darling

涙のあと8(k)

※話の内容上、悪者になるモブ女子が数人います。苦手な方はご注意ください。
※モブ女子数人に苗字があります。同姓の方いましたらすみませんがご了承ください。
→安彦(あびこ)、島貫(しまぬき)、北長(きたなが)


「殴った~?」
「タコ殴りにしたかったけど堪えたから世界一偉いねって褒めてほしい」
「かおりは世界一偉いよ~」
「いや、口でぼこぼこにしてたじゃないですか」

 部室からそんな会話が聞こえてきて苦笑い。濡れた服を着替えるためにに付き添ったのだが、たぶん付き添いは俺じゃなくて雀田がやるべきだったのではないだろうか。女子更衣室付近で待っているというのはなかなかハードルが高かった。も泣きながら更衣室に入っていったから、雀田がついていったほうがよかっただろうし。そう思いつつも付き添うと言ったのは俺だからどうしようもない。
 着替えを済ませて部室に戻ってきた俺たちは、外周から戻ってきて一旦休憩を挟んだらしい部員数人とすれ違った。「え、目赤くね? どうした?」と声をかける二年生。「こすんなよ~」と心配する三年生。一年生も次々声をかける。なぜだか俺がうれしくなってしまうくらい、はバレー部全員に必要とされていた。
 未だ泣き続けるを引っ張りながら部室に入る。中にはレギュラー陣とマネージャー二人が揃っており、報告会が行われている。を見るなり雀田と白福が駆け寄る。邪魔かと思っての手首から手を離したが、なぜだかが俺の手首をつかみ返したので退けなくなってしまった。

ちゃん、ごめんね」
「ごめんね、気が付けなくて」
「う、うう」
「えっなんで余計に泣くの?! ごめん、ごめんね!」
「今〝ごめん〟がNGワードだから各位気を付けてくれるか~」

 はーい、と全員から和やかな返事があったところでを座らせる。まだ若干ぐずぐず言っているをマネージャー二人ははらはらした様子で見ていたが、俺たち選手側としては解決してほっとした気持ちが強い。
 更衣室から部室へ戻る途中、は泣いたまま俺に一つお願いごとをしてきた。そんなのいいって、と言ったのだがは引かなかった。恐らく他のやつもそんなこと気にしないだろうが、がどうしてもと言うので黙って見守ることにした。「が言いたいことがあるそうです」と俺が言うと、木兎は「どーぞ!」と明るくに話を振る。こういうとき、木兎ってやつは本当に有難いと思う。女子が泣いているとき、男はおどおどしてしまいがちだ。声をかけていいのか迷うしどうしたらいいのか考えてしまう。けど、木兎は本能的に今は大丈夫とか今はだめとか、そういうことがすっと瞬間で分かるらしい。それには本当によく助けられるのだ。

「み、みなさんに、ご迷惑、おかけして、すみません、でした」
「なんでちゃんが謝るの?! 謝んなくていいよ!」
「どうしても言わせてほしいんだと」
ちゃんは何も悪くないよ。気にしちゃだめだよ。むしろ私らのほうがご、」
「白福NGワード」
「そうだった」

 どこからともなく鷲尾がにティッシュを箱で差し出す。はそれを「ありがとうございます」と泣きながら受け取って、ずずっと鼻をかんだ。はそのティッシュを雀田が差し出したごみ箱に捨てて、きゅっと目を瞑ってからゆっくり開き、また少しだけ鼻をすすった。

「わ、わたしはドジで、要領も悪いし、運動音痴だし、迷惑をたくさんかけているんですけど」
「いやそんなことないだろ? なー?」
「木兎さんちょっとだけ黙っててください」

 ティッシュをまた取って鼻をかむ。声が震えないようにぎゅっと服をつかむ手がなんだからしく思えた。

「誰かにみんなの悪口言われるの、すごく、悔しくて。そんなの聞こえなくなるくらい、誰よりも大きな声で応援したいから、もっとがんばりますから、マネージャー、続けさせてください」
「……なんで辞める前提?」
「練習メニューいじった計画を言っちゃった途端こうなって止まんなくなった」
「なにバラしちゃってんだよ木葉」
「お前が俺らに謝れ」
「なんでだよ?!」

 は頭をごんっと机にぶつけながら頭を下げて「お願いします」と言った。相当今回の件を気に病んでいる。頭の中は迷惑をかけたとかそういうことばかりなのだろう。それを笑ってやりつつ「まあまあ、顔上げろって」と声をかける。ぴくりとも動かないに木兎が「よくわかんねーけど」と若干きょとんとした顔をして言う。

いねーと困るし、むしろこれからもお願いしますって俺らがお願いする側だよな?」
「木兎いいこと言う~」
「まさにそれな。これからもよろしくお願いしますさん」
「よろしくなー」
「よろしく」

 「な?」と小見が俺に問いかける。聞かれるまでもない。俺もに「よろしくな」と言うと、はようやく顔を上げた。
 あのあと、雀田の正論責めと容赦ない言葉の棘によって、三人は完全にびびり倒して黙り込んだ。極めつけは赤葦が北長という二年生に「こんなことする子だと思わなかった」と言うと、北長は泣いてしゃがみ込んでしまった。雀田が容赦ない尋問を行うと、リーダー的存在らしい安彦が不貞腐れながら話し始めた。三人はもともと同じ中学の先輩後輩で、仲が良かったらしかった。安彦と島貫は木兎、北長は赤葦と仲良くなりたくてそれぞれ一年生のときにがんばったのだという。安彦と島貫はバレー部のマネージャーとして、北長はクラスメイトとして。けれどマネージャー業は思っていたより力仕事が多く大変で、バレーにほぼほぼ興味がなかった二人はすぐに辞めてしまった。北長はいくら赤葦と仲良くなろうとしても、なかなかうまくいかず諦めかけていたらしい。そんなふうに苦労した三人を、追い抜いていくようにはバレー部のマネージャーとして馴染んでいき仕事もこなし、部員たちと仲良くなっていった。それが気に食わなかった、と安彦は言った。子どもか、と内心ツッコみながら聞いていたのだが、雀田は「子どもかよ」とはっきり口に出していた。雀田と白福に嫌がらせをしなかったのは敵にすると厄介だからと言っていたっけ。そこまで聞いて雀田が俺とのほうを振り向き、「こんなくだらない話聞かなくていいよ、ちゃん、部室かどこかで休みな」と言ったため、には一先ず着替えてもらうことにしたのだ。三人のことは雀田と赤葦に任せたが、そのあとのことは怖くて聞けない。知っているのは雀田が三人に書かせたと思われる誓約書が机の上に三枚置かれているということだけだ。
 はきゅっと何かを堪えるように唇を噛んでから、ゆっくり呼吸をした。

「こちらこそよろしくお願いします。ありがとうございます」

 その表情からはもう、後ろめたさとか気まずい感じは消え去っていた。