには戻りたい。整列に間に合わなかったらほとんどもう試合にも間に合わないことになってしまう。
 会場に応援に向かうらしい人波を逆走して走り続ける。思った通り人が多くてうまく進めなくて時間がかかってしまった。視線の先に駅の入口が見えてきた。雪絵ちゃんに「入口の近くですか?!」とぜえぜえ言いながら聞くと、雪絵ちゃんの姿がちらっと見えた。雪絵ちゃんもわたしに気が付いたみたいで、駆け寄ろうとしていたけど電話口で「ストップ! です!!」と全力で止めた。

「雪絵ちゃん!!」
ちゃん、ごめん、本当にごめんね」
「大丈夫です! それより足、大丈夫ですか?!」
「私は大丈夫だから、これ、ごめんだけど、届けて」

 木兎さんのシューズ入れを手渡される。中にサポーターも入っているそうだ。雪絵ちゃんを担いでいきたいのは山々なのだけどそれは現実的に無理だ。やっぱり会場から出るとき、誰かにお願いすればよかった。二人で来たら雪絵ちゃんを連れて行く人と先にシューズを持っていく人で別れられたのに。ドジでのろまなわたしなんかじゃだめだったのに。自分の判断力のなさに自己嫌悪していると、雪絵ちゃんがぽん、とわたしの肩を叩いた。きゅっと唇を噛んで「すぐに戻ってきます!」と言ってから、雪絵ちゃんに背中を向けた。
 試合開始まであと十分ほど。今頃プロトコールがはじまっているはずだ。そのあとで公式練習がはじまる。人にぶつからないように気を遣いつつ走る。いつもクラスで一番足が遅い。持久走やマラソンも一番タイムが遅い。体育の授業で五十メートル走がある日は何よりも憂鬱だった。走ること、体を動かすことは得意じゃない。それでも間に合わせなきゃいけない。ぎゅっと握った手の平が湿っていた。ちょっと走っただけなのにもう汗が滲んでいる。とにかく会場に向かって、できるだけ速く走り続けた。焦っているせいか足がもつれて転んでしまう。やっぱりドジなのろまなままだ。それでも、今は、立ち上がって走らなきゃいけない。きっとそろそろ公式練習の時間になっているはず。時計は見なかった。見たらたぶん間に合わないって思い知ってしまう気がしたから見なかった。
 人波を駆け抜けてたどり着いた会場。時計の針は、試合開始四分前。ちょうど、相手校が公式練習を行っているところだった。ぜえぜえとあまり声が出ないまま、入口寄りに待機している木兎さんたちを見つけてほっとした。声をあげようとしたわたしより先に、木葉さんが気付いてくれた。それと一緒に木兎さんもこちらに気が付き、わたしが持っているシューズ入れを見て駆け寄ってくる。

~~!!!」
「こ、れっ……すみ、ません、遅くなっ、て」
「いやマジで大丈夫、マジでありがとう、本当ありがとうな」

 赤葦も近寄ってきて「大丈夫か?」と声をかけてくれる。それに頷いて返すと赤葦は「お疲れ」と言って笑いつつ、木兎さんの背中をばしっと叩いていた。監督も来て雪絵ちゃんのことを聞かれる。電車の中で足を捻ったことを言うと心配そうにするので「今から迎えに行きます」と言う。他の部員に、と言われたけれど選手としてずっと練習をしてきた人たちには、試合の応援をしてほしかった。監督にそう言えば「頼んだぞ」と言ってくれた。
 背中を向けて雪絵ちゃんのもとへ走ろうとしたときだった。ぱしっと腕をつかまれる。木葉さんだった。なんだか怖い顔をしている。わたしが口を開くより先に木葉さんは「腕! 怪我!」と言った。転んだときに擦りむいたところだ。雪絵ちゃんのことが心配だったのと、木兎さんにこれを届けなきゃという使命感があって忘れていた。

「白福もだけど、も戻ったらちゃんと手当てしろよ?! いいな?!」
「は、はい……なんで怒るんですか……」
「自分のこともちゃんと気にしなさいって怒ってます」
「ご、ごめんなさい……」

 ようやく呼吸が落ち着いてきた。整列の合図が出た。大急ぎでシューズとサポーターを準備する木兎さん。それを横目で見てようやくほっとした。間に合ったんだ。役に立てたんだ、ドジでのろまなわたしでも。そう思った。
 木葉さんがゆっくり手を離す。じいっとわたしを見るので「整列しないと」と言ってもじいっと見てくる。そうしてぼそっと言った。

「今だけでいいから俺にだけ、がんばれって言って」

 みんなにじゃなくて俺にだけ。木葉さんはそうわたしの顔をじっと見た。部活の応援はみんなに向けて。もちろんそう思っている。そう思っているけど、いつもたまにずるをするのだ。いつも試合中一瞬だけ、たった一人だけを応援していた。どうか、どうか、少しでも悔いの残らないプレーをできますように。どうか、どうか、一点でも多くあの大好きな手が点を入れられますように。どうか、どうか、どうか。どうか、この人の頑張りが、努力が、ひたむきな心が、報われますように。たった一人だけに向けてそう思うなんて本当はいけないことだと分かっている。それでも、いつもわたしは、ただの一瞬だけ、この人のことだけを応援してしまうのだ。
 今まで声に出したことはなかった。だから、はじめて声にした。

「木葉さん、がんばってください!」

 大好きな手とハイタッチした。木葉さんが整列に向かったのを少しだけ見送ってから、わたしも駆け出した。