darling

涙のあと2(k)

「あれ?! スポドリ補充してない?! 嘘でしょ?!」

 雀田の声が体育館に響く。その声に木兎がため息をついて「またかよ」と少しだけ呆れたように呟いた。赤葦が「まあまあ」となだめたが、どこか不満げな顔のままだ。
 スポドリとタオルの件があった日から数日。不思議なミスが相次いでいる。昨日は二年生が補充されたばかりのスポドリを飲んだ瞬間に吐き出し、「ものすごくしょっぱいんですけど」と困惑する事件があった。タオルに関しては前と同様に洗濯されていないものが白色のカゴに入れられていた。この数日間何かしら一つは続いているその状況に木兎は少し苛立ちを見せはじめていた。その都度赤葦がなだめているが、それもどうやら限界が近いようだ。

「あのさあ! いつもやってくれて有難いなって思ってるけど、最近どうなってんだよ!」
「ごめん、私たちの確認不足だ。気を付け、」
「それ何回目だって! この前もそう言ってたじゃん!」
「木兎さん、落ち着いてください」

 赤葦が木兎の肩をつかむ。ムッとした顔の木兎はとりあえずは黙ったが、ジャグタンクのそばにいる雀田を睨んだままだ。木兎の言うことは間違ってはいない。感謝はしている。けれど、ここ最近の連携ミスは、少し度を越えている。木兎は主将として正しいことを言っているが、正しさは言い方次第で攻撃のように聞こえてしまうことがある。赤葦は木兎が悪者にならないようにしたいのだろう。けれど、後輩である自分からその点を注意するのも、という感じかもしれない。それなら。そう思って「あの~、よろしいですか」と口を挟んだ。

「全然責めるとかそういう気はないんだけど、やり方変えてみたら?」
「やり方?」
は渋るかもだけど、月曜日は雀田が補充で火曜日は白福で、とかそういう感じ?」
「なるほど……」
「今まではそれぞれが何してるかを見て仕事してるって感じだったじゃん? それを変えたら改善するんじゃないかな~と」

 「それで補充忘れ系のミスはなくなるっしょ」と軽い感じで言ってみる。少し強張っていた雀田の表情がなんとかいつも通りに戻って「そうだね、そうしてみる。ごめん」と言って空のジャグタンクを持って外へ出て行った。
 ふう、と一息つく。赤葦が「ありがとうございます」と小声で言ってきたので「ん~? なにが?」と笑っておいた。木兎はなんだかしゅん、とした表情で「なんかすげー、俺ガキみたいじゃん……」と反省しているようだ。赤葦がすかさず「間違ったことは言ってませんが、一度飲み込んでから言葉を出してください」といつもの調子で言い放つ。木兎はしゅんとはしていたが「気を付ける……」と素直に呟いたので大丈夫そうだ。
 にしてもおかしい。こんなにミスをしているところは見たことがない。何よりミスが出るのはジャグタンクの管理、タオルの管理ばかりで体育館内での仕事に関しては何もミスがないのだ。スコア書きとかビブス管理とか備品管理とか、そういうところは一切何のミスもないし、むしろ敏感になっているのかいつもよりも効率良くなっている気がする。外に出る仕事でのミスが多い? なんでだ? 外に出る仕事、といえばがやっていることが多い。ここ最近はもかなり敏感になっていて、いの一番にそういう仕事をかっさらっていく勢いだ。今日だってそうだった。それなのに、ジャグタンクにはスポドリの補充がない。

「そういえば、どこ行きました?」
「え?」
「今日、あまり体育館の中で見ていない気がするんですが」
「……確かに、さっきまでいたけどいつの間にかいないしな」
「タオルじゃねーの? これくらいにいつも用意してくれてんじゃん」

 復活したらしい木兎の言葉に納得する。たしかにそろそろタオルが準備されて、汚れたタオルを回収するカゴも置かれる頃合いだ。

「引っかかるんですよ」
「なにが?」
「さっきテーピングが切れたんで部室へ取りに行ったとき、を見たんです」
「補充してるとこ?」
「はい。確実にでしたし補充をしてました。声もかけました」

 鷲尾が「変だな」と呟く。その通りだ。だって、さっき雀田が確認したときは空だった。休憩に入ってすぐのタイミングだったから飲み終わったというわけはない。でも赤葦は補充しているを見たという。雀田が嘘を吐くわけも、赤葦が嘘を吐くわけもない。

「謎だな」
「まあ、木葉が言ったみたいに持ち回りにしたら大丈夫でしょ」
「……だといいですけど」

 小見が「とりあえずもう少し様子見ようぜ」と言った言葉に木兎が「そうだな」と返す。赤葦もひとまずはそれで納得したようで、それ以上は何も言わなかった。